イタリアの吸血鬼、ロシアの悪魔、日本の狐

社会の裏ってこういう人が牛耳ってそうだよな、みたいな人の登場

 全四八段。


 北海道から沖縄までの、四七都道府県より上に自身を置くその人は、日本政府から天皇陛下一族と同等以上の存在価値と、日本の政治全てに対する発言権を有し、日本社会の裏を統べる支配者として、孤高にして唯一の存在として君臨していた。


 彼女はその日、その時、綾辻あやつじ楓太ふうたとヴィルジーリオ・アドルナートの戦いの記録を繰り返し、繰り返し見ていた。


 彼女の双眸は赤とあか。二つの似て非なる暖色を備える異色双眸オッドアイを光らせる彼女愛用の鉄扇が、勢いよく閉じられる。

 その場の空気が締まるようで、元軍人や傭兵の黒服が、揃って背筋を伸ばし、姿勢を正す。


「んふふ……あれが綾辻の嫡男か。良い男に育ったのぉ」

「イタリアの吸血鬼を退けた事もあり、東京は彼の話題で持ち切りですね。彼の家族になる、実質的許嫁の黒園くろぞの桔梗ききょうの事もあり、一時的かもしれませんが、十六夜いざよい蓮華れんげの存在も忘れられていますね」

「このまま彼奴きゃつらをスケープゴートに、十六夜蓮華を本国で保護出来る態勢を整えられれば重畳と言えよう。しかし、それ以上に彼らは惜しい。敵国に渡らせる訳にはいかぬ」

「はい。すぐにでも我ら日本政府の保護下に置くべきかと。特に、黒園桔梗に関しては」

「わかうておる。混色三つの黒髪……金銭的価値では計れぬこの国の宝じゃ。


 日本政府裏機関、黒神こくしん総督。九十九つくもいちじく

 またの名を、九尾のいちじく


 黒園桔梗と同じ黒を交えた三色混合の髪の持ち主にして、異名の通り、日本古代の怪異である狐と同じ九つの尾を持った、傾国の魔性の化身である。


「さて、ではどうしようか……」

「今の日本には、彼女を護れるだけの戦力が不充分かと思われます。今回、イタリアの吸血鬼を退けられたのは幸いでした。しかし、いつまでも彼――綾辻の嫡男に任せる訳にも、いかないでしょう。最悪、彼女自身の手で撃退する事となりますでしょうが……」

「それも、いつまでも持つものでもあるまい。黒神ここより、誰か向かわせたいが……」

「ロシアのルフィナ・アントゥフィエヴァでさえ、諜報員として懐柔し、ロシアに対する二重スパイとして使役している程です。綾辻の教育が、徹底されている証と言えましょう」

「しかし徹底されているあまり、付け入る隙が無い、か……まぁ良い。まだ、あれにはロシアの黒が付いている。あれを退ける事が出来るか否かで、判断すればよい」


 ロシアの黒髪、エラスト・セルギィ。


 イタリアのヴィルジーリオとは、ほぼ同格。

 ヴィルジーリオ相手には気力で勝ったが、ロシアの黒に対してはどうか。


 二進にっち三進さっちか前進か後退か。

 右に傾くか左に傾くか。傾国の魔性をその身に宿す女は、嬉々として、青年達の行く末を楽しんで見下ろしていた。

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