ローマの来日編Ⅰ

イタリア最高戦力、マルタ騎士団

 イタリアは首都ローマ。サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂。

 キリスト教の教派、カトリック教会が誇るイタリア大聖堂の中でも、古代ローマ様式の聖堂――ローマの四大バシリカに数えられ、名は、『偉大なる聖母マリアに捧げられた聖堂』と言う意味だと伝えられている。


 某月某日、初夏。

 かの大聖堂にて、秘密の会談が行われていた。


これが日本に出現したEcco le informazioni sulle 新たな脅威に関する情報ですnuove minacce emerse in Giappone教皇Papa


 現ローマ教皇、ベネディクティウス一九世。


 イタリアはカトリック教会の最高位指導者たる彼には本来、神々への信仰をまとめる職務はあっても、絶滅危惧種と化した髪の持ち主らをまとめる職務はない。

 しかしカトリック――基、キリスト教に限らず、現在すべての宗教が、神ならざる髪の持ち主達の影響を受けており、現実に猛威を揮う能力者達。主に、絶滅危惧種である黒髪能力者達に敬意を表し、姿現さぬ見えざる神への信仰を忘れてしまう信徒の増加に、日々悩まされていた。


 日本は元々、特定の宗教に縛られる事のない希少な国であったが、キリスト教カトリックの信者がまったくいない訳ではない。

 そんな彼らが新たな黒髪の登場により、信仰を捨ててしまわないか――利益の有無など関係なく、純粋に信仰の有無に悩む教皇は、皺を寄せる眉間を押さえていた。


現在Attualmenteレンゲ・イザヨイの la Russia, che ha cercato確保を狙っていた di assicurarsi Renge・Izayoi,ロシアが一時的に撤退si è ritirata temporaneamenteフランスはLa Francia未だ大きな動きこそ見せていませんが non ha ancora fatto una grande mossa,それも時間の問題でしょうma è solo questione di tempoその前にQuesto こちらが動かねばなりませんdeve muoversi prima di loro

具体的にはNello specificoどうするのでcosa farai?」

マルタ騎士団を動かして頂きたいMuovi i Cavalieri di Malta


 聞き間違いかではないかと疑った教皇が見開いた目は、真実を見ていた。

 冗談で言ったつもりはない。対談相手の、真剣そのものの顔だ。


カトリック騎士修道会Ordine Cattolicoマルタ騎士団Cavalieri di Maltaあなた方信者を守る盾でありVoglio che tu presti loro gli scudi 剣である彼らを貸して頂きたいe le spade che proteggono i tuoi seguaci


 領土無き国家、マルタ騎士団。


 現在は世界一二〇ヶ国で活動している国際慈善団体だが、元は巡礼するカトリック信者を守護、保護するため、聖地エルサレムで組織された軍事組織である。

 フランスの英雄、ナポレオンの侵攻によって拠点としていたマルタ島を奪われたものの、国家権力と同等の主権を持ち、領土無き国として今日まで認められている。


 故に領土無き国家と呼ばれており、彼らを動かす権限など、誰も持っていない。持っているはずがない。

 仮にも一つの国家ならば、それを治める者以外に誰が動かせよう。

 ただし相手がマルタ騎士団で、命じるのがローマ教皇ならば、ある程度話は変わる。

 マルタ騎士団の現在の活動は、昔と変わらずカトリックの守護。彼らの指導者であり主導者である教皇は、彼らと言う国に対して、唯一対等に交渉する権利を持つ。


彼らを動かさねばならぬ状況にあるÈ una situazione del genere と言う事ですかche devo spostarli?」

少なくともPer lo meno捧げられる信仰に邪念がporterà il male alla fede入り込む隙を与えるでしょうche è dedicata a Dio


 教皇は眉間を押さえ、考える。

 わずか五分程度の時間だったが、それでも熟考に熟考を重ねたのだろう眉間には、深く押さえた指の痕跡が、クッキリと残った。


時間を下さいDammi tempo……さすがの彼らもNon credo che nemmeno loro そう簡単には動かないでしょうrisponderanno così facilmente彼らを説得出来るだけの時間が欲しいVoglio tempo per convincerli

「……わかりましたIntesoですが我々もあなた達もMa capisci時間が惜しいche né noi né tuそこはご理解をabbiamo tempo


  *  *  *  *  *


「イタリアのマルタ騎士団?」

「次はフランスだと思っていたら、イタリアか……」


 某月某日、夏休み中の楓太と桔梗は、ルフィナから情報を受け取っていた。


 場所はカラオケボックス。

 二人の黒髪がいるとしても、彼らも学生。学生がカラオケに行くなどこれ以上自然な事もなく、誰も怪しまないし、防音設備はある程度整っているので、扉を開けられない限りは、マイクを通さない限り、会話が聞かれる事はない。

 学生である事を最大限利用した密会だ。


「イタリアのマルタ騎士団は、今は慈善団体としてカツドーしてるけど、元々はカトリック信者を守るための組織。でも、今でもローマキョーコーのヨーセーがあれば、軍事的カイニューも出来る。けど、それはホントーに時々。マルタ騎士団も、まだ主権を持ってるカラ」

「……主権って?」

「マルタ騎士団は、今も一つの国と同じ扱いなんだ。ローマに拠点を置いてるけど、国と同じだけの権力を持ってる特殊な組織。だから、領土無き国家なんて呼ばれる事もある」

「ふぅん……」


 飲食物の持ち込み可能と言う事で、買ってきたジャンボメロンパンに小さな口で齧りつく。

 リスのようにメロンパンを食べる桔梗が、事の重大さを理解し切れていなかった。


 仮にも一つの国が攻めて来るとすれば、それは戦争に近しい戦いだ。

 まぁ、桔梗からすれば、相手が個人だろうが組織だろうが国だろうが、関係ない話ではあるのだが、それでも緊張感に欠けると言う点で言えば、楓太でさえ否定出来なかった。


「それでルフィナ。ロシアは何か手を打つのかな」

「ロシアは、何もしないと思う。ルフィナにもジョーホーはくれたけど、何かするよぉには言わなかたから。でも多分、『言わないでもわかるだろ』て意味だと思うヨ」

「マルタ騎士団が俺達をイタリアに連れ帰るような事態になりそうなら、妨害しろって事か。さすがに俺の遺伝子情報より、俺本体の方が貴重だものね」

「ウン……」

「何か、心配してる?」


 ルフィナは少し考えてから、携帯端末を操作する。

 一体どこにアクセスしたのかは知らないが、そこは一先ず置いておいて、ルフィナが見せてくれた人物の顔を覚える事に専念した。


 写真を撮った時のフラッシュが反射したようで、眼鏡の奥が見えないが、おそらく三〇代後半くらいの中年男性。

 胸から上しか映っていない宣材写真だが、広い肩と胸板の筋肉の付き方から見ても、相応の実力者と見て取った。

 髪はルフィナと同じ系統の銀色。銀色なのだが、まるで灰を被ったかのように黒ずんでいて、まるで酸化した鉄のように見えた。


「エヴァンジェリスタ・トルリチェッリ。マルタ騎士団にジューニンいるチュゥ団体ダンチョの一人で、じ……じ……」

「実質的?」

「そう。実しちゅ的……マルタ騎士団の最大戦力の、一人だょ……」


 ここまで噛まずに言えたのに、と赤面を覆うルフィナに、メロンパンを食べる桔梗がドンマイと肩を叩いて慰める。


 楓太は微笑で流しながらも、マルタ騎士団最大戦力の一角であると言う男の情報を何度も復習さらって頭に叩き込んでいた。

 能力の内容こそ乗っていないものの、今までの戦績がこれ見よがしと載っている。随分と詳しい詳細まで載っているかと思えば、ロシアは一度、彼に土を付けられている様だった。

 それを知ってから復習さらってみると、次は負けないからなと言うロシアのこれ以上ない執念を感じられる気がする。

 が、ロシアが付けられた土は、確かに大きかった。


 ロシア人黒髪能力者の抹殺。


 ここで殺された人物は三件もの一家を襲った連続強盗殺人事件の犯人であり、実質的死刑にも等しい無期懲役を言い渡されながら、更に多くの看守を殺して脱走。イタリアはローマに逃亡していたところ、ロシアの要請を受けたマルタ騎士団によって粛清された。


 仮に犯罪者だとしても、ロシアの黒髪が他国の黒髪でもない相手に負かされた事は恥であり、しかもこの一件で、犯罪者は戦域と現実とで二回負けた上で粛清されているので、恥の上塗りとなってしまった。


 以上の経緯から、エヴァンジェリスタはロシアに貸を作りながらロシアに敵対視されており、マルタ騎士団の中でも特別細かい情報が集められている様だった。


 が、警戒は当然と楓太も認識を改める。


 どんな人物かは会ってみないとわからないが、経歴を見る限り温厚とは言い難い性格。

 命令に忠実なのか己が信仰に忠実なのかわからないが、“悪魔狩りキャッチア・アル・ディアヴォロ”なんて異名で呼ばれるくらいなのだから、相応の気性と価値観は持ち合わせているのだろう。

 楓太もまた、相応の警戒を敷く必要性を感じ取り、ルフィナに端末を返した。


「ありがとう、ルフィナ。諜報員スパイは苦手、なんて思ってるロシアの人達に、この成果を見せてあげたいよ」

「しょ、そんな……褒めても何も、その……えっと……何もない、ですよ?」

「もう欲しい情報ものをちゃんとくれてるから、褒めているだけ。寧ろ俺達が何か代価を支払わないとね。報酬は、何が良い?」


 紅潮する顔を覆う手の中で、ルフィナはモゴモゴとロシア語で漏らす。

 ロシア語は未だに堪能ではないので、理解に少し時間を要したものの、指と指の間から覗き込む丸い瞳が求める物がわかれば、断る理由はなかった。


いいよКак ты говоришь


 そっと手を退けて、熱を持つ赤い頬に吸い付く。

 わずかに湿った音が隣の部屋から漏れて来る熱唱より大きく聞こえて、恥ずかしさの許容量を超えたルフィナは卒倒。

 支えた楓太が、ソファに寝かす。


 空いた隙間にすかさず入り込んだ桔梗が楓太の胸に飛び込み、自ら唇に吸い付く。


「私にはしてくれないの?」

「……しなかった日なんて、ないでしょ」


  *  *  *  *  *


 某月某日――八日後の昼間。


 夏の日差しが痛いくらいに肌を突き刺し、巡る風すらも熱を帯びる頃。

 フランスのシルヴァン・アンペールは、羽田空港ロビーにて彼らの来日を確認していた。


イタリアよりConfirmé例の騎士団の来日を確認しましたl'entrée des chevaliers d'Italie人数は四人Le nombre de personnes est de quatreマルタ騎士団Chevaliers de Malte第十中隊Dixième Compagnie――」

「これはこれは……イタリアの諜報員Spia italianaは随分と若いんだ、なぁ」


 不意に、背後から感じた悪寒。

 恐る恐る振り返った時、シルヴァンは凝らしていたはずが見逃した五人目の姿を見て、思わず言葉を失った。


「しかし、大人の真似事はそこまでだ。潔く、大人しく、素直に撤退し給え。今ならまだ、主もお許し下さる。懺悔ならば、私が承ろう。部屋は生憎と用意出来ないが、ねぇ」


 マルタ騎士団、最高戦力。

 過去、ロシアの黒髪を退け、神の慈悲の下、粛清した男。


 エヴァンジェリスタ・トルリチェッリ。

 イタリアの狂信者が、数名の部下と共に日本に降り立った。


 

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