招いた客より、招かれざる客の方が多いから困る
夏休み中、学園説明会二日前。昼下がり。
綾辻家のインターホンが鳴る。
来訪者の顔をカメラで見た楓太は眉間をしかめたが、出なければ出ないで面倒事になると思い、一応、出迎えた。
「おはよぉ! ……じゃなくて、うん? こんにち、は? 日本では時間帯によって挨拶が変わるんだろう?」
イタリアの黒髪、ヴィルジーリオ・アドルナート。
隣にいた青年も名前こそ知らないが、月詠学園に一緒にいた人だ。
帽子を目深に被って顔を見せまいとしているが、自分の肌よりやや赤めの髪は見覚えがある。
もう一人は見覚えがなかったが、何かずっと俯いたままボソボソ言っていて怖かった。
俯いていなくとも前髪が長過ぎて顔なんてほとんど見えないだろうから、猶更怖く見える。
「そんな、何でおまえが謝るんだ?
(今、謝ってたんだ……)
多分イタリア語だったろうし、声も小さかったから、まるでわからなかった。
と言うか逆に、ヴィルジーリオがよく聞き取れたなと思った程だ。
リオネッロと呼ばれた男は、その後も何かゴニョゴニョと言っていたけれど、相変わらず、ヴィルジーリオとの間でしか会話が成立しない。
と言うか、インターホンを押してから身内同士で話し合っているから、楓太は段々と、対応するのが億劫になってきていた。
「……用がないなら、お引き取り願います」
「あぁ、待って待って」
「何ですか。玄関先で意味不明な漫才見せられても、迷惑なんですが」
「そんなぁ、少しくらい付き合ってくれてもいいじゃんか。今日はちょっと、君達とお話に来たんだ」
話がある。
そんな切り出し方をされて付き合って、良い結果になった覚えがない。
大抵、喧嘩のための口実か、身を売る取引の口実。そして相手が日本人でないのなら、買収の話をするための口実である可能性が増えるくらいで、どれにしたって良い話ではなかった。
今回も例に漏れず、そのいずれか何だろうなと思った楓太は、断ったところで日を変えてまた来るだけだろうと察して、一人、外に出た。
「あれ、彼女さんはいないの? お留守?」
「えぇ。生憎と、所用で出かけておりまして」
嘘だ。
桔梗は今、夏休みの宿題を終えたばかりで疲れて眠っている。
だからお留守ではなく居留守を使って、桔梗を面倒事から遠ざけた。
とりあえず楓太は三人に連れられ、近くのファミレスへ。
三人並んで座るイタリア勢に対し、楓太が一人対面する形で座る。
近所の人は楓太の事こそ知っているが、向かい合って座っている黒髪の男を知るはずもなく、何やら不穏と言うか、怪しい雰囲気が漂っている。
絶滅危惧種とされる黒髪が二人、しかも対面で座っている事に何か感じ取っているのだろう。
実際、話の内容によってはあり得なくはない事なので、楓太もそれなりの覇気を剥き出しにしていたから、周囲は余計に緊張していたと思う。
「で、話と言うのは何でしょうか」
「まぁまぁ。そんな急かさないでも良いじゃない。せっかくファミレスに来たんだから、何か食べようよ。俺は……」
「敵か味方かハッキリしない相手と、食事などする気にはなれません。早急に用件をお話し下さい。先日の突然の来訪といい、何が目的なんですか」
先日のエヴァンジェリスタの一件といい、イタリアが何かしらの名目で目を付けている事は明白と言って良い。
おそらくは学園交流試合が引き金となったのだろうが、前以て
それだけに今後のこちらの対応次第では、イタリアが強硬手段に出ないとも限らなかった。
向こうがどれだけ本気の姿勢で、二人の黒髪を相手にしようとしているのか。この話し合いは、それを計るいい機会だとも思ったが、そもそも目の前に座る男は、果たしてどこまで祖国の言いなりなのか。
まずはそこから計らなければならなかった。
「じゃ、タントーチョクニューに行こうか。楓太、桔梗と一緒にイタリアに来ない?」
「お断りします」
「はっはぁ、だよねぇ。そう来ると思ったよ。来てくださいなんて言われて、『はい行きます』って返す黒髪はまずいない。俺だって、日本のジャパニメーションは大好きだけど、永住となるとゴメンだ。後がメンドーだからね」
同じ黒髪の境遇として、理解出来る少ない接点。
まだ彼の事はよく知らないけれど、初登場時のインパクトの大きさは憶えている。
良くも悪くも、日本に対して愛情こそ持っていても、嫌悪感はない様だ。
まぁだからと言って、完全にこっちの味方と言うのも立場上難しいのだろうけど。
「ま、そんな訳で、一つ賭けをしない?」
「賭け?」
「俺とさぁ、勝負しようよ。もちろん、戦域で」
まぁ、そんな事になるだろうと思っていた。
共に黒髪の能力者同士。
負けた数より勝った数の方が圧倒的に多い生涯。
金も権力も後から追いかけて来るような人生において、社会的死は存在しない。
だから仮初の肉体停止を勝敗の軸として決着を付けるのが、一番手っ取り早い。
黒髪を前に金なんて動かしたいだけ動くし、権力だって、その手を支配する老獪などよりも強い発言権が生じるから、意味はない。
結局は生物の原点。
暴力という、至極単純かつ冷酷な力が物を言う事を、二人はよく知っていた。
「じゃ、やろうか?」
周囲が
今からこの場で異国の黒髪同士がぶつかるのだと興奮する声と、不安そうな声とが混ざり合った野次馬らが、近場の戦域観戦権利を獲得するため、携帯端末を操作し始めた。
「今日も国家予算並みの資金が動く。娯楽に対しての日本人の熱血さ、俺は好きだよ」
「御託はいい。始めましょう」
「そうだね。じゃあ、――戦域、展開! 解放!――」
* * * * *
久方振りな気もするし、つい最近も降り立った気がする荒野。
黒髪を撫でる乾いた風の吹き付ける風上にいるはずのヴィルジーリオの姿は、なかった。
透明化の能力か――それに近しい能力者である事も捨て切れない。
しかし、振り返ってみれば、彼はつい最近、自分の力の一端をこれ見よがしに見せていたし、少し遅れて、ヴィルジーリオは数百の蝙蝠となって果てしない虚空から飛んで来た。
蝙蝠の群れが渦を巻き、漆黒の風となって空を裂く。
暫くして赤い十字が漆黒の旋風を切り裂き、霧散した黒の中から姿を現す。
巨大な蝙蝠の翼を広げ、十字型の鎌を担いだヴィルジーリオの双眸が赫然と光り、鋭く尖った犬歯を剥き出しにして唸る。
今さっきまでファミレスで対面に座っていた青年と同一人物と言われても、何とも信じ難い変化のしようだった。
「俺の能力は
(よく喋る人だな)
弱い犬ほど――なんて言葉はあるが、おそらく彼には当てはまらない。
単に饒舌。人より舌が回るだけ。ついでに言うと、お喋りが好きなだけだろう。
対峙こそした事がないので
ブンブンと風を切りながら振り回される十字の鎌が、ヴィルジーリオの体を這う様に駆け回り、楓太へと向けられる。
「
「俺の力は見世物じゃないし、あなたは御託が多過ぎます。さっさと来て下さい」
「なんだよぉ、ノリ悪いなぁ。別にそっちから来ても良いんだぜ? まぁでも? そっちがお誘いしてくれているなら? 乗ってやるよぉ!」
翼を広げ、地面を強く蹴って飛翔。
空を駆ける速度を徐々に上げ、限界速度まで達したところで真っ直ぐに突っ込んで来た。
自重と摩擦係数。骨、筋肉の強度を倍にして、楓太は真っ向から受け止める。
振り下ろされた鎌と楓太の手とが衝突。
生み出された衝撃が暴風となって、荒野を突き抜ける風をを払い除け、一瞬で無風の空間へと変えた。
両者、未だ無傷。
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