決着、綾辻楓太vsイタリア
朝起きて、
普段隣にいる人が、ある日ある時から忽然と消えてしまう喪失感は、他に表現する方法のわからない空しさと恐怖を助長し、体が勝手に動かされる。
衝動的に、しかして自然な流れで、楓太を探して走り回る桔梗の顔からはいつもの平静が掻き消えて、迷子になって親を探す子供の様に目尻に涙を溜めていた。
「フゥ太……何処……?」
* * * * *
巨翼を広げ、地上スレスレを滑空。回転の勢いで斬り上げるように繰り出した鎌を、楓太は拳で挟むように目の前で止める。
そのまま一歩繰り出して力を籠めると刃に亀裂が生じ、鎌が真っ二つにへし折れた。
「おいおい、何度砕き割るんだ楓太! 鎌だってタダじゃあねぇんだぜ?!」
ヴィルジーリオはそう言いながらも、鎌を生成する。
媒介は血液。人間の体の中に想像以上の量で入ってはいるものだけれど、無限じゃない。貧血になれば意識喪失。最悪、命にさえ係わる。
戦域内なら死にはしないが、意識喪失は実質上の敗北だ。
故に鎌を折られ続けると、戦闘を続行するために鎌の生成を止めなければいけなくなる。
媒介が血であるとバレていない今、楓太の倍化に丸ごと掻き消されてはないが、折られる限り、貧血になるのが遅いか早いかだけの話。
だが、ヴィルジーリオの能力はそもそも
失った血を得る術は、その名がそのままに表している。
「楓太! おまえ、血も増やせるのか?!」
「さぁ」
本当は増やせるのだが、手の内を晒したくないのと、能力が開示され欠けている事に対しての腹いせに教えない。
まぁ、敵に塩を送るではないけれど、わざわざ自分の手の内を晒すような真似をするほど、楓太は蛮勇を気取ってはいなかった。
「楓太ぁ、ピッツァは好きか? ――“
振り被った鎌の刃の部分が、回転しながら飛んで行く。
楓太が躱すとブーメランのように帰って来て、その後は躱す楓太を何度も追い掛ける。
背後から襲い掛かって来た刃を楓太が蹴り砕くと、片脚を上げた楓太の懐にヴィルジーリオが突貫した。
「“
某地球育ちの戦闘民族の如く、広げた両手から繰り出された衝撃波。
体に風穴が空いたかと思わされる程の深い衝撃が、楓太の体を高く打ち上げる。咄嗟に体重を軽くして受ける衝撃を押さえたが、そのせいでより高く飛ばされた。
そこに追い打ちを掛けるため、ヴィルジーリオが飛んで来る。
「“
鎌を作るのと同じ、血液から作った装甲を四肢に纏い、後ろ回し蹴りで払い上げる。
打ち上げた先に飛んだヴィルジーリオの拳が幾度にも重ねられ、常人の目には捉えきれない速度での連打が、楓太の体に重ねて沈み込んだ。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!」
速度は拳銃並。
が、弾は拳サイズ。おもちゃのBB弾など比べ物にならない威力と硬度。
それこそ、エアガンだって当たり所が悪ければ大怪我に繋がるし、BB弾だって目に入れば失明の危険性だってある。
楓太の体も拳の散弾を受け、複数の青痣が出来、至る箇所がうっ血。結果、楓太の全身は赤と青に染められて、顔を殴られた際には切れた口の中に溜まった血を吐き出した。
「どうした?! もう終わりか、楓太ぁ!」
拳を握り締めても、繰り出すだけの余力がない。
意識はまだ保っていたけれど、全身を蝕む痛みがつっかえて、戦意を削がれていく。
「こんなんで音を上げてたら、世界どころか、俺からも護れねぇぞぉ?! “
護る。
何と至極単純で、何と心を抉るように響く言葉だろうか。
事実、楓太を起こし、動かす最適な
繰り出された必殺の鉄拳を硬化した頭突きで受け、鉄拳を粉砕。ぐちゃぐちゃに折れ曲がり、変形した手から骨が突き出し、血が破裂したように噴き出した。
「倍化、倍化、倍化……硬度、速度、柔軟性、跳躍力、全部、全部、全部……!」
「ちょ、ふ、楓太くん……? 何か、目が怖いけど?」
などと言われたところで、鏡も無い世界で自分の目付きを確認する術はないし、何より今この時に、目付きの悪さなど些細な問題にもならない。
楓太の目にはヴィルジーリオの姿こそ映っていたものの、頭の中で桔梗とすり替わっており、何処の国でも同じ扱いを受け、酷使されている姿ばかりが描かれて、本来とはまるで違う世界が構築されていく。
そんな、平静とはとても言い難い状態で、尚能力を使い続ける楓太の右腕は、目の前の吸血鬼を握り潰さんとして巨大に膨れ上がり、激しい熱を帯びて燃えていた。
さながら、滅びの魔剣を操る炎の巨人が如き腕が、物理法則を無視した速度でヴィルジーリオへと伸びる。
――子供の内は、中二病みたいな名前の必殺技でも叫んで……
不意に、昔父に言われた言葉が頭を
だからと言う訳でないけれど、そんな余裕はなかったけれど、本当に幼少期の頃以来、久方振りに声を上げて叫んだ。
「“
炎熱、灼熱を宿した腕の速いこと速いこと。
速度もそうだが、熱量も重量も硬度も、とても抗えるものではない。
さながら、隕石が自分に向かって降り注いできたようだと、想像していたヴィルジーリオは地面に叩き付けられた。
上から圧し潰され、焼き焦がされるヴィルジーリオは、さながら日の下に晒された吸血鬼。身を焦がされ、焼かれ、歯を食いしばって押し退けようと試みる。
が、とても吸血鬼の膂力で以てしても動かせるものではなくて、余計に身を焼かれ、焦がされ、圧し潰される。軋んだ骨が折れて内側で肉に突き刺さり、食いしばった歯の隙間から血反吐を吐く。
「てめっ、楓太……さては今まで本気じゃなかったな……?! んの野郎、舐めた真似してくれるじゃあねぇかぁ……!」
なんて口を叩いたものの、実際にはそんな余裕は何処にもない。
吸血鬼の膂力は人間のそれを遥かに凌駕する、はずだが、今の楓太はそんな吸血鬼の膂力さえ遥かに凌駕している。
まさに桔梗に対しての思いの成せる技――その後自分に返って来る反動など、一切顧みていないだろう。
おそらく、ここが戦域か現実かなど忘れた状態で。
「本気なんだな……本気で、俺を――
俺の負けだぜ。
* * * * *
「フゥ太……!」
公開されている戦域の情報から居場所を特定した桔梗がやって来た時、丁度、楓太は一人でコーヒーを飲んでいた。
戦域の映像を見ていたから、相手がヴィルジーリオ一行だった事はわかっている。が、その一行は一人も残っておらず、空になったグラスだけが残っていた。
グラスの外側を滴る結露が、経過した時間の長さを桔梗に教える。
「フゥ太、大丈夫……!?」
「……帰ろっか。クリームパンでも、買って、さ」
* * * * *
「
電話を切ったヴィルジーリオに、帽子を目深に被った青年は問う。
ヴィルジーリオは力なくその場で背中から倒れ、座っていた青年の下へ転がって膝の上に頭を乗せて枕にした。
「
「
帽子を脱いだ青年は、団子の形に結ばれた髪をほどく。
日本に来て初めて外で素顔を晒した青年は、優しい微笑を湛えて寝転ぶヴィルジーリオの頭を撫で下ろす。イタリアの名高い吸血鬼も、子供の頃から飼われた大型犬のよう。
「
それから数日後、ヴィルジーリオを含むイタリア勢は帰国。
イタリアはローマからの刺客は、これにて完全に退却。撤退した。
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