多分忘れられてた噛ませ犬が何か仕掛ける前に決着は付けよう

 さて、今回の騒動から完全に外され、存在を忘れ去られているだろうこの男。

 フランスからの刺客、シルヴァン・アンペール。


 薊の力を知らしめる噛ませ犬に成り下がったまま、さてどう動こうかなどと考えていた矢先にロシアに先を越されてしまったものの、今回の戦いが世界同時中継されると聞いて気転を働かせ、自らに有意な立場を作り上げんとしていた。


御覧の通りですComme tu peux le voir司令官Commandant誇り高き侍こそ絶滅しましたがBien que les fiers samouraïs soient éteints日本にはil y a それを凌駕する怪物が跋扈していますbeaucoup plus de monstres au Japon.結果En conséquenceロシアの精鋭でさえl'élite russe大敗を喫したa également perdu contre euxフランスもNe pensez-vous 何か策を弄しなければならないとpas que nous devrions également思いませんかplanifier une stratégie


 数拍の沈黙の後、溜め息が聞こえて来る。

 「おまえは一体何をしていたんだ」と叱るつもりが、自分達の日本の黒髪能力者に対する評価を過少していた事を認めざるを得ず、彼一人では重荷であった事、つまりは自分達の判断ミスを認めざるを得なかった。


司令官Commandant迷うのも理解しますがD'autres pays peuvent 他の国に出し抜かれる可能性もありますse déplacer pendant que vous êtes à une perte早急にJe pense que nous対処する必要があるかと devrions prendre des mesures immédiates


 優しい言葉を選びつつ、強かに上官を脅迫するシルヴァンを、半ば強制的に湧かされた拍手が振り向かせる。


 月詠学園交流試合も、いよいよ最終試合。

 凄惨に次ぐ凄惨な戦いの連続を制し、凄惨な戦いを齎して来た災害のような黒き髪の持ち主二人が、今、相まみえる。


『さぁ! さぁ、さぁ、さぁ、さぁ! ついに、この時を迎える事が出来ました! 黒き準決勝を終え、戦いを制した純黒の勝者達による終宴しゅうえん! ここに至るまで、多くの闘争があった! 多くの思想が巡った! 世界よ見よ! これが日本のくろだ!!! 決勝戦、綾辻楓太バーサス、黒園桔梗! 例えどちらが勝とうとも、世界は知る事になるだろう! 暴走も暴動もデモもテロも起こさぬ日本の、抑圧された力! 想像力イマジネーションが織り成す、狂気の成せる幻想を! さぁ、最終章の幕開けです! 二人共、終幕フィナーレへのコールを! 開幕のブザーを、鳴らしましょう!』


「「=戦域展開!! 解放!!=」」


  *  *  *  *  *


 夜神やがみ烈道れつどうの熱狂的かつ詩的アナウンスの下、号令を開始した二人だが、観客席は今後の展開がわからなかった。


 二人が恋人同士で、人前でも気にせずキスするような馬鹿が付くようなカップルである事は、半年と経っていない学内でも周知の事実。

 そんな二人が戦域の中とはいえ、果たして戦えるのか――


「“過去は親愛、明日は狂気シャルル・シーズィエム・タロット”」


 桔梗が動いた。

 カードを選び取る手に迷いなく、カードから放たれた光が天を衝かんと昇り輝く。


「宣言するわ。フゥ太……あなたの敗北を」


 光の柱に亀裂が入って、大小異なる十対二〇枚の黒い巨翼を広げる天使が降臨する。

 蒼穹、蒼海を圧縮したような青い長髪の下、星の内海で燃える核を内包したかのような赤い双眸で、楓太を見下ろす天使は、腰に差した黄金の刀剣を抜き、真白の炎を燃え上がらせた。


「――“完全の正位置ポジション・ポジティブ二一列ヴァンテユニエム――世界ル・モンド”」

世界ル・モンドか……しかも、正位置とはね」


 桔梗の能力、“過去は親愛、明日は狂気シャルル・シーズィエム・タロット”。


 概要を説明すると数字の大きい順に強い能力であるとか、正位置の方が強いだとか思われがちだが、そうではない。

 出て来る数字と内容、位置によって強さは異なるため、数字の順序は関係なく、強い能力はただ強い。今回出て来た正位置の世界のカードだけが、能力の詳細を聞いた人の想像通りの強さを兼ね備えた存在。

 例外的存在の強制解放した愚者のカードを除いて、過去、桔梗が出した事のあるカードの中で最強の一枚だ。


 楓太は今回で二度目の邂逅――いや、再会となる。


「久し振りだね、世界」


 例外である愚者の強制解放を除き、桔梗の召喚する存在が言語を操る事はない。

 少なくとも、桔梗自身の手で今までに召喚出来た中には、一体もいなかった。

 今回召喚された彼女も、同じく喋ることはない。


 が、烏よりも美しく、巨大な翼を広げて飛ぶ天使は、白き炎を携える剣で斬りかかるより前に、楓太へと微笑を浮かべてみせた。


 翼を折り畳んで急降下。

 地面に激突する寸前で翼を広げ、地表スレスレを滑空。真横に薙ぎ払った剣から、真白の剣閃が放たれる。


 ぶつかる寸前で剣閃の熱量、破壊力を零倍にして無力化。追撃で飛び込んで来た天使の剣を白刃取りで受け止め、突進力を倍加して殺すと、降り立った天使と押し合いになる。

 剣の強度を倍加して押し潰すと、下顎を蹴り上げようとして掴まれた脚の脚力と、自身の体重を倍化。脚を掴む手を足蹴に跳び上がると、体重を逆に倍化して、繰り出した踵落としで地面を叩き割った。


 二つに割れた大地の中央が深く沈んで、戦域がわずかにだが、くの字に折れ曲がる。


「張り切ってるわね、フゥ太」

「久し振りに、世界に会えたからね」

「……そうね」


 何処か意味深で、切なくも感じられる二人の会話は、悲しい事に観客席の生徒らや、中継を見ている世界の政府要人の面々には聞こえていない。

 が、何か切なく悲しい雰囲気だけは伝わっており、誰にもついて行けない能力者同士の未知の戦いは、別の未知をも孕んだ戦いとなりつつあった。


 何より召喚された天使――楓太が世界と呼ぶ存在がズームで映った時、観客席はどよめき、中継を見ていた要人らは考察する事を抑え切れなかった。


 蒼い長髪。赫い双眸。

 どちらとも判別の付かない中性的な顔立ちは、日本人のそれとはまるで遠く、一つの芸術品のような存在でありながらも、たった今戦域に立つ二人の面影を感じさせるものだったからである。


 アルカナカードで言うならば、二一番の世界のカードが示すのは完成、成功、完全、不滅と言った概念であり、その意味に従ってかの存在を改めて見て、やはりのなら、天使が表す物はそれ以外になく、意味を理解出来てしまい、想像してしまえた者達は、失った言葉を取り戻すのに数分の時間を要した。


 完成。確約された勝利を意味する位置のカードから顕現した二人の面影を感じさせる天使の正体は、各国要人の喉が手になり、口から出してまで欲する存在へとなりつつあったからである。


「さぁ、この戦域をあなたの色で塗り替えなさい」


 十対二〇枚の黒翼を広げ、高らかに飛翔。

 双眸赫然。蒼髪燦然。白夜の空を切り取ったような剣を抜き、日輪が如き白光を纏わせ、剣閃として解き放つ。


 重力負荷と体重を倍化し、跳躍と共に飛翔した楓太は自ら風と化す。

 大気を足蹴に蹴り付ける勢いで空中を移動し、大気摩擦で生み出した雷電を右腕に纏う。

 体温を倍化させて発熱し、雷電を纏う右手に凝縮。振り下ろした手刀に乗せて放った灼熱と雷電とが、躱した天使の下にあった戦域を両断した。


 風を切って飛空する天使は新たに顕現した剣を取り、空を駆ける楓太へと投擲。時限式の光剣が投擲された先で爆発し、楓太から次の一手を躱すための余裕を奪う。


 爆発し続ける剣の連続投擲から逃げながら、楓太も拳を繰り出す。

 繰り出した拳に大気を乗せて、空気摩擦で生み出した雷弾を放って応戦し始めた。


 遠距離攻撃の応酬など、その手の能力者同士が対峙すれば起き得る事で、珍しくはない。

 しかし、戦域を破壊出来る規模を双方が持ち合わせ、尚且つ空中戦にもつれ込むともなれば、そうある話ではない。


 故にこの時、戦いを見る誰もが疑う事を忘れていた。

 誰も考える余地さえ抱けなかった。疑問なんて抱けるはずもなかった。

 片方がずっと、手を抜き続けているだなんて。

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