交流試合編Ⅱ

いざという戦いの前の長い前置き

 スポーツの嫌いなところは、ルールがある事だ。

 ルールの範囲内での行動しか許されず、ルールを侵害しようものなら、すぐさま反則を取られて負けになるから嫌いだ。


 ゲームの嫌いなところは、何度でもやり直せてしまう点だ。

 例え終わりになろうとも、自分が負ける寸前でリセットしてしまえば、自分が勝つまでやり直せてしまうから嫌いだ。


 喧嘩の嫌いなところは、命を懸けないところだ。

 負けを認めた瞬間、そいつは今まで保っていた虚勢も喧嘩腰も嘘のように消え失せて、忽ち命乞いを始めるし、勝った方も、それで納得してしまうから嫌いだ。


 何故誰もが、戦域などで戦う。

 何故誰も、命を懸けて戦おうとしない。


 せっかく人間が、人智を超えた能力を得たのだ。

 知力さえなければ、生物界が描く食物連鎖のピラミッドの頂点に位置する事のなかった人間が、真の意味で生物界の頂点に立てる程の力を得たならば、何故争わない。何故決めない。

 真の頂点。真の強者。真の支配者を、何故決めない。


 もはや知識だけでは、人は測れぬ。

 もはや権力だけでは、人は御せぬ

 自分達もまた、獣畜生らと同じ段階にようやく至ったのだと、何故理解しない。


 百獣の王と謳われ、讃えられる獅子が何故そう呼ばれるに至ったか、知らぬはずもあるまい。


 小賢しいせいで小難しい権謀術数を張り巡らせずとも、社会を生き抜くための巨大な力となった権力を持つに至った老害らに振り回されずとも、己が力のみで生き抜けるはずだ。


 なのに何故、戦域などと言う安全地帯を作った。

 何故誰もが死なず、傷付かず、まるでスポーツのような感覚で、まるでゲームのような感覚で、まるで喧嘩のような感覚で、力を揮い、後には何も残らない空間を作ってしまったのだ。


 忌々しい。

 恨めしい。

 呪わしい。


 力は刻むものだ。

 己が血肉。敵の記憶に刻み、世界に刻んで覚えさせ、誇示するものだ。

 だと言うのに、何故――


 そこまで疲労が嫌か。苦痛が嫌か。死が嫌か。

 すぐに死にたいと宣う癖に。

 すぐに苦労から、苦痛から逃れようとする癖に。


 結局、死にたいとは口ばかりの構って欲しいがための振りならば、付き合うに値しない。

 自分と闘う奴は、死んで本望と言えるような戦士ばかだけだ。


  *  *  *  *  *


「フゥ太」


 もはや、彼らに個人の控室など不要である事は言うまでもない。


 黒園桔梗の部屋が使われるのはあくまで本人の登場直前であり、それまでの間、明かりを点けるスイッチ一つ触れられる事さえない。

 彼女の指は絶えず綾辻楓太ををばかり求め、触れている。


 これから迎える準決勝第一試合。

 初めて同じ色の髪、つまりは黒い髪が相手の戦い。

 そして相手は、喧嘩上等。前科百般の嘉鳥兜。戦い慣れているどころか、人を壊し慣れている獣同然の暴力が、初戦の相手とは運が悪い。


 いっその事、今のうちに経験しておけばこれ以上の最悪はないと慰めたいが、彼は今現段階での最悪であって、今後とも楓太にとっての最悪であり続ける可能性はゼロではないのだ。

 しかしまぁ、どっちにしろ遅かれ早かれ衝突はしただろう。兜の性格上、公式の場で済むだけまだマシと考えて、ようやく気が休まる――訳もない。


「フゥ太……」


 しかし、不安だからと避けられる戦いでもなく、避けていい戦いでもない。

 綾辻楓太は今後一生、生涯を掛けて、黒園桔梗を守り続けなければならないからだ。


 例え敵が暴力の化身であろうと、暴力そのものであろうと、綾辻楓太は彼女の幼馴染として、彼女の同級生として、彼女の家族として、彼女の義理の兄として、彼女の恋人として、彼女の将来の夫として、彼女を守るため力を揮う。

 彼女のための戦いならば、迷いはない。


「行って来るね」

「……うん」


 袖を掴んでいた五指から力が抜け、再び捕まえてしまう前にすり抜ける。

 再び袖を掴まれていれば、楓太に振り払う術はなく、そのまま戦いに出ぬまま終わっていた。


 が、それでは意味がない。

 蓮華をロシアへと行かせないため、ルフィナを含む三人のロシア生徒を確実に倒す必要があった。だからと表に出してしまった桔梗よりも、自分の方に世界の目を注目させる。


 そのためにも、逃走はあり得ない。

 逃走にこそ意味はなく、闘争にこそ意味がある。

 戦って、勝ち続ける事にこそ意味がある。


 だからこそ心配し、自分を引き留めようと袖を掴み続けていた彼女が、ようやく許してくれた一瞬の間に抜けなければならない。

 でなければ、抜け出せない。


 死ぬ事も傷付く事も無い戦線へと赴くのに、楓太はせめてもの慰めにと眼鏡を預け、桔梗は泣きそうになりながら受け取り、握り締める。

 人は、二度死ねる事を知っているからだ。


  *  *  *  *  *


『ついにこの時、この瞬間、この時間がやって参りました! 当学園が誇る黒髪の青年達の戦線! 戦域における戦いを、生徒達よ! 日本よ! 世界よ、ご照覧あれぃ!!! 準決勝第一試合、綾辻楓太、対、嘉鳥兜! 両名、入場でございます!!!』


 まるで見世物だ。

 いや、見世物以外の何物でもあるまい。


 しかし、否定もしない。

 兜の思惑は知らないが、楓太は見世物になりに来た。

 世界に対し、俺をこそ見ろと言いに来た。綾辻楓太にこそ注目し、注視し、注意せよと警告するため、愛する者の拘束を振り払ってきたのだ。


 故に、勝つ。

 勝たねばならない。

 負ければ注目は兜へと向くだろうが、男に生まれたさがとでも言うべきか。

 黒園桔梗を守ると決めた瞬間から、一切の敗北を己に許してはいないのだ。


「よぉ。やっと会えたなぁ」


 聞いていた以上に壊れていそうな人だ。

 外れている頭のネジは、二、三本では済んでいないだろう。

 自分の能力を過信して、戦うのが大好きですと名前より先に自己紹介している顔は今までいくつも見て来たが、それらの中でも群を抜いている。

 彼にとっては、酒やタバコ、賭博にドラッグと言った強い依存性と快楽を伴う物に近く、万引きや不可侵領域への侵入と言った、もはや犯罪に数えられる行いさえもリスクと捉え、バレるバレないのスリルを味わえる娯楽の一つとしてしまった病人と感覚は似ているのかもしれない。


 戦闘狂。

 平和な国、日本では生まれるはずのなかった戦いを求める者。


 しかし日本人は刀を廃し、銃を持たぬ世の中を作りながら、二次元フィクションの世界で人間に限らないあらゆる種族を殺戮する手段を考えて来た、狂気を内側に孕んだ野蛮人種。

 故に二次元フィクションでしかなかった異能力と言う異物が三次元リアルに介入してきた当世でこそ、日本人は不気味な程に戦う力を開花させて来た。


 嘉鳥兜。

 彼もまた、そうした日本の抑圧された世界が生んだ怪物ならば、彼が強いのも納得出来る。

 どうやったら人を殺せるか。どうやったら人を壊せるか。そんな事を日夜考えている者がいた事もまた、異能などと言った過ぎる力を人が持つより前の話だ。


「てめぇとり合うために、わざわざ帰って来たんだ。入りたくもねぇ戦域どぶのなかに入って、り合うに値しねぇクソッたれ軟弱野郎チキン共を殴り潰して来たんだからよぉ。少しは楽しませてくれよな」

「……身勝手な人だ」

「あ?」

「なので……どうか、そのままで。今まで勝手に挑発されて身勝手に喧嘩を売られて、勝手に戦域に立たされて身勝手に抵抗させられて、勝手に絶望して勝手に負けて勝手に尻尾巻かれて逃げられて来ただけなので。先輩も、どうぞ勝手に楽しんで、勝手に負けて下さい」

「そうか。なら、勝手にさせて貰うぜ!!!」


「……戦域展開、解放」


  *  *  *  *  *


 鎌鼬でもいそうな颶風吹き荒ぶ一面の荒野。

 全方位を石と土の壁に囲まれた赤い空の空間に、二人の男が立ち尽くす。


 異質にして異常。

 前以て知る術も策もない、特異な能力と黒髪を持つ両雄が、繰り出した初手は奇しくも同じ。

 しかしそれは、人ならば本来持って然るべき力。不遇にも持たずして生まれる者もいるが、多くの人が持って生まれる力の名は、膂力。

 両者が同時に繰り出した風を切る正拳が、両者の体格差を無視して互いの顔面にぶつかった。

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