帰れと言われたら余計に帰れなくなるだろうけれど、とりあえずお帰り頂いた
エラスト・セルギィ。
ヴィルジーリオ・アドルナート。
ただいま現場に向かっている最中の
三竦み、と言うにはまだ不完全な状況下。
何せ未だ誰も、自分達と他二つとの実力を測れていないのだから。
ロシアのエラストは、桔梗の実力を知っているメリットを唯一持っていたのに、イタリア勢の飛び入り参戦でそのメリットも失われた。
高を括って日本に喧嘩を売ってる最中に、横から攫われる。なんて事態もあり得る。
「さぁ、全員まとめて掛かって来い!」
そして、そんなあからさまな挑発を活き活きとした目でしてくるのだから、奇妙以上に気色悪くて、エラストは遭って数秒で、ヴィルジーリオとは合わないと察した。
様々な二次元女子キャラクターが描かれた紙袋を下げる両腕と、赫然と輝ける双眸に夜の空に溶ける漆黒の双翼とがミスマッチで、何とも言い難い。
側にいる青年も周囲の目線に気付き、本人以上に恥ずかしがっている。
「どうした、掛かって来ないのか?! ん?!」
「
「
「
言われて、黙って自分の姿を見下ろす。
紙袋に入ったフィギュアの一つと目が合って、暫く首を傾げて黙ると、口角をムィッ、と上げて、わかったと言わんばかりに笑ってみせた。
「なるほど! おまえ達優しいな! 俺のコレクションに遠慮して来れないんだな!!!」
(
「いやぁ、日本人は親切とは聞いてたが、本当に親切だなぁ。ちょっと、そこの玄関をお借りするから、ちょっと待っててねぇ」
そう言うと、
決してそう言う意味で手出ししなかったのではなかったのだが、何となく女の子が描かれた紙袋が離れたのは、ちょっとだけやりやすくなった気がした。
「よぉし! これで思う存分――」
「【Stop】(止まれ)!!!」
発せられた声が持つ力に、全身を締め付けられる。
最早敵味方関係なく、短く発せられたほんの一言が、異常にして異色として恐れられる黒髪能力者達を束縛した。
「二人共、無事ですか?」
「十六夜、先輩……その、こ、拘束を……」
「は、はい……【動け】」
楓太と桔梗、ルフィナの耳元で囁き、硬直を解く。
ロシアの三人とイタリアの二人は、未だ硬直が解けていない。改めて、蓮華の能力が如何に強力であるかをその身に刻まれた気分だった。
「
「ひゃ――はい! そちらの二人のジョセーを連れてるのがロシアの
「
誰? と、桔梗に肘で脇腹を小突かれた楓太は、簡単にだが説明した。
四年前、イタリアは某中等学校にて起こった、銃乱射事件。
犯人は元々そこに通っていた生徒の父親で、子供が不当に低い評価を受けたせいで不登校になったと学校に抗議しに来たという名目の下、学内で銃を乱射した。
が、そこに飄々と一人の男子生徒が現れ、父親を捕縛――したのだが、捕縛された父親の状況に人々は戦慄した。
学校校舎に両手両肩を貫く杭で打ち付けられ、白目を剥き、泡を噴いて項垂れる父の顔は、此の世の裏に隠れた闇を見てしまった事に後悔したようで引き
生気も殺気も抜かれた惨劇の下、男から滴る血を啜る青年は、嬉々として笑っていたという。
それが、ヴィルジーリオ・アドルナート。
後に、イタリアの黒き死神と謳われる事になる男の武勇伝、その序章だ。
「能力は吸血鬼だとか、悪魔だとか、色々噂があるけれど……よく、わかってない」
「まぁ、でも……そういう感じ、だったわね」
ただし、能力者本人は死神だの悪魔だのと言った存在からは遠い位置にいるような、陽気な様子の人だから、そんな凄惨な事件を起こしたなんて信じられなかった。
勝手なイメージだけれども、そう言うのは世間的に中二病と言われるような、黒いオーラ的な物をまとっている方が、よっぽどらしい。
まぁ、そう思うのはつい最近、そんならしい神父と遭遇したからなのだろうけれど。
「得体が、知れないわね……」
「そう、だね」
能力の詳細が把握し切れないと言う点では、桔梗も負けず劣らず得体が知れない。
が、ヴィルジーリオは能力の詳細と彼自身の本質とがまるで関連していなくて、不気味と言う意味で得体が知れなかった。
能力と性格が関連する訳ではないけれど、快楽殺人鬼がヘラヘラと人を殺めるのが怖いように、悪魔だの死神だのと呼ばれている彼がヘラヘラしているのが、不気味で怖く感じられたのだ。
「さぁて……
「
「お、そうか! よぉし……じゃあ改めて、始めようか。黒髪諸君!」
(いや、あなた達今動けないでしょう……)
もしかして束縛が自分で解けるのか、なんて一瞬だけ不安が過ぎったが、結局動くのは口だけで、指一本も動かせずに彼の方から始める事は出来なかった。
要は、始めたいから拘束解いてくれませんか、と言う遠回しのお願いである。
無論、そんな要望を通すはずもなくて、相方の青年にも呆れられていた。
「
「やっぱりダメか!」
「【Stai zitto】(黙りなさい)」
ヴィルジーリオの口が閉じられる。
口にチャックが付いて閉じられたように開かなくて、ヴィルジーリオは慌てた様子だった。
自分と同じで、言葉に関連する能力かもしれないと思った蓮華の的確な処置だったが、ヴィルジーリオはとにかく口が開かない事がイヤらしく、閉じたままの口で必死に抗議している。
が、隣にいた相方にうるさいと怒鳴られると落ち込んで、喋れない事もあってガックリ項垂れて落ち込んだ。
「
「
イタリア語に比べ、ロシア語の方が出来る蓮華は、三人がロシア人であることはすぐにわかったし、真ん中にいる黒髪がエラスト・セルギィである事もすぐにわかった。
小さく開けた口から少しずつ息を吸い込んで、体の中にいっぱい溜め込む。
「
次の瞬間、ロシアの三人とイタリアの二人の姿が一瞬にして消えた。
楓太も桔梗もルフィナも、状況が掴めずに困惑していると、脂汗を掻く蓮華が両膝を突いて、苦しそうに咳き込み始めた。
相当な負担が喉に掛かったのか、首を強く押さえて過呼吸になってしまっている。
「先輩……!」
「先輩、大丈夫ですか」
楓太より先に、ルフィナと桔梗が駆け寄る。
女性の背中を触らせるのはさすがに許せないらしくて、この時の桔梗はかなり速かった。
後で聞いた事だが、背中に触れれば下着に触れてしまうから、自分との差を知って嫌いになるんじゃないかと心配だったらしい。
確かに蓮華はスタイルが良いけれど、そんな心配はしなくていいと、クリームパンを買ってあげるのは、帰路での話だ。
「先輩、大丈夫ですか……?」
「少々、無理を……しました……強制、的に、退去……させ、ました、ので……ぇっ……」
まさかとは思ったが、蓮華は今の一言だけで五人をそれぞれの母国へと強制退去させてしまったと言うのだ。
つまり三人はロシアへ、二人はイタリアへと飛んだと言うのだ。
が、今までの様子から、蓮華の言葉が嘘だとは思えない。彼女は自身の能力の都合上、軽々と噓を付ける人ではないからだ。
性格的にも、見え透いた嘘を付くような人間ではない。
だからきっと彼女の言う通りなのだろうと、三人は疑う事を止めた。
とにかく蓮華をルフィナに支えて貰い、四人は一度、風紀委員室に戻る事に。
「その場しのぎにしかなりませんが」などと謙遜していたが、実際は言うまでもなくとんでもない事をしている。
改めて蓮華の能力の凄さに驚くと同時、彼らがまた蓮華を目当てに来た時どうするべきか、迷っている自分がいる事に、楓太は一人歯噛みするのだった。
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