準決勝第二試合、決着。そして今回暗躍してた国の反応
ロシア首都、モスクワ中央区。
「
TVの前に置かれたソファに深々と腰掛け、ポテトチップスを喰らう巨漢の大男。
金色の髪は全て後ろに流し、一本に束ねている。
日本は月詠学園の交流試合。
レンゲ・イザヨイ以外にも面白い奴はいるのかと興味本位で見てみたものの、これ以上ないポテチのお供だ。下手な監督が取ったB級以下の映画なんかより、よっぽど良い。
先の試合も、化け物じみたチート能力者同士の戦いだったが、この試合は別だ。別腹だ。ポテトチップスが進む、進む。
「
これは最早、十六夜蓮華よりも優先的に確保すべき何じゃないだろうか。
ロシアのために戦って貰うというよりは、ロシアと戦わせないために懐に置いておきたい。
友好条約だの不可侵条約だの、色々と名前を変えて契約を交わす事も出来なくはないが、そんなものは、向こうに一方的に破棄されてしまえばお終いのお粗末な措置だ。一時的な救命処置に過ぎない。
ならばいっその事、彼女を懐に入れてしまって、味方にしてしまった方が良い。
彼女との戦いに発展する可能性を限りなく少なく出来る形に格納して、保護と言う形で幽閉してしまった方が、ロシアのためだ。
投じる戦力としてではなく、保護保管すべき客人として迎える。
上が同じ考えだと良いのだが。
ポテトチップスの油分の付着した指を舐め、タオルで拭った大男は、バランスボールのように膨れた腹を揺らしながら歩き、電話を取る。
太い指で誤打しながら何度も打ち直し、発信。相手が出て来るのを待つが、何度コールしても一行に出ず、何度かけ直しても留守番電話に変わってしまう。
結局、十回発信して百回コールしたが、一回も出なかった。
「
* * * * *
ロシア首都、モスクワ。ロシア正教会、至聖三者聖セルギィ大修道院。
キリスト教を崇拝するロシアの独立正教会が保有する、最重要修道院の一つである。
ロシア正教は東西に分かれる正教の中でも、東で最大勢力を誇る主流派であり、当修道院には聖人に指定された多くの遺骸が眠っている。
男もまた、ベッドで横になっていた。
ただし彼は眠っておらず、TVに映る異形の怪物を見つめながら、隣に寝そべる女の柔い胸に、顔を埋めていた。
不意に女の衣服を捲り、赤子の様に乳房に吸い付く。
「An!
「
「
「……
「
「
「
男の名は、エラスト・セルギィ。
当修道院の原型たる聖堂を建てた聖人を先祖に持ちながら、先祖に対する尊敬など存在せず、好きな時に女を抱く生殖者として罵られて知られる男。
同時、ロシアが有する黒髪能力者の一人である。
「
「
姉、マリア・ルシフェラ。
妹、アナスタシア・ルシフェラ。
エラストとは保育園時代からの幼馴染であり、女好きとされる彼が女として抱く、たった二人の二卵性双生児。
姉は銀色。妹は水色の長髪を有し、実力も折り紙付き。
女としても従者としてもエラストに求められる、優秀な右腕と左腕だ。
「
と、エラストは両隣の姉妹の豊満に実った乳房を揉みしだく。
起き上がると自分が寝ていた中央に姉妹を寄せて、隣に揃った乳房に同時にしゃぶりついた。
姉妹の喘ぎ声が、官能な雰囲気で部屋を満たす。
TVの音源は前以て消されていたので、エラストが見ていなければ最早誰も見ておらず、そのまま続けられた淫行を止める物はなく、止める者はいなかった。
「
姉妹が揃って息を荒げ、涙を流しながら息を整えている間、エラストは休憩とばかりにTVの方を振り返る。
黒髪少女の背後に顕現した異形の怪物が進撃する様に対し、彼は姉妹には絶対に向けない視線で睨んだ。
「
* * * * *
他のアルカナを使っていない状態で、桔梗に一定以上のダメージが蓄積した場合に限り、桔梗の意思に関係なく強制的に発現、召喚される異形の怪物。
根源は番号零のアルカナ、愚者。
正位置は無邪気、自由。可能性や才能を示し、逆位置は軽率、我儘。注意欠陥を示す。
桔梗にとっても、この能力はまさに
結果、桔梗が窮地に陥った場合にのみ出現し、敵を蹂躙する破壊装置として君臨している。
黒一色の喪服を十二枚重ねて着込み、死を想起させる瘴気を放つ黒髪黒肌の闇の化生。
腕を覆う外殻は人間の腕と同じ骨で形成されており、結果として人間の腕を八本持った怪物が、蜘蛛の如く闊歩しているように見える。
黒い長髪を持っている事も相まって、桔梗は女郎蜘蛛をイメージしているが、正解かどうかわからない。
正確に理解しているのは、彼女が自分を母と呼ぶ、最強の使い魔であると言う事だけである。
「警告はしました。再三忠告もしました。抗った結果訪れた冷酷な彼女は、あなたの安く高いプライドが齎した深刻な結果です。文字通り、深々と胸に刻んで、猛省して下さい」
「もう勝った気に……!」
「まだ勝っていないだけです」
桔梗の中指が、内側に折れる。不機嫌を表す桔梗の癖だ。
最初からこの戦い、桔梗は加減などする気は毛頭なかったのだろう。その証拠に、中指を内に曲げた瞬間、愚直に突進していった怪物を止めもしなかった。
怪物は二本の腕を脚の代わりに、上半身を持ち上げる。
残り六本の腕が爪を突き立てる形で薊へと向き、相撲の突っ張りを真似する形で繰り出され、攻め立てる。
最初は竹刀で受け、いなしていた薊だったが、質量が違い過ぎて竹刀が曲がり、これ以上は無理だと判断するとひたすら回避に専念し始めた。
さすがに武道をやっているだけあって、体捌きが上手い。決して速い訳でもないが、文字通り手数の多い連打を一つ残らず躱し続けている。
ただ、どうもそれだけではない様だが。
「こう言うのは、フゥ太の方が得意なんだけれどな……」
彼なら、どう見るだろう。
怪物の攻撃を躱し続ける薊を、自分の知る彼の目で観察する。
躱しているだけの様にも見えるし、何かしらしている様にも見えなくはない。ただ、必死な事だけしかわからない。
「あぁ、そっか」
* * * * *
「馬鹿な!」
道陰は思わず声を上げる。
怪物の相手をしていたとは言え、体捌きでは勝るはずの薊が背後を取られた。
しかも体格差がありながら、腕にしがみつく形で薊を倒し、押さえ込んでいるではないか。
てっきり戦闘は召喚した怪物に任せっきりの能力主体の使い手だと思っていたが、剣道一筋の道陰にもわかる。
黒園桔梗。彼女もまた兜のように、人を壊せる術を身に着けた体の持ち主なのだと。
* * * * *
薊も同様に、桔梗の体捌きのキレの良さに驚きを禁じ得ずにいた。
目の前の化け物ばかりに気を取られていたとはいえ、背後を取られた挙句に竹刀を落とされ、腕を取られて背中から倒されるなど、想像もしていなかった。
驚きの連続で、もう驚きとは何なのかわからなくなりそうだ。
「能力の内容は概ね察しました。つまり、フゥ太の下位互換……なら、猶更私には勝てません。フゥ太だって、私には勝てないのですから」
薊は動揺を見せた。
能力を察したのは本当だし、楓太の能力の下位互換と言うのも本当だ。
ただし黒に限らず、大体の能力が楓太の能力の前では下位に落ちる。
手で仰いだだけで突風を起こせるし、空気摩擦を倍化させて炎でも雷でも起こせる。
体温を倍化すれば、炎熱も氷結も自由自在。鋼鉄のように固くする事も出来れば、ゴムのような弾力を生む事も出来る。
だから薊の能力が楓太の下位互換と呼ばれてもおかしくない事であり、ただの事実だ。
しかし楓太の能力を知らない人にとっては、自分の力が誰かより下と言われるのは傷付くし、腹も立つのは当然の事。
例え、能力に対して元々嫌悪感を抱いている薊のような人間でも、例外ではない。
実際、動揺が発展して興奮に陥り、冷静さを欠いた薊は背後から襲い来る怪物の攻撃に気付けず、伸びて来た五つの爪に串刺しにされた。
「愚かな人。能力は強力なのに、剣道にばかり力を注いで、結果的に得物を失えば戦う術も失ってしまう。能力を磨く事を怠っていたからこその結果です。受け入れて下さい」
「ふ、ざけぅぁ……誰が、好き、この、で……こんな、力、なぞ……」
怪物の腕が、薊の小さな頭を掴む。
徐々に力の籠る指に挟まれる薊の頭が、悪寒を誘う音で軋み始める。
「そう言いながら、能力を使わなければ私に近付く事さえ出来ていなかった。能力を嫌いながら、能力に溺れて負ける。そういう人を何と言うか、御存じないのですか?」
ぐしゃ、
さながらリンゴを握り潰すかの如く、薊の頭が潰される。
弾けた脳漿と赤い体液とが桔梗に跳ねたが、目にかかっても、桔梗は拭う事無く、瞬きさえせぬまま淡々と告げた。
「怠け者。そう呼ばれたくなくて頑張ったはずなのに、悲しい人ですね」
* * * * *
戦域が閉じた直後の控室、絶句したまま言葉が出なくなってしまったルフィナは、その場でヘタリと座り込み、動けなくなっていた。
そんな彼女へと楓太がゆらり、と湯気が伸びる様に歩み寄って、視線を合わせるように片膝を突いた。
「ねぇ、ルフィナ。取引しようか」
「と、り引……? でも、でもルフィナは、もう……」
「わかってる。ルフィナ個人は、もう何もしないんでしょ? でも、それだと君も他の二人と一緒に祖国から何かしらのペナルティを受けるかもしれない。そうなると、さすがにこっちも寝覚めが悪くなっちゃうから」
と、楓太は少女の顎を持ち上げ、額に口付けする。
突然の出来事に驚き過ぎて、動けないはずのルフィナは座ったまま後退って、壁に激突した。
「にゃ、にゃにを……しゅるにょれすか! フー太くん!」
「何って……キス?」
「で、でも! フー太には、キキョーが……」
「大丈夫、桔梗も了承済みだから。って訳で――改めて、取引しない? ルフィナ・アントゥフィエヴァ」
黒髪の美青年が、ロシアの少女にいわゆる壁ドンで迫る。
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