準決勝第二試合、愛の結晶とは言い難い化け物が出た

 髪の色と人の異能とが繋がり、発現するようになってから、スポーツ――主に一対一の対人競技に関しての意識は、年々低くなっていった。


 異能の具合によっては、子供でも大人に勝てる。

 プロのボクサーやレスラーでも、異能次第で、戦域の中では幼稚園児にさえ勝てない。


 いくら技術を鍛えたところで、生まれ持った異能には勝てない。

 特訓を重ねたところで意味はなく、人が身に着ける技能は結局、異能に負ける。


 ふざけるな。


 異能のせいで負けた。異能のせいで勝てない。

 全てを生まれ持った異能のせいにして、自分が弱い事を認める形で諦める。

 自分より優れた能力者に縋り、おこぼれを貰って生きている癖して、縋っていた人が倒れれば容易く見捨てる。


 ただでさえ、人は才能という壁にぶつかる弱い生き物なのに、異能と言うより高い壁のせいで、人は簡単に諦める事、妥協する事を覚え、努力する事、頑張る事を止めてしまった。


 ふざけるな。


 人は弱い。

 刺されれば死ぬ。撃たれれば死ぬ。焼かれても死ぬ。溺れても死ぬ。潰されても死ぬ。毒や病に侵されれば死ぬ。臓器が活動を止めれば死ぬ。脳が活動を止めれば死ぬ。


 そして何より、人は簡単に心が死ぬ。

 あれこれと色々な理由を作って、理屈を付けて、根拠らしき言い訳を見つけて、人は簡単に自らの心を殺してしまう。


 最早、諦めも自殺だ。自分の心を殺す行為だ。

 能力に頼り、能力に驕り、能力に怠け、能力に溺れ、怠惰の限りを尽くして勝手に挫折し、勝手に屈折して勝手に自分を殺してしまう。


 ふざけるな。


 ふざけるなふざけるなふざけるな――勝手に驕って、勝手に絶望するな。

 全ては、努力を怠っていたおまえのせいだろう。碌に頑張りもせず、頑張るべき方向性も見出さず、ダラダラと毎日を浪費しているだけの日頃の行いのせいに決まっている。


 そうでなければ、本当に努力をしながらも実らない人は、一体、どうすればいいと言うんだ。


  *  *  *  *  *


「渡月先輩……今、何と」

「辞退しろ。今ここで、おまえを欠くわけにはいかないんだ」


 控室に突如、慕う先輩がやって来た。

 応援しに来てくれた――と思っていたのに、その人は唐突に、止めろと言う。

 意味が分からない。一体何が、彼にそう言わせるのか。


「あの一年……あの黒髪が、其処迄そこまでやるという意味ですか」

「十六夜蓮華――正確には、綾辻から預かった言伝を、彼女から受けた。鍵先、おまえは黒園の能力が、発動に時間が掛かる時限式と見て、能力発現前に叩く作戦を取るつもりだろう。だが綾辻曰く、それは寧ろ地雷。彼女の力の中でも、より恐ろしい悪魔を呼び起こす条件らしい。そうなると、おまえには勝ち目がない。戦域での傷は無くなるとは言え、心は――」

「私の心が、其程迄それほどまでに容易く折れると、仰りたいのですか……」

「わかってくれ、鍵先。彼女の力は、あまりにも――」

「力に屈してしまったら! 私の今までは?! 私が主将の下で、日々稽古を重ね、訓練を続け、剣の腕を磨き続けて来たのは一体何だったのですか?! 力を理由に諦めるくらいなら、私は最初から努力などしなかった! こんなに頑張らなかった! 貴方を、敬愛してなどいなかった! ……私は、やります。私が証明してみせます。能力など、ただの副産物だと」


 わかり切っていた。

 最初から、彼女が首を縦に振ってくれるだなんて、思っていなかった。


 だから彼女が思い通りの動きをしてくれて、安心したような気もする。

 だが結局、不安は拭えない。


 綾辻楓太。

 黒園桔梗を誰よりも理解している彼がわざわざ忠告して来た事実が、不安の払拭を妨げる。

 聞けば今まで、彼が敵に対して塩を送る形を除き、相手に警告したケースはないと言う。

 そして、十六夜蓮華と言う他ならぬ証人が認めた事で、蓮華をよく知る渡月にとって、無視出来ない警告となった。


 一回戦と二回戦の戦いを見て、薊が桔梗の能力発現前――カードを取るより前に決着するための先手必勝を狙って来ると予測しての警告。

 果たしてどちらのための警告だったのか。面識もあまりない薊の事を、楓太が気に掛ける事は考えづらいから、やはりどう考えても桔梗のためなのだろうけれど、だからこそ心配だ。


 誰のためであれ、警告とはメリットがあるからするものだ。

 例えわざとだとしても、警告はした方にメリットが大きく傾き、背かれたとしても、デメリットは限りなく小さい場合が多い。


 だから心配だ。

 特に、強く思う人のためにされた警告は、無視すると碌な結果が少ない。


 その点で言えば、特別に強く人を想う気持ちでは負けないつもりなのだが――


「今更信じても、不信心だって怒られるかな……」


 神様、いるならどうか。


  *  *  *  *  *


『大変、大変、大変長らくお待たせ致しました! ただいまより、準決勝第二試合を開始致しまぁぁぁっす!!! 黒園桔梗! 対! 鍵先薊!』


 嘉鳥兜が落ちた。

 その衝撃的事件からわずか十分で、次なる戦いが幕を開ける。

 しかもまた、世界でも希少な黒髪同士の戦い。


 片や未だ能力を見せた事のない生粋の女剣士。

 片や未だ能力の底が見えない文字通りの少女。


 良くも悪くも、実力の知れ渡っている黒髪二人。否が応でも注目を浴びる。

 自分の控室に戻った楓太もまた、ルフィナから受け取ったスポーツドリンクを握ったまま、モニターに映る桔梗をずっと見守っていた。


「あ、あの……フー太くん」

「ルフィナ。今後、桔梗と戦う事になったら――」

「る、ルフィナは! ……ルフィナはもう、戦いたくないよ……」

「……まぁ。だとしても、今後のために知っておいた方が良いと思う。もしも桔梗を相手に、先手必勝なんて愚策に出れば、どうなるか」


  *  *  *  *  *


「貴女の事は噂で聞いている。占星札アルカナを使うらしいが、使わせなければどうという事もあるまい」

「渡月先輩から、フゥ太の言伝を預かっているはずですが……せっかくの彼の警告を、無視なさるのですか。私のためとはいえ、彼が他人に警告するだなんて、滅多にない事なのに」

「私としては、警告を受けたと言うより塩を送られた気分だ。油を注がれた気分だ。私では貴方には勝てない。だから何もせず手を引けなどと、よくもまぁ見事に踏み抜いてくれた」

「……あぁ。何となく察しました。つまり、あれですか。あなたの地雷を踏み抜いた、と」


「――下らない」


 小さく漏らされた吐息のような一言が、会場全体を淘汰した。

 不安と恐怖だけが残り、他一切の感情がすべて消え去った会場で、唯一震えていた薊が辛うじて残し、抱いていたものは、他でもない憤怒だった。


「動機なんて知りません。あなたに対する興味もなく、湧いても来ない。しかしあなたは、私やフゥ太と同じ黒髪で、同じ苦しみを分かち合える数少ない存在になると思っていました。だから嘉鳥兜にもしなかった警告を、彼はしてくれたのに……結局あなたも、プライドや自尊心で身を亡ぼす、下らない人間の一人ですか」

「貴公、もう喋るな。私をそれ以上愚弄してみろ。戦域内とて――いや、戦域内だからこそ、容赦しないぞ」

「あまり強い言葉を使わない方がよろしいかと。強過ぎる言葉と身に余る虚勢は、返って身を亡ぼすと言う事を知らない時点で、あなたは自らの至らなさを露呈しているのですよ」

「喋るなと、言った筈だ」

「それは警告ですか? 忠告ですか? 脅迫ですか? 親切でない事だけはわかります。しかしどれにしたって、止めた方が良いと思います。そうして強い言葉を使った口で、泣きながら命乞いなんてしてしまったら、あなたの高そうなプライドも面目も、立つ瀬がないでしょうから」


 画面越しでも伝わって来る。


 桔梗もまた、薊に対して怒っている。

 楓太の親切を無下にされた挙句、重ねられた挑発的言動の数々。

 そして何より、他の髪色の能力者達と大して変わらぬ気位の高さと、それらから生じて向けられる劣等感とが気に入らなかったのだろう。


 同じ黒髪同士。蓮華のように分かり合えるかもしれないと、期待していたのに――


 無論、期待は勝手にしていた。裏切られたのも勝手だ。

 だが、能力に固執し、能力に対して向ける感情の種類を知っている桔梗からしてみれば、薊は他の能力者ともう変わらなかった。


 迎撃の姿勢に躊躇は無く、彼女がこれから踏み込むだろう地獄を、止めてやる義理も無い。

 いや、無くなった。


「……もう、問答は良いでしょう。同じ魚でも、淡水魚と海水魚は、同じ水では生きられない。そう言う話です。今朝から、フゥ太とまだ二〇回もキスしてないので、さっさと終わらせたいんです」

「理由は何であれ、早期決着を所望か……良かろう……能力を発現する間など、最早与えぬ! 戦域に入って速攻で、斬り伏せてくれる!」

「それをするなと警告されたはずですが……まぁ、問答はもうやめたので。では――」


「「=戦域展開!! 解放!!=」」


  *  *  *  *  *


 軽率。浅慮。

 動機など知らないし、知る気も無いが、ともかく負けたくない理由があるのだろう。


 だが、だからこそ負ける。


 押すなと言われたボタンを押す。

 入るなと書かれたテープの張られた敷地に入る。

 刻むなと言われた刺青を体に刻む。


 人はするな、やるなと言われると逆に興味本位を刺激され、やってしまう天邪鬼な生き物だが、そう言った警告、忠告をする側にはちゃんとした理由があるわけで、結果的にやってはいけない何かをした人がどうなろうと、それはもう自己責任としか言いようがない。

 時に人は、それを『若気の至り』などと言う言葉で誤魔化そうとするけれど、そんな言葉では取り返しのつかない事だってある。


 やるなはやれ。

 そんな言葉が常識として通じるのは、一部のバラエティーの中だけなのだと、理解出来ていない馬鹿は実際に多い。


 結果として、一番大きな傷を負い、大きな代償を支払う事になるのは自分だと言うのに。


「……!」


 予告通り、薊は桔梗がタロットをシャッフルするより早く仕掛けて来た。

 どういう能力か知らないが、瞬く間に桔梗の懐へと入られ、竹刀で滅多打ちにされる。

 抵抗する術は無く、桔梗は風に吹かれる草のように撃ち込まれる剣撃に合わせて体を揺らし、ダメージを流して最小限に留めようとするが、徐々に加速していく薊の剣に追い付けず、三度目にはもう、まともにダメージを受けていた。


「ここが戦域で、私の刀が竹刀で良かったな。戦域と銃刀法に、感謝するが良い!」

「あなたは後悔する事になるわ。人の忠告を無視した事に」

「戯言だ!」


 打ち込まれる。

 打たれる。

 痛い、痛い、痛い。


 これだけの痛みを感じたのはいつ以来だろう。

 楓太に処女を捧げた時――いや、一番最近で言うと、楓太と大喧嘩した時か。

 中学校の卒業式で、楓太が多くの女性に言い寄られていたものだから、ついカッとなって戦域を展開。勝負を挑んだ時に受けた反撃だ。


 今も昔も、自分とまともに相対出来るのは楓太一人だった。

 能力発現前の自分を叩き、呼び出されると対峙出来るのも、楓太だけだった。


 黒髪だからじゃない。

 特異な異能を持っているからでもない。

 楓太だから、対峙出来るのだと信じたい。


 いや、信じるも何も――


「それが、現実だもの」


 ――


 生、死。生、死、生、死、生、死、生、死、生――死。


 創造と破壊。構築と虚無。一と零。

 相反する力を重ねて纏い、現れ出でるは漆黒の化生。

 漆黒の髪に、宵闇へと溶けるような墨色の肌の女を模した影が、と細い腕を持ち上げて、薊の竹刀を受け止めた。


 告死喪服十二単纏こくしもふくじゅうにひとえまとい永劫無理心中えいごうむりしんぢゅう


「何だ、この化け物は……」

「化け物なんて、失礼ね。あなたが呼び寄せたと言うのに」


 傷が、ない。


 今の今まで竹刀で滅多打ちにされていたはず。

 打ち身の一つ、痣の一つでも出来ていたっておかしくないはずだ。

 だと言うのに、今の桔梗にはそれらがない。日焼けした皮膚が剥がれ落ちるように、傷口があっという間にかさぶたとなって、皮膚諸共剥がれ落ちたような清潔感。


 もしくは、桔梗の背後に突如として現れた正体不明の何かが、傷をすべて喰らったかのような――


【マ……マ……】

「――?!」


(喋った!?)


【マ……マ……マ、ま。……ァァァッッッ!!!】


 高く持ち上げた巨体に、自らの八つの腕から伸びる爪を突き立て、斬るように掻く。

 とした粘着質な泥のような黒い体液が流れ、戦域を侵蝕せんばかりの勢いで広がっていく。

 だが、桔梗がボソリと呟けば言動の一切を止め、最初に現れた時のように彼女の後ろで八つの腕を下ろして項垂れ、大人しくなった。


「何だ、何なんだ……こいつは、一体。貴公は、其方は一体何なんだ! 黒園桔梗!」

「あなたが訊きたいのは、私よりもこの子の事じゃないですか? まぁ、答える気はないですが、強いて言うなら……私と、フゥ太の子。私達の、愛の結晶」


 自分の腹部を撫で、優しい微笑みを湛える少女の後ろで、愛の結晶が阿鼻叫喚で吠える。

 口も花も無い虚ろの面相の中央。幾重にも分かれた前髪の下で、赤い眼光が一つ、ママと呼ぶ少女を傷付けた敵を憎む鋭き光で射貫いていた。


ママヲ傷付▼▼/刃、オ前ヵ? ヲ前、カァァァ?!!】

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