黒と黒
後日談、つまりはその後のあんな事やそんな事とかの話
綾辻楓太の勝利で閉幕した、月詠学園交流試合。
此度の大会に陰謀を潜めていたロシア政府は、事実上の敗走を強いられた。
「
ルフィナ含め、学園に潜り込ませた中でも選りすぐりの面々を集めたはずだった。
だが蓋を開けてみればどうだ。惨敗、惨敗、惨敗の連続。日本が誇る黒髪を相手に、ロシアの精鋭は手も足も出なかった。
無論、これがロシアの全てではないにしても、相応の功績ないし、結果を残さなければならなかったのに、この醜態だ。
言い訳の余地などなく、すればするほど自分達の立場が危うくなる事は明白。
「
ロシアの黒髪、エラスト・セルギィ。
年齢的にも、月詠学園に向かわせられる実施的ロシアの最終戦力。
問題は、あまりにも強い個性の癖と絶対的自尊心。
彼を説得するまでに他国が――それこそ、イタリア辺りが動き始めて、蓮華を奪取されるような事があったら、政府上層部に何と報告すればいいのか。
状況は最悪とまで行かずとも、限り無く悪い方向に進んでいる。
苛立ちは徐々に、例外的強さを誇る日本の黒髪らから、あまりにも不甲斐ない結果で終わらせたロシアの精鋭らへと向けられ始める。
「
男の恫喝が響く。
藍色の髪が顕現させた三つ首の獣が酸性の強い唾液を垂らし、飢えた様子で唸る。
他二人が怖気付いて引く中、ルフィナ一人が身を捧げるかのように、一歩前進した。
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頬を伝って、耳まで好調させたルフィナは恥じらう様子で一瞬だが視線を逸らす。
だが、他でもない彼がくれたチャンスを不意にしないためにも、彼の期待に応えるためにも、ルフィナは一世一代の大勝負にでも出るかのように、自身の腹部を押さえて言った。
「
* * * * *
此度の大会の優勝者である楓太には、金一封――こそなかったものの、学園周辺にある特定の飲食店で使える割引券や、進級に必要な単位の一割が貰えたが、楓太からしてみれば、そんなものは景品でも戦利品でも何でもなく、貰えるなら貰っておこう程度の物で、楓太の真の戦利品は、帰ってから、愛する少女より貰い受ける事が出来た。
ただそのまえに、花梨と芙蓉。両親から大事な話があって、内容こそ想像出来ていたものの、やはりその時になると緊張してしまうもので、楓太は求められるままに、隣に座る少女の手を握り締めていた。
「……二人共、すでに話題の見当は付いているかと思う。私と、花梨さんの事だ。今まで先延ばしにしてしまっていたが、予定通り明日を以て、私達は正式に夫と妻になる。私と花梨、楓太、そして桔梗。明日からこの四人は、紛れもない家族だ。末永く、よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
二人が頭を下げたので、子供達も応じて頭を下げる。
前々から決まっていた話とはいえ、いざとなると、相応の緊張があった。
「さて、後は二人の身の振り方だが……楓太、桔梗をお嫁さんにする、と言う事で良いんだね?」
もはや、決定に近い確認だった。
が、そもそも二人が肉体的関係にある事はすでに両親の知るところであり、子供達が両想いである事、将来を約束し合った仲である事も、親が持つ特有の直感で知っていた。
当人らも二人にバレている事はもう知っていたし、遠回しの表現をして貰う気遣いは今更不要であったが、言われた時にはわずかにでも驚いてしまうもので、楓太の手を取る桔梗の手が、若干だが力みを帯びた。
故にここは男として、将来の夫として、楓太が引っ張る。
「父さん。
「……私も。楓太と一生を添い遂げる。彼を、一生、幸せにする……だから……お願い、します」
頭を下げる二人の子供を前に、芙蓉は花梨に視線を配る。
花梨は微笑と共に視線を返し、無言で同意した。
「これから二人には、たくさんの大変な出来事があると思う。君達自身の問題に限らず、黒髪を持って生まれた者として、向かい合わなければいけない問題も含めて、とにかくたくさんだ。二人で、乗り越えて行くんだよ」
「……ありがとう、
短くも重要な話し合いを終えて、芙蓉はリビングで珈琲を嗜んでいた。
すると後ろから花梨が煙草とライターを持って来て、無言で彼に差し出して来る。
「……構わないのかい?」
「はい、どうぞ。今日のこの場を設けるために、また頑張ったのでしょう?」
花梨や子供達の前では吸わないようにしていた芙蓉は、おもむろに煙草とライターを受け取る。慣れた手つきで煙草を出し、銜えようとして――やめた。
首を傾げる花梨をそっと抱き締め、世界で二番目に愛する頭を梳くように撫で下ろす。
「良いのですか」
「厳密には違うが、結婚初夜だ。あの子達に当てられたわけではないが、私にだってそんな時もある。煙草を吸っては、雰囲気も何もないだろう? そうは、思わないかな」
「……はい、あなた。どうぞ、あなたの求めるままに」
* * * * *
「フゥ太。私、実は怒っているの」
「うん、知ってる」
話が終わって楓太の部屋に入った桔梗は、入って早々楓太をベッドに押し倒していた。
ようやく怒っている事を告白出来たと思ったのに見透かされていたと知って、更に怒った桔梗の髪が能力の余波を帯びて揺らぐ。
戦域に飛ばされるのかと覚悟さえした楓太だったが、直後に桔梗が馬乗りになって、首筋に若干痛い程度の甘噛みで噛み付いた。
「ルフィナを助けるためなのはわかるけれど、あの子だけズルいわ」
「ごめんね」
「だから……だから、頂戴。わ、私にも……頂戴。フゥ太の……あ、赤ちゃん」
押し倒し、首に噛み付くまでは勢いで行けたのに、その一言を絞り出すまでに急激に失速して、恥ずかしさのあまり耳まで紅潮し、涙目を潤ませる少女の頬を、楓太は優しく包み込む。
上半身を起こして彼女の唇に吸い付くと、ゆっくりと桔梗を寝かせて、直前まで力強く揺らめいていた桔梗の黒髪に指を通した。
「キィちゃんは、温かいな」
「ほ、火照ってるだけだわ……恥ずかしい事、言わないで」
「その温もりが、俺は好きなんだ。君のこの、髪も。声も、何もかも」
「……私の。私の髪に触って良いのは、あなただけよ」
二つの熱が、交じり合う。
この日この夜、綾辻楓太は家族という戦利品を獲得したのだった。
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