全ての黒はローマへ通ず

黒と黒と銀

 二人、手を繋いで歩く。


 ただそれだけの事なのに、周囲の目は白い。

 並んで歩く二人の髪色が、揃って黒い。ただそれだけの理由で。


 まるで人間の住宅街に出たクマか猿でも見るかの如く、野次馬根性を滾らせる人々の目を、二人は自分達の世界に逃げ込む事で、何とか掻い潜っている。


 髪が黒い。

 それは髪の色とリンクした異能を発現するようになった人間達にとって、混沌の色。見かけでは判別出来ない未知数の力を象徴する色。

 かつてその色ばかりだった日本を含めたアジア諸国でさえ、滅多にお目に掛かれない絶滅危惧種。


 大小問わず、二〇〇近い国々が保護、保持する。生物以上人間以下の、生きる兵器である。


「今日は人が少ないね」

「フゥ太がいれば、私は誰がいまいがどうでもいいわ。一学期の終業式も前に不登校だなんて、逃げ腰なのも良いところものね」


 今年度の入学生が、全員無事に卒業出来る可能性はゼロと、学園長が言い切った理由が、一学期の間でわかった気がする。


 高い入学倍率を誇る入試を突破し、入学を経てようやく本番。

 若き能力者育成に長けた日本の月詠学園そのものが、さながら強者達を集めて行われる一種の蟲毒。強き者同士を戦わせ、揮いに掛けて、心が折れた弱者から容赦なく落としていく。

 入口こそこれまでにないほど狭く、少なく、出口はこれまでにないほど広く、多い。

 一年生の一学期。たった三ヶ月と少しだけで、今年度に入学した生徒の三分の二が欠けた。彼らが戻って来る保証は無く、学園が彼らを戻そうと努力する事はない。

 来る者は選び、去る者は追わず、抗う者は悦び迎える。


 学園にとって、生徒とは学園から逃げず、抗い続け、戦い続ける者達を差す。


「お、おはよぉ、二人とも……」

「おはよう、ルフィナ」

「おはよう。体は大丈夫?」

「う、うん……ダイジョブ、だよ……」


 耳まで真っ赤に好調させた顔を手で隠し、視線を逸らす。

 交渉の末、お互いの了承の上だったとはいえ、目の前の彼と体を重ねたロッカールームでの時間を思い出すと、とても顔など見られなかった。


 一学期末の一、二年生代表生徒交流試合にて、日本の黒髪生徒らと接点を持って、本国に移動させようとしていた陰謀を阻まれたロシアは、一時的にだが、ルフィナ一人を残して撤退した。

 楓太がルフィナに対し、肉体関係を求めるほど好意を抱いていると考えたロシア政府は、彼女に楓太と桔梗の監視を任せたのである。


 しかし、それこそ楓太の策。

 こちらがルフィナに好意を持っていると思わせておけば、ルフィナをも退かせる事はなく、彼女を介して情報を収集して来ると踏んで、逆に彼女からロシアの情報を引き出す二重スパイとしたのだ。

 まさかルフィナが密偵スパイだなんて器用な真似が出来るとは向こうも思っていないようで、この一ヶ月、まったく警戒されていない様子。

 とりあえず、今すぐロシアが再起する気配は無さそうだ。


 そして、ルフィナを日本に残させるため与えた受精卵は、楓太の能力で徐々に劣化し、消失するようにしている。

 今頃はもはや影も形も無くなっており、研究者らが何かしらの形で責任を取らされているかもしれないが、知った事ではない。

 日本で学びたいと言う学生の純粋な心を弄ぶ形で、学園に投入した一種の罰だ。黒髪の遺伝子など、そう易々と渡してやるつもりはない。


 ――などと言う経緯があったとはいえ、もはや婚約しているも同じ彼女がいる楓太と、体を重ねたのは桔梗に凄く悪い気がして、ルフィナは桔梗に対する言葉を選ぶ。

 だが口をもごもごさせて何も言わないルフィナより先に、桔梗がうんと背伸びして、ルフィナの頬を包むように撫でた。


「大丈夫よ、ルフィナ。私はそこらの女と違って、フゥ太が他の子を抱いた程度では怒らないわ。彼は魅力的だから、抱かれたい女がいくらいても不思議じゃないもの」

「でも……」

「侮らないで。私は彼に言い寄る女にいちいち嫉妬するほど、器小さくないの。例えあなたが彼の子供を本当に産む事になっても、彼の子なら私は平等に愛せる自信がある。だから気にする必要なんてないの。あなたも色々大変でしょうけれど、これからもお友達でいて頂戴ね」

「……き、ききょぅちゃぁぁ……」


 朝から校門の前で、ロシア人女子が小さな同級生を抱き締め、泣きじゃくる。

 そんな日も合間に挟みながら、これから何事もない平穏が続いていく事を祈る楓太であったが、次の刺客はゆっくりと、別の国より送り込まれていた。

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