絶滅危惧種黒髪少女

 まるで大砲のようだった。


 打ち出した拳の一発一発が風を穿って、鈍く重い音が弾けて響く。

 鉄板にまで風穴を開けそうな拳が自身の顔のすぐ側を横切る度、ヴィルジーリオは間一髪と青ざめた顔で目を見開いていた。


 楓太は拳で、ヴィルジーリオは鎌。


 リーチの差から鎌の方が有利。

 だがそれは、拳で戦う楓太を懐に入れなかった場合の話だ。

 自身の速力を数倍に跳ね上げる楓太は、呆気ないくらいに懐に侵入し、迫り来る。


 しかも時間が経つと肩が温まって来て、元々のパンチの速度も跳ね上がるから、もうプロのボクサーも顔負けの超が付く高速ジャブが絶え間なく襲い、ヴィルジーリオに攻撃させなかった。

 楓太の能力も合わさって、一秒間に圧縮された数十発の拳が、ヴィルジーリオを動かさない。


 これは一度離れるしかないと、翼を広げたヴィルジーリオの頭が揺れる。

 翼へと意識が削がれたコンマ数秒を見逃さず、楓太の拳が下顎を打った結果だった事に気付くより前に、ヴィルジーリオは膝を突く。

 また、気付いた次の瞬間にはアッパーカットで下から顔を打ち上げられ、衝撃で突いたばかりの膝が持ち上げられ、立たされていた。


「や、やるぬぁっ――?!」


 ジャブ、ジャブ、ジャブ、ジャブ。

 叩き込まれる拳の雨。裂けた皮膚から血が噴き出し、全身が濡れる。

 だがそこまでされて、ようやくヴィルジーリオは起きた。正確には、彼が生まれ持っていた吸血鬼と言う能力が。


 怪力無双の逸話こそ少ないが、怪物の膂力で以てカウンターを喰らわせ、楓太を殴り飛ばす。

 数メートルの距離を滑って止まった楓太へと、翼を広げて肉薄。乱雑に鎌を振り回し、先の仕返しとばかりに硬化した楓太の全身を斬り付けた。


 が、斬撃を掻い潜って懐へ潜り込んだ楓太の裏拳が顔面を薙ぎ、そのままの勢いで繰り出した正拳がヴィルジーリオの高い鼻をへし折って、顔の中央に減り込んだ。


 鼻血を噴きながら背を反らすヴィルジーリオだが、辛うじて踏ん張って倒れない。

 そこで二人共一度攻撃を止め、その場で肩で息をしながら血を吐き捨て、血を噴き出して次の相手の手を探りながら、自分の状態を確認する時間を取った。


吸血鬼ヴァンパイア……血を飲めば飲む程に能力を増すらしいけど、今の段階でどれだけ飲んでいるんだろ……三〇倍速の攻撃でも、普通に反撃して来るし、何なら追い付いて来る)

ヤっバい、ヤバいPericoloso, pericolosoプロボクサーの比じゃないよÈ incomparabile con un pugile あれはprofessionista……メリケンサックなんかEra pericoloso付けられた日にはたまんないやse indossava tirapugni

(体を硬化したまま速度を上げると、体がイカれる……更に速度を上げるなら、逆に柔軟にしないといけないけれど、相手は刃物――)

正直油断したなぁEro alla sprovvista……もっと血を飲むべきだったAvrei dovuto prendere più sangueだけど戦域に入った今Ma una volta che entri nel campo di battaglia補充は出来ないnon puoi rifornirti鎌も折れる寸前だLa falce sta per spezzarsi――)


(――なら)

(――ならQuindi


 下から大振りで腕を振って仰ぎ、生じさせた風の風速、風圧を倍化。颶風と化した風がヴィルジーリオを吹き飛ばして、壁に叩き付ける。

 翼が風に煽られる形になって、壁から離れられないヴィルジーリオへと、体重を軽くして風に乗って来た楓太が飛び掛かり、体の柔軟性を倍化して更に加速可能にした拳の連打を、ヴィルジーリオの全身に浴びせ続けた。


 ヴィルジーリオは抜け出そうとするが、両手を踏む楓太の足が壁に減り込んで離さない。

 だが、倒れない。吸血鬼ヴァンパイアの持つ異常なほどのタフさで耐え、未だ反撃する気でいる上、勝つ気でさえいる。


「そこまでして俺と桔梗が欲しいか! ヴィルジーリオ・アドルナート!!!」


 と、楓太が吠えた時、地面から上がって来た何かが楓太の肩を貫きながら持ち上げ、ヴィルジーリオから突き放して向かいの壁に叩き付けた。

 何かと思って見てみると、今の攻撃で落としていた鎌が変形し、杭となって楓太を主から突き放していたのである。

 さながら、吸血鬼ドラキュラのモデルたる串刺し公を思わせる。


「少なくとも、イタリアItaliaは欲しがってる。イタリアItaliaだけじゃない。今の今までレンゲ・イザヨイばかり注目して狙っていた世界が、日本Giapponeに光る原石を見つけ出したのさ。そう、キキョウ・クロゾノっていう、飛び切りのブラックダイアモンドをね」

「桔梗を……世界が……?」


 いや、当然と言えば当然の結果。


 桔梗は楓太を守るため、楓太を庇うために全力を投じて来た。

 桔梗の能力はヴィルジーリオ以上に珍しく、数十種類の能力を持つ混合能力者としても非常に希少で貴重な存在だ。

 三色の髪色だけでも珍しいのに、黒混じりなんて世界的に見ても桔梗の他には二人くらいしかいないだろう。


 そんな彼女を見逃すはずがなく、見過ごされるはずがない。

 我ながら、桔梗の価値を過少評価していた事に、楓太はようやく気が付いた。


「レンゲ・イザヨイを庇いたかったのかどうか知らないけど、君の彼女、もう世界中からロックオンされてるよ。絶滅危惧種なんて揶揄される黒髪の中でも、更に異質。飛び切りの神秘と異能を秘めたパンドラの遺した箱。絶滅危惧種黒髪少女――日本Giapponeが護り抜くか、他国ほかが奪い取るか……戦いはすでに始まってるんだゼ」


 桔梗が、誰かに奪われる。

 何処かに囚われる。


 桎梏に四肢を束縛され、鎖で繋がれた彼女を想像し、楓太は手が震えた。目眩がした。

 恩のある先輩を護ろうとして頑張った結果、自分達が狙われるだなんて――後悔はしない。したくない。十六夜蓮華を護ると選択し、実際に動いた自分達を誇りたい。


 そしてそもそも、彼女を怨むなんてのが間違いだ。

 遅かれ早かれ、黒髪に生まれた時点で、自分達は避けて通れない道だった。ただ思い描いていたよりも、より厳しく辛い茨で道が混んでいただけの事。


 誰を責めるのも間違っている。

 誰かを咎めるべきでもない。

 宝石や車、歴史に名を遺すほどの成功を成し遂げた人々の遺物に高い価値が付くのは必至。

 希少な物に高い価値が付けられるのが当然の世界で、自分達の価値の高さを卑下し、悲観する事は、他者を馬鹿にする事と同じなのだから。


 だが強いて、一つだけ文句があるとするならば、たった一つ。


「日本が護るか、他国ほかが取るか? 何か勘違いをしていないか、

「ん? んん?」


 殴られまくった頬を拭い、口の中に溜まった血を吸血鬼なのに吐き捨てたヴィルジーリオは、杭から戻った鎌を拾い上げたものの、仕掛ける事はしなかった。

 何せ今の今までと、楓太の雰囲気がまるで違ったからである。

 だから仕掛けなかったのではなく、と言う方が正しかったりした。


「日本の政府にも、他の国の政府にも、他の誰にも、彼女は渡さないし任せない。桔梗は俺の家族で、義妹いもうとで、彼女だ。いずれ番になる人を、護るためなら誰だって、何だって敵に回す。だから、日本対他国じゃない。俺、対世界だ」

「……! いいねぇ! 言うねぇ! 俺対世界か、ヒュウ!」


 大量分泌されたアドレナリンが、過剰なまでに興奮させる。

 犬歯が更に鋭く尖り、全身の筋肉が膨れ上がって一回り大きくなった。


「いいねぇ! じゃあ第一ラウンドだ! 楓太! ヴァーサス、イタリアItalia! 全力を賭して護ってみな? ヒーロー!」

「来い、吸血鬼ヴァンパイア

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