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Nora_
01話.[考えている自分]
「
目を開けたら目の前に
10年前に実母と再婚し、7年前からひとりでお世話をしてきてくれた人。
母が亡くなってしまったときは本当に大変だったが、父がいてくれたおかげでなんとかなったという感じだった。
「……帰ってきていたのね」
「うん、さっき仕事が終わったんだ」
体を起こすとかけられていた毛布が落ちた。
待っていたらどうやら寝てしまっていたみたいだ、恥ずかしい。
「あ、いまご飯を温めるわ」
「自分でやるから大丈夫だよ、いつもありがとう」
頑張ってくれている父のためにこちらもなにかをしたいだけだ。
そして、私にできるのは家事を頑張ることぐらいだった。
「それより明日から学校なんだから暖かくてしてもう寝なくちゃね」
「もう少し起きているわ」
「それならあと15分だけね」
現在の時間はと確認してみたらもう23時だった。
確かに支障が出始めるからそろそろ寝なければならない時間で。
でも、父といられるのは夜ぐらいだから少しでも一緒にいたかったのだ。
「いただきます」
いまさら自分が作った物を食べてもらうことに恥ずかしさなんて抱かない。
それどころか結構上手に作れると自惚れているところまであるので、私はただただ食べている父を見ておくことだけにした。
「美味しいよ」
「よかったわ」
もっとできることはないかと探しているものの、ずっと見つからないままでいる。
空回りすると支えるどころか迷惑をかけることになるのが難しいところだった。
あとは単純に学力以外はあまり優秀ではないということが影響していて。
しかもあくまでテストなどで高得点が取れるというだけで一般常識には強くないという微妙さもあって……。
「ごちそうさまでした」
「あ……」
「もう15分が経過したよ、寝ないとね」
「ええ……」
部屋に戻ってベッドに寝転ぶ。
「今日も疲れたわ……」
はっきり言っておくと、人間関係が上手くいっていない。
対父を除き、人といるのが苦痛に感じるぐらいには苦手だ。
幸い、悪く言われているわけではないから所謂普通の学生というやつをしておけば困らない。
ただ、父に心配をかけないためにも、不安をある程度抱かないためにも友達がほしいのは確かだった。
「明日は少し頑張ってみましょうか」
明日は4月6日、入学式当日。
在校生というわけではないから、つまり明日から高校生活が始まるという状態で。
残念ながら父はどうしても休めなくて来られないことが確定しているのは悲しいが、結局のところ戦わなければならないのは自分なんだから関係ない、……本当は来てほしかったけれど。
とりあえず、気負わずにやっていこうと決めた。
「もう終わりだわ……」
反対側の校舎の廊下まで移動して縮こまっていた。
入学式のときの返事も、自己紹介のときの挨拶も失敗してしまったのだ。
当然、周りの子は残酷だから笑ってくれたことになる。
父が来てなくて本当に良かったと心からそう思っている。
急に足音が聞こえてきて冗談ではなくびくぅっとなった。
「どうしたの、お腹でも痛いの?」
「いえ、この静かな感じが落ち着けていいんです」
変にどもったりしたら余計に印象が悪くなる。
なので、凄く頑張ってある程度普通を目指してみたら思いの外上手くいってくれた。
「違います、人違いですよ」
「わっ、凄く低くなったね、いきなりなんの話かは分からないけど」
お願いだから早くどこかに行ってほしい。
違うか、私が気にせずに学校から去ればいいのだ。
もう初日も終わっているわけだし、気にする必要はない。
「失礼します」
「待って待って、僕も一緒に帰っていいかな?」
「え、は、はい……」
それで何故か一緒に歩いていた私たち。
けど、すぐに理由がわかった。
「こらー!」
「やばっ、それじゃあねっ」
「あ、はい」
どうやら妹さんに追われていたようだ。
ちなみにこの子も私と同じで新1年生らしい。
全て妹さんから聞いたから情報が間違っているなんてこともないだろう。
「兄がすみませんでしたっ」
「き、気にしないで」
「来週からよろしくお願いしますっ、こらー!」
ふふ、ひとりっ子の自分としては少し羨ましくもなる感じだ。
父の帰宅時間は大体21時から23時なので兄姉弟妹、そのどれかがいてくれたら楽しかったのに。
「ただいま」
一応、忘れないようにしているものの、言わなくていいのではないかと考えてしまう自分も結構いる。
私が言わなければならないのは行ってらっしゃいとお帰りなさいだけ。
……昔なら母がわざわざ玄関のところにまで来てくれていたのにと思い出してしまい、出てきた涙をぐしぐしと拭ってリビングへ。
「ただいま」
「お、おかえりなさい」
「うん、ただいま」
え、どうしてこんな早くに帰ってこられたのだろうか。
まだ12時頃なのに、しかも凄く汗をかいているのが謎だった。
「はぁ、ごめん、間に合わなかった」
「……その気持ちだけでありがたいわよ」
甘えたくなってしまったのを我慢してお昼ご飯を作ることにした。
本当は掃除をしてからにしようと思ったが、こうして父が一旦でも帰ってきてくれたのだからそっちを優先するべきだと判断したから。
「どうだった? 上手くやっていけそう?」
「そうね、とりあえず怖い人達がいるわけではないことがわかってよかったわ」
実は、昨日のは不安で寝られなかったというのもあったのだ。
だから父が帰宅するのを待って、話して勇気を貰ってから寝ようと思った。
それなのに寝てしまったのは完全に失敗だったとしか言いようがなく……。
恐らくそのせいで今日も失敗――いえ、どちらにしてもこうなっていただろうということは容易に想像できてしまうので苦笑することしかできなかった。
「はい」
「ありがとう、また戻らなきゃいけないから助かるよ」
私はじたばたするために部屋に逃げる。
あー、初日からこれとかどうなるんだろうか。
明日と明後日が休日であることを喜んでおけばいいのだろうか。
まだ顔と声が一致しているわけではないだろうから、私だとはわかっていないかもしれない。
クラスメイトにはもう手遅れだが、せめて上級生の人たちにばれていなければよかった。
「明日香、入るよ?」
「ええ」
珍しい、わざわざ部屋に来るなんて。
義理なのを気にしているのか遠慮しているところがあるのはたまにわかる。
頭を撫でられたりとかもされたことがない、私が嫌がるだろうからと考えているのだろうか。
「明日まで多分帰れないと思うんだ、だから夜ご飯は準備しなくていいし、夜遅くまで僕が帰ってくるのを待っていなくていいからね」
「明日の何時に帰ってくるの?」
「分からない、分からないから明日香は自分のことだけに専念してほしいと思う」
呆然としていると「それじゃあ行ってくるね」と残して父は階段を下りていってしまった。
このようなことは実は昔からあった。
仕事が大好き人間というか、そんな感じで帰ってこない日もある。
好きじゃなくても頑張って私のお世話をするために頑張ってくれているのかもしれない。
「寂しいじゃない……」
人といるのが苦手なはずなのにひとりでいるのは嫌いだ。
母がいてくれたならまだそんな寂しさもどこかにやることができたというのに。
そんな母も7年前に……。
これならまだいま無理やりに帰ってくることなく夜に帰ってきてくれた方がよかった。
毎日は無理でもほぼ毎日、必ず1回は父と話すということを日課としていた自分にとってこれは辛い。
何気にコミュニケーション能力をこれ以上下げないための練習でもあったというのに。
いま話せたじゃんと言われてしまえばそれまでだが、つまり安心できる父といたいのだ。
でも、わがままを言ったところで意味もない。
父にも言われた通り、自分にできることをしようと決めた。
「つい寂しくて出てきてしまったわ」
夕方頃に家を出て歩いていた。
ひとり言を呟いてもそれを見咎める人はいない。
まだ17頃だというのに全く人とすれ違うことがないのだ。
「おい」
「えっ」
だから驚いた、頭上から声が聞こえてきて驚いた。
よく見てみたら大きな木の枝の上に人がいて。
「そこをどけ」
「は、はい」
そうしたら目の前にばんっと飛び降りてきて尻もちをつきそうになったぐらい。
「いまからどこかに行くのか?」
「いえ、ひとりで寂しいので歩いていただけです」
「それなら大人しく家に帰った方がいい、春でもまだあっという間に暗くなるからな」
「そうですね、帰ることにします」
どうせ行きたいところなんかないのだから近場にいる内に帰路に就いた方がいいだろう。
お礼を言って帰ることにする、まだ焦るような時間ではないからだ。
「懐かしいわね」
子どもの頃によく母と遊んだ公園を見つけてなんとなくそっちへ向かう。
錆びた鉄の感触が懐かしい、手を嗅いでみたら鉄臭い臭い。
ぽろぽろと剥がれる塗装があのときのことをよく思い出させてくれる。
「うぅっ……」
最近は駄目みたいだ。
あの頃のようにまた涙脆くなってしまっている。
ブランコに座って小さく前後に揺らしてみたりもした。
ギギッとその度にあまりよくない音が響いて、それなのに何故だか逆に落ち着けて。
「泣いているのか?」
「あ、先程の……」
「飲み物飲むか?」
「いえ、大丈夫です」
そういえばあの子のお兄さんとは双子なのだろうか。
今日、在校生の人たちはいなかったからそうとしか考えられない。
もしかしたら生徒会の人たちだったら他が休んでいる中で行かなければならないかもしれないけれど。
「どうしたんだ? まさか、寂しいから泣いていたのか?」
「いえ、昔のことを思い出して……」
「そうか、ま、泣きたいときは思いきり泣いておいた方がいいぞ」
彼はもうひとつの方に座って空を見上げていた。
なんか物凄く懐かしい気分になって、それをじっと見ていた。
「帰れって言っただろ」
「ここ、思い出の場所なんです」
「いまじゃすっかり寂しい場所だけどな」
誰も利用しなくても、ここがちゃんと残ってくれていることがいいのだ。
「あんたさえよければ聞かせてくれないか?」
「え」
「嫌ならいい」
隠すようなことではないから説明しておいた。
不思議な気分だった、名前も知らない男の子に過去のことを話しているのだから。
「――ということなんです」
「そうなのか。それはまた……悲しいな、大切な人がいなくなってしまうのは」
「はい、本当にそう思います」
この人は何歳なのだろうか。
私と同じ高校生なのだとしたら、……友達になってほしい。
優しい人だって判断するのはまだ早いかもしれないが……。
「あの、こ、高校生……ですか?」
「俺か? そうだな、高校2年生だ」
「あの、友達になってくれませんか?」
苦手な感じもしなかった、それどころかいやすいぐらいだった。
それなら上手くいくかもしれない、しかも慣れていないいま先輩と関係を作っておくのは間違いなくいい方向に働いてくれるはずだから。
でも、
「馬鹿、出会ったばかりの全く知らない男にそんなこと言うな、忘れてやるから早く帰れ」
これは遠回しに断られてしまったのと同じだ。
かなり恥ずかしい気持ちになって挨拶もそこそこに公園を飛び出てきてしまった。
「恥ずかしいっ、なにをやっているのよっ」
どこまでも恥ずかしくて運動が得意というわけでもないのに全速力で帰った。
家に着いたときには汗だく及び疲労困憊だったのは言うまでもない。
「「あ」」
公園で話した人ではなく、妹さんのお兄さんと今日も遭遇した。
「こ、こんにちは」
「うん、こんにちは」
教室で食べづらくてお弁当を持って出てきていたのが問題だった、かもしれない。
それでも昨日のあの人に出会わなくて済んでまだましだった。
「
「あ、
あ゛ぁ゛……、慌てて背を向けて歩き出したが、間に合っただろうか。
数メートル移動してから確認してみた結果、ふたりが追ってきている様子はなかった。
それはそうだ、あのときはたまたま話しかけてくれただけでこんなのに興味を抱くはずがないから。
「なんで逃げたんだ?」
お、落ち着け、私!
どうやって先回りしたのだろうか。
いや、考え事をしながら歩いていたからただ超されただけか。
「金曜日はすみませんでした」
「そのときのことを言っているわけじゃない、どうしていま逃げたんだ?」
「お友達との時間を邪魔してはいけないと思いまして」
まだ自作のお弁当を食べられていないということも影響していた。
無限ではないから早くしないとお昼休みが終わってしまう。
そうでなくても授業はなくて慣れないことが多いので、お昼ご飯を食べておかないと保ちそうにない。
これならまだ自習でもなんでもすればなんとかなる授業が始まってくれた方がよかった。
「というか、この学校の1年生だったんだな」
「はい」
リボンやシューズの色で学年が割れてしまうのだから隠しても意味はない、ここは認めて終わらせてしまうのが吉だ。
「俺は
「私は佐伯明日香と言います」
渡部先輩、か。
って、昨日のことを思い出して益々恥ずかしくなってくる。
「佐伯、それまだ食べてないんだろ? 俺らと一緒に食べないか?」
「そ、それはさすがに」
同級生がいる教室ですら食べられないのに無理だ。
金曜日に私の要求を受け入れてくれていれば甘えたのだが。
「それなら俺だけとならどうだ?」
「なんで……優しくしてくれるんですか?」
「なんかひとりで泣きそうだからだ」
実際に涙腺が緩くて3回ぐらい涙が出そうになったのはそう。
でもでもだってと言ってみたものの、結局、あのお友達さんは抜きで一緒に食べることになってしまった。
「よ、よかったんですか?」
「翼か? 大丈夫」
「そうですか……」
……やはり渡部先輩といるときは何故か落ち着ける。
何故だろうか、父に雰囲気が似ているからだろうか。
話し方は違くても柔らかい感じがもう気に入っているのかもしれない。
それかもしくは代わりを本能が探そうとしている可能性もあった。
「佐伯は友達を作るの苦手そうだな」
「はい、昔からそうなんです」
「でも、友達はいてほしいんだろ?」
「はい」
「だから、金曜は俺にああ言ってきたのか」
確かにいきなり頼むなんてどうかしている。
嘘をついている可能性だってあったかもしれないのに、馬鹿だ。
一応こんなのでも女だし、女体がそこにあるだけで襲う人だっているかもしれないのに。
もちろん、私を狙う人なんて稀有な存在だろうけれど。
「あのときは断ったがいいぞ、俺でよければ」
「いいんですか?」
「ああ」
「ありがとうございます」
とはいえ、学年も違うからそう会えることはないと思う。
だから、依然として友達作りは頑張らなければならない。
「メッセアプリは使用しているか? しているならID交換をしよう」
「はい」
父を除けば初めての異性の連絡先をゲットしたことになる。
嬉しさというのはほとんどなかった。
そのかわりに、かなりの安心感があるというか……。
「すぐに反応できるかどうかは分からないけど、困ったことがあったらいつでも送ってきてくれればいいからな」
「ありがとうございます」
本当に優しすぎて裏があるのではないかって邪推したくなってくる。
実は自分が可愛かったとか?
……可能性としてはかなり低いが、逆にブス専とかって人もいるみたいだから地球上で誰かひとりぐらいは好いてくれるかもしれない。
「自分で作っているのか?」
「はい、自分でやらないと食べられないので」
「実は俺のこれも自分で作っているんだ」
「えっ、そうなんですかっ?」
「おいおい、そんなところで驚いてくれるなよ」
え、だって、お弁当の彩りも綺麗だし女の人が作った感じがしたのに。
私のこれよりよっぽどレベルが高い、つまり敗北感がやばかった。
「だから大変なこともそれなりに分かっているつもりだ、偉いな」
「いえ、父が頑張ってくれているので自分だけ楽をすることはできないというだけですよ」
「そうか」
それにこれは自分のためにしていることだから褒めてもらえるような資格はない。
決してまだあんまりわかっていない渡部先輩が相手だからとかではなかった。
「あ、そうだ、今日の放課後に駄菓子屋に行かないか?」
「それって公園の近くの駄菓子屋さんですよね? 17時までやっている……」
「そうだ、放課後になってからすぐに行けば間に合うから行こうぜ」
「わかりました」
あそこに着いたら10円ガムでも買おう。
味はすぐになくなってしまうものの、懐かしさに浸れるから。
なんでも母に繋がって泣いてしまう可能性はあるが、渡部先輩にならもう見られているから気にしなくてもいい気がする。
もちろん、同情を引きたいわけではないから気をつけるつもりではいた。
「ごちそうさま」
「あ、気にせずに先に戻ってくださいね」
「そうだな、翼の相手もしてやらなければならないから行かせてもらうわ、また放課後にな」
「はい、よろしくお願いします」
ひとりだとなかなかに行きづらい場所だからよかった。
いまはただただほっとする場所を探して行ってみたい。
それはつまり過去の行ったことのある場所にまた行きたいということだ。
渡部先輩がどこまで付き合ってくれるのかはわからないけれど。
「やっほー」
「え」
お兄さんだ、渡部先輩が探しに行ったのにこれでは意味がない。
「佐伯さんは新夜とどういう関係なの?」
「あ、先週の金曜日の放課後に出会いまして、そこから何故か凄く優しくしてくれていまして」
「なるほど、うん、新夜と仲良くしてあげてねっ」
「は、はい」
仲良くしてもらう側はこちらだ。
なんとか友達になれればいい、なんて考えている自分がいた。
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