こいつ絶対神様信じてないだろって狂信者が化け物じみて強い件
エヴァンジェリスタ・トルリチェッリ。
実年齢不明。出身地不明。経歴不明。
一八年前にマルタ騎士団に所属。以来、ローマ教皇及びマルタ騎士団の要請を受け、カトリック派信者に危害を加える犯罪組織を壊滅させる事、十七回。
イタリア政府によってもみ消された死傷者の数、一〇二一人。
現代の表舞台に出す事は叶わない、イタリアはキリスト教カトリック派最終兵器。
その性格は、語り聞かされる武勇の数々に反して温厚。語り継がれる惨劇に準さぬ平和主義。
毎月通い詰めている孤児院の子供達からも慕われている優しい男だが、戦闘となるとスイッチが入り、人格が一八〇度変わる。
残虐かつ冷酷。
一切の容赦なく、神の敵を殲滅する人間兵器。
それがエヴァンジェリスタ・トルリチェッリという男である。
* * * * *
「桔梗、早く!」
桔梗の手を引き、共に走る。
度々背後に一瞥を配っているが、ただ歩いているはずのエヴァンジェリスタとまるで距離が開かない。
左右いずれかに曲がっても次見た瞬間には前と同じ距離を保っており、やや早足で歩いているだけだった。
「銀色と鉄色……能力は金属系統のはずなのに……!」
黒髪以外では感じる事がほとんどなかった違和感。
髪の色と能力は密接な関係にあるはずなのに、それが当てはまらない例外が現れた事で生じる何とも言い難い恐怖心。
髪の色から能力が把握出来ない。それは自分達、黒髪の最大にして唯一の利点であったはずなのに――。
「
「楓太、どうしよう!」
「っ……!」
エヴァンジェリスタの言う通り、戦域で戦う事も出来る。
が、何か嫌な予感がするのだ。彼とは戦ってはいけないと、対峙してはいけないと、体の内側から、本能に近しい生命の根幹的部分が警報を鳴らしている気がしてならない。
桔梗も、近しく等しい物を感じているのだろう。だから楓太と同様に、逃走を選んでいる。
今までだって、こんな事はよくあった。
よくわからない因縁を付けられて、殺すと宣う学生や、祖国のためと嫌々武器を持つような大人。ただ黒髪の能力を見てみたいと自ら仮初の死を選ぶ変質者。
闘争の気配は無論、鼻腔の奥を血の臭いが突いて来る事も少なくなかった。それでも戦う事自体はまるで怖くなく、寧ろ呆れる程だった。
殺すと宣う学生は殺し返し、嫌々戦うような大人には正当防衛と言う形で抗ってあげて、変質者は変質した心そのものが擦り切れるくらいに徹底的に叩いた。
だがしかし、この男はいけない。
いけないと、頭の中で警報が鳴っている。
彼と戦ったら、何か嫌な予感がする――
「
と、エヴァンジェリスタは上着の内側から銀の剣を更に取り出し、野球選手さながらの大振りで二人に向かって投げつけた。
「
風を切って二人の間を抜けた剣が壁、床に突き刺さる。
柄も鍔もすべてが金属で出来た剣がドロリと溶けたかと思えば、剣の大きさは関係なく、楓太と同じくらいのサイズの人型に変形して、某ゲームないし映画にでも出てきそうなゾンビが如く襲い掛かって来た。
咄嗟に楓太が蹴り飛ばそうと脚で払うが、蹴った人形が再び液状化して、沈んだ楓太の脚を捕まえる。
楓太もまた倍化能力で人形の強度を下げ、振り払って脱出するが、その時にはすでに、異色の双眸で見下ろす神父が背後に立っていた。
「まだ逃げるかい、坊やぁ……恋人の前だ。男を見せたらどぉだい」
「……わかりました」
「楓太」
「大丈夫。必ず勝つ」
未だ拭い切れない不安の正体はわからない。
勝機を見出した訳ではなく、追い詰められて観念したが故に応じた事には違いない。
だがいつまでも逃げられないとわかった以上、戦うしかない。何より、彼女にして婚約者の前だ。いつまでも逃げ続けるなど、格好も付かない。
不服ながら神父の言う通り、男を見せなければならない時だ。
「いざ、我らが戦いの地へ」
「戦域展開、解放―!」
* * * * *
地平線の向こう、掴み取った十字架に祈りを捧げる神父。
能力の全貌は未だ把握出来ていない。
学内交流試合。準決勝の嘉鳥兜が相手だった時は、前以て情報があったからこそ、強敵ながら辛勝出来た。
故に初めてとなる。
相手の能力がほとんどわからない状態での戦いは。
「さあ、始めるとするかね……」
手招きを受ける。
実戦経験値ではそこらの軍人よりあるつもりだが、この男に限っては上回っている気がしない。能力未知数の黒髪を相手にこの余裕。慢心と呼ぶには、楓太に余裕が無さ過ぎる。
一体何に対して、ここまで恐怖しているのか。
いつまでも正体不明のままでは気持ち悪いだけだ。
故に、楓太から仕掛けた。
地面を圧縮したかのような超高速移動で一挙に距離を詰め、加速した勢いを殺す事無く剣を取り出して十字に構える神父の脇腹に光速に達した蹴りを叩き込む。
向かい側の壁に叩き付けられるのも必至な速度と重量で繰り出した蹴りだ。これ一発で勝負が決まる事だって少なくない。
だと言うのに、神父はその場からまるで動かなかった。いや、動いたのだが、動いたと言うには距離が短過ぎて、とても動かしたとは言えなかった。
何より、脚に感じる重い衝撃。
痛覚をある程度遮断しているはずなのに、歯を食いしばらずにはいられない。
まず間違いなく、骨に亀裂が入った。折れてはないが、折れる一歩手前だ。追撃しようとしていた脚を止め、距離を取って脚に触る。
入った亀裂の大きさを倍加して、支障がない程度にまで治した。
「そぉらぁ、まだまだ来なさあい」
両拳をダイアモンド級にまで硬化。
天然の凶器に変えて、プロボクサーでも初見では完全に見切れぬだろう速度で殴り掛かる。
風を切り、一瞬の虚空を作り出すジャブの嵐。加えてダイアモンドと同等にまで硬くした拳は、神父の五体をぐちゃぐちゃに変形させているのが普通でさえあった。
なのに――
「――?!」
楓太の手がわずかにだが砕け、切れた肌から血飛沫が弾ける。
ジャブを受け続けたエヴァンジェリスタが吐血していたのは当然として、自分の手が砕けている理由がわからなかった。
再び距離を取って治そうとするが、今度はエヴァンジェリスタが詰めて来て、片手に三つ挟む様に持たれていた剣に、上半身を切り裂かれる。
赤い体液が破裂した水道管から漏れる水のように噴き出して、楓太は後ろによろめかされる。
すぐさま距離を取った楓太だったが、取った先で片膝を突く。
上半身を引き裂いた三本の切り傷から、未だ血が溢れて止まらない。すぐさま止血したいところだが、一度に流した血の量が多過ぎて朦朧とする意識では能力が制御出来ない。
能力の発現すらままならず、ひたすら荒い呼吸を繰り返す。
「イタリアのカトリックはおまえ達の存在が、主への信仰心を削ぐ危険因子になり兼ねないと危惧している。故に表舞台から姿を消せとの事だが? 可哀想になあ……ただ髪が黒い。ただ強いってだけで、こんな迫害を受けて。人間はなぁんでこうも、迫害をしたがるのかねえ。アメリカの黒人。北のアイヌ。ナチスのユダヤ。本当に、なあんでだと思う? フータ・アヤツジ」
神父の言う言葉が、途切れ途切れにしか聞こえない。
理解が追い付かない。酸素が、血が足りない。意識が、遠のいていく。
「おまえ達は強いからわからないと思うが、迫害や差別を受ける連中は、社会的に弱い連中だあ。奴隷制度故か住んでいた場所を追われた故かあ?
血に滴る銀の剣を十時に掲げ、辛うじて見上げる楓太の姿を刀身に映した。
「
銀の剣が、楓太に残っていた赤い体液を弾けさせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます