宗教が絡むと何故か絶対的に出て来るような狂信者キャラが、狂信者らしく強襲してきた時の話

「Haa……まさか日本でNon avrei mai pensato di poter bereこんなに美味しいコーヒーが飲めるだなんてun caffè così delizioso da Starbucks in Giappone……」


 日本国内、某珈琲チェーン店。

 喫茶店にはあまりそぐわないような、恍惚な表情を見せる女性がいた。


 何かいかがわしい事でもしてるのかと勘繰ってしまいそうになる顔でいるものだから、様子を見に行った店員は逆に何もない事に訝しむ。

 まさか珈琲の美味しさに感動しているだけだなんて思えなくて、店内で密かに警戒網が張られている事を、彼女は気付いていなかった。


 そんな彼女の携帯端末が、電話を受信して震動する。


「Hi! 何か進展はあったのかしらHai fatto qualche progressoセルジョSergio

ディオニージアDionisia 今どこにいるんだdove sei adesso黒髪の能力者はHai trovato qualcuno con la capacità見つけたのかdi avere i capelli neri

そんな簡単に見つかるんだったらSe lo trovate così facilmenteこんなに苦労する必要ないでしょうnon si dovrebbe avere un momento difficile, giusto? そう言うあなたはQual è il tuo progresso?」

見つけたTi ho presoただTuttavia元々の目的とは別の人物だがなè una persona diversa dallo scopo originale念のためPer ogni evenienzaこのまま尾行を続けるcontinuerò a monitorare così com'è

わかったCapitoそういえばA proposito団長はどこ行ったのil leader sa dove è andato?」

『Ah……アレッシオとヴァレリアーノがAlessio e Valeriano,同行していたはずなんだがerano accompagnati……どうやら ma sembraはぐれたらしいche sia caduto a pezzi

何でPerché?!」


 などと立ち上がって、周囲が自分を見ているのに気付き、ペコペコと頭を下げながら座り直す。

 一先ず落ち着くために珈琲を飲んだが、もう味を堪能出来るだけの余裕はなかった。


 いや、理由はわかる。大体にして察せる。

 標的を個人で見つけて、二人は足手纏いと割り切って、わざと二人を巻いて単独で追って行ったのだ。

 彼はそう言う事を普通にやる男だと知っている。


 だから新人二人のお守りを押し付けて、単独行動させまいとしたのだが、どうやら失敗したらしい。

 まぁ確かに、その程度で止まる人だとも思ってはなかったのだが、新人二人を未開の土地に平気で放置するとも思ってなかった。

 後に受ける処分など、彼を止めるブレーキにすらなり得ないのだから困る。


 実力だけなら、これ以上なく頼れる存在なのだが――


ともかく落ち着いてCalmati comunque落ち着きましょうCalmiamoci

まずおまえが落ち着けPer favore, calmati prima今言った通りCome ho detto prima俺は尾行を続けるio continuerò a monitorareおまえは二人と合流し次第Dovresti unirti a loro団長の捜索に向かってくれe poi cercare il leader

「……わかったわCapitoそちらも充分に警戒をSi prega di fare attenzione anche lì


 電話を切った女性から、溜め息が漏れる。

 顔面蒼白、とまではいかないものの顔色は悪く、ついさっきまでの珈琲に対する感動はもうどこにもない。

 ローズピンクの髪の下、覆った掌の中で、蒼い双眸が鋭く光る。


 観光気分打ち切り。

 思考回路を、完全に仕事モードへと切り替える。


「あの……大丈夫、ですか?」

「……えぇっと、ごめんな、さい、ね? 私は、ダイ、ジョブ。これから、お仕事。コーヒー、美味しかた。ごちそぉさま」


 これ以上変に目立つのも、今後の仕事に支障が出る。

 本当はもう一杯飲みたかったのだが、仕方ない。

 携帯端末に付けているストラップの先にある十字架を握り締め、額まで持ち上げて祈る。


全ては御身の御心のままにTutto è alla volontà di Dio


  *  *  *  *  *


 男は、周囲の注目を集めていた。


 三〇度を超える夏の中、袖を通して着込んだ上着の背中に刻まれた少し変わった形の十字。

 袖に入った赤い十字刺繍が、今のマルタ騎士団団長階級の証などと、知る日本人は全くと言って良い程いない。

 銀色と鉄色とが混ざって黒ずんで見える髪よりも、眼鏡の下で光るルビーとトパーズの異色双眸ヘテロクロミアが、周囲の人達を近付けない。

 身長も頭一つ――いや、二つは抜けていて、確実に二メートルは超えており、それがまた筋肉質で太い体をしているものだから、パトロール中の警官でさえ、声を掛けるのを憚られた。


 と、そんな職務放棄寸前の警官へと、男が速足で駆け寄って来る。

 逃げる訳にもいかず、自転車から降りた警官は改めて男を見上げて、冷や汗を垂らす。


「あぁ……すぅみぃまぁせん。ちょぉっと、道を尋ねたいのです、が」

「は、はい。えっと……どちらへ?」


 男は、胸から下げていた十字架のペンダントを掴み、指で撫で始めた。

 当人曰く、人と話す時に自然と十字架を触ってしまうらしく、聖職者故の職業病、との事。


「この近くに、駅はありません、か」

「え、駅……ですか」

「そう。たくさん電車通るおぉきな駅ぃ……乗り換えが怖いので、私、おぉきな駅に行きたいのでぇす」

「そ、それでしたら……この先を十分くらい歩いて、右に曲がって頂いて。また少し、五分くらいかな……歩いたら、比較的大きな駅が……ただ、少し遠くなっちゃいますけれど」

「おぉ! ありがとぉござぃまぁす! 日本のポリスメンは優しいネェ、感謝感謝でぇす。ありがとうございまぁす!」

「い、いえ……どういたしまして……」


 男は警官と硬い握手を交わし、朗らかに教わった道を歩いて去って行く。

 その場は穏便に済ませたが、次の瞬間には、獲物を狙う狩猟者ハンターの眼に変わって、鋭利に輝いていた。


 警官に道を聞いていた時でさえ、一瞬も逃さなかった。

 いくら距離を離されようが、射程圏内にいれば補足出来る。

 そして、彼らが教えて貰った道なりに進んでいるのに気付いた時には、込み上げて来る笑いを抑え切れなかった。


 神は、彼らを逃すなと仰っておいでなのだから。


  *  *  *  *  *


「楓太? どうかしたの?」

「……いや」


 ずっと前から、自分達を追いかけている視線がある事には気付いていた。

 一先ず人の多い駅に向かって、人混みに紛れて逃げるつもりだったのだが、上手く行ったのかわからない。


 巻けたのならいいが、巻けたにしては随分とあっさりし過ぎてて、拍子抜けしてしまう。

 相手がどこの誰かは知らないし、知る術こそなかったが、数日前に友人が持って来てくれた情報を思い出すと、そう簡単に逃がしてくれる相手だとは思えなかったからだ。


 が、逃げられたのならこれ以上は望まない。

 早々に帰るべきだ。


「楓太? 誰かいたの?」

「……いや、何でもないよ。それより速く――」


 


 乗り換えの多い昼下がりの駅。

 その地下に広がる迷宮のような街には、乗り換えの電車に向かう人達に買い物、食事と、あらゆる目的を持った人達が行き交う地下街に、自分達の人が一人もいない。


 あり得ない。

 それこそシャッターが全て閉まり、扉も施錠された深夜でない限りは、人なんて少なくとも数人は必ず通っているような場所だ。

 だからこそ、楓太は逃走経路として選んだのだから。


「楓太?」


 桔梗にまで、楓太の不安が伝播する。

 桔梗もまた、あり得ざる人けの無さに訝しみ、駆られる不安から、楓太の腕を抱き締める。


 そんな二人の不安を煽るように、本来聞こえるはずのない金属音が、駅地下街全体を駆け巡ったかのように響き渡って、二人の鼓膜を劈いた。

 直後、二人の前に金属音の正体と、金属音を鳴らした張本人とが、何の前触れも無く現れる。


「我、汝らの罪を問う。我、汝らの咎を問い詰め、汝らの責を問いかけん」


 資料通り、いや、資料などではまったく伝わる事のなかった気迫。

 楓太は初めて、自分が臆している事に気付く。


「汝、罪を認めるならば宣い給え。さすれば主は、汝らに配された毒酒に油を注ぎ、宵の明星より輝ける焔を放たん。さすれば汝、暁の日より共に出でて、主の右席に座るかの天使の翼に触れん。されどその手に残り香あれば、翼は黒ずみ、羽は灰と化して汝らと共に落ち逝こう。然らば主はある者をあるべき場所に配さん。煉獄の峠を目指せ。さすれば久遠の少女が神に捧げるうたを貸し与えんと。手の甲に接吻を。さすれば主に捧げる音を貸し与えんと。掌に接吻を。さすれば主に捧げんとすその心を差し出さんと。さすれば汝、自らの足で歩み、血塗られた冥府より天へと続く階段を昇りて、暁の時を待て。汝、黒き神よ、黎明の空を仰ぐ事叶わず。汝らにはすでに、罪と等しき枷掛からんと知るべし――イタリアからわざわざ来てみればこいつぁ拍子抜けだなぁ。人除けの結界は初めてか? かわいい子ちゃん」


 異色の双眸が嗤う。

 桔梗もまた、言いようのない不安から楓太の後ろに隠れるが、楓太もまた、言い表し様のない危機感を感じて、桔梗と共に一歩下がる。


 その下がった一歩より大きな一歩を、男は踏み出して来た。


「イタリアはキリスト教カトリック派、マルタ騎士団第十中隊団長、エヴァンジェリスタ・トルリチェッリ。戦域に逃げても構わないが聖域にだけは行かせんよ? 泣くも喚くも自由だが、一方的に死ぬのだけは止めてくれ。こちらはわざわざ、君達だけを導くために、来ているのだから、ねぇ」


 ペンダントの十字から手を離したエヴァンジェリスタは、背中に回して掴み取る。

 取り出したる銀の剣には、聖書、聖伝にでも出てきそうな文字が刻まれていた。

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