交流試合編Ⅰ

選抜、選出、抽選、到来

 風が啼く。

 湿り気孕んだ風が吹き、夜の神の名冠した学園を抜ける頃合い。

 季節は梅雨――梅雨前線迫る六月に近付きつつあった。


「知っての通り、月詠学園には五つの委員会が存在します。私達風紀委員と、生徒委員。環境美化委員。情報管理委員。そして、部活動連盟。これらは互いが互いを見張り、牽制し合う抑止力であり、五つの委員会が学園全体の勢力の均衡を保っているのです」


 片脇に資料を抱えた愛美が、楓太、桔梗を連れながら説明する。

 一見、愛美が二人の猛者を引き連れている図式であるが、実際、愛美は二つの脅威が自身の背後にある事に気付いてから、やや早足になっていた。

 二人に説明するのは、自分の気を少しでも紛らわし、落ち着かせるための処置である。


「月詠学園では前期と後期に、これら五つの委員会による、交流試合が行われます。それぞれの委員会から三名ずつを選出し、参加希望者の中から一人を抽選にて決定。以上一六名による勝ち抜き戦にて、勝敗を決定。勝者には、副賞が与えられるのですが、内容は毎度違っていて……って、聞いてます?」

「はい、聞いてます」

「聞いてます」


 二人並んで仲睦まじく、恋人結びで手を繋ぎ、桔梗は楓太の腕を抱き締めていた。

 そのような能力は使われていないはずなのだが、二人から桃色の気配のような物が感じられた気がして、愛美は強く目頭を押さえる。

 改めて見たが、やはり桃色の気配を感じられて、詮索をやめた。


「あの、一応二人共風紀委員なのですから……学内でそういう行動は慎んで頂けると……」

「慎んでます。キスの回数は半分にしました」


(いや、元々の回数が多いから……!)


 最初に注意するまでは、二人共見つめ合う度口付けを交わし、試しにカウントしてみたところ、一時間の間に平均七回。半分にしたところで、三、四回はしている計算だ。

 多過ぎる。

 普通のカップルの相場なんて調べた事がないから知らないが、常識的に考えても絶対普通ではない。バカップルなんて呼ばれる人達でさえ、ここまでしないだろう。


 だから注意しているのだが、この二人に口付けするなとは、もはや会話するなと同じ意味か。

 愛美含めた風紀委員は、最早、諦めてさえいた。

 思わず、溜め息が漏れる。


「とにかく、これから部活動連盟主席、剣道部部長の渡月とげつさんのところに、こちらの参加者名簿を届けに行きます。二人は風紀委員の代表なのですから、ちゃんとして下さいね?」

「今更ですが、恋城寺先輩。月詠学園って、部活動は文科系だけでは……」

「基本的にはそうです。ですが例外として、剣道、柔道、弓道、空手道、合氣道。これら五つの日本武道に関しては、後世のアスリート育成のため、存在しています。ただし在籍中は緊急時を除き、戦域の展開が禁じられますが」


 だが今年に入って一度、剣道部の鍵先薊が戦域を展開している。

 まぁ、それはフランスからの刺客を退けるための正当防衛だったとして、風紀委員、生徒委員は共に不問としたが。


(てっきり、狙いは十六夜先輩だと思っていたのですが……諦めたのか。ただ見境がないだけか……いずれにせよ、警戒を怠るべきではないでしょうけれど)


「ですがだからといって、これら五つの部から出て来るとは限りませんよ。文科系の部に所属していても、強い人はいますから……まぁ、今年はおそらく剣道部から一人、出してくるかとは思いますが」

「剣道部に一人いると言う、黒髪の女性ひとですか」


 月詠学園にいれば、否が応でも噂くらいは聞く。

 だが、桔梗からしてみれば相手が誰であれ、楓太が他の女性を話題にしている事が嫌で、つい、腕を抱く手に力が入る。

 楓太は桔梗の頭をそっと撫で、優しく宥めた。


「でも、本人が了承するのでしょうか。話で聞く限り、あまり戦域に出るような方とは思えないのですが……」

「確かに。私も彼女とは親しくさせて貰っていますが、特別好戦的と言う訳ではないですね。ただ、渡月部長に頼まれれば、出るかもしれません。何せ彼女は――」


 さながら、砲弾の如く。

 開けた扉から飛び出して来た竹刀が、愛美の顔のすぐ横を通過し、背後の壁に押し付けんばかりに迫る。

 一つに結んだ黒い髪は、まるでたてがみから続く黒馬の尾。筆にすれば、きっと良質な物が出来上がるだろう仮想をさせる黒髪を携えた美女が、鬼気迫る面相で黙れと脅して来た。


それ以上は、慎んでもらおうか……恋城寺」

「そこまで必死にならずとも。別に良いではないですか。あなたが渡月先輩の事を――うぅうぅうっ!」


 手で口を塞がれたが、大体は察した。と言うか、わかりやす過ぎる。

 頬どころか耳まで真っ赤にする彼女は、渡月先輩なる剣道部主将を慕っているのだろう。そしてまだその思いを、本人には告げられていないのだ。


 二人はそこまでは察したが、何故告白しないのかに関しての理解は遠い。

 現在進行形でベタベタイチャイチャ。風紀委員でさえ止められない二人だ。想ったのなら即、告白。即、お付き合い。即、接吻。即、セ○○ス。段階は踏みながらも、次々と先に進んで行った二人には、躊躇う気持ちがわからない。


「コラコラ。そこまでにしてやれ、鍵先。戯れ合いも、やり過ぎれば取り返しがつかなくなる」

「渡月先ぱ――んっん! ……はい、主将」


 咳払いした途端、一秒前まで真っ赤だった顔から血の気が引いて、涼しい顔に戻る。


 彼女本来の姿であり、主将に対しての彼女の顔なのだろうが、一気に神経が張り詰めて、人間を止めた機械のようになってしまった様に感じられて、楓太は少し寂しさを感じた。

 顔を紅潮し、恥ずかしがって友達の口を塞いでいた時の方が、人間味があって可愛らしいと思ったのだが――などと考えていると、桔梗に不倫判定されたらしく、抱き締められていた腕をつねられた。


「やぁ、恋城寺。後ろにいるのは……」

「噂くらいは聞いていますでしょう。綾辻楓太くんと、黒園桔梗さんです」

「へぇ、君達が。そっかそっか。初めまして。部活動連盟代表にして、剣道部主将。渡月道陰みちかげだ。まぁ、今年で卒業しちゃう三年生だけど、よろしくな」


 桔梗は警戒してしなかったが、代わりに楓太が答える。

 触れる事で発動条件を満たす能力もあるため、握手を求められて警戒する人は少なくない。ましてや、黒髪とあらば警戒すべき点が多いだろう事を察してくれた道陰は、詰め寄るような事はしないでくれた。


「渡月さんも、資料の提出に?」

「あぁ。思ったより早く選抜が済んでな」

「渡月先輩も出られるんですか」

「いやいや。前期は一年と二年だけなんだ。逆に後期は三年だけでやる仕組みで、そこに俺は出場する事になるだろうさ。出来る事なら、お宅の女王様と対峙するのはゴメンだけどな」


 と、二人に耳打ちする様に言う彼は笑っていた。

 対峙したくないのは事実だが、蓮華が出て来ない事もわかっているのだろう。

 仮に蓮華が出るような事があれば、彼女の勝ちは揺るがない。それではトーナメントも何も意味がない事を、蓮華も道陰も理解しているのだ。


「もしかして、風紀委員はこの二人が代表かい?」

「さぁ、どうでしょう……なんて、はぐらかしても無駄ですね。えぇ、二人の実力を改めて見せつけ、彼らの評価を学内で正確に付けようという、十六夜委員長の采配です」

「同じ黒髪のため、か。あいつらしいな。綾辻も結構やるって聞いてるぞ? これは負けてられないな、鍵先」

「無論。剣道部代表に恥じぬ戦いをするつもりです」


 冷徹な眼光から感じる武人の気配。

 時代錯誤と言われても仕方ない、生まれ持った戦士の気質。

 もしも帯刀が認められていた時代なら、女であろうと他の男に引けは取るまい。

 過去、戦域において一度も能力を使った事がないらしい彼女の今までの戦績を顧みても、彼女がどれだけ自分の術技に誇りを持ち、自身があるかが窺える。


 仮に桔梗と当たった場合、果たしてどのような決着を迎えるだろうか。

 最悪、戦わなければならないかもしれない。彼女――


「どうしたんだ、お前達。そんなところで突っ立って」


 部屋の奥から声がする。

 高校生にしては若干年齢を感じる低い声。部屋の奥から出て来た姿も高校生には思えないくらい落ち着いていて、言ってしまえば、少し老けたような顔をした男だった。

 眼鏡の奥で目を細め、顔の一つ一つに一瞥を配る。能力の内容に関係なく、純粋に視力が弱い様だ。


「あぁ、蓮華のところの。待っていたよ。今年は君達風紀委員が、最後の提出だ」

「そうなんですか? 珍しいですね。いつもはギリギリになって決まるのに。私達も、早めに持って来たつもりだったのですが……」

「あぁ。今年は相当の実力自慢しか、立候補してないからな。何せ、一六人目にあの、嘉鳥兜が決まったものだから」


 四人目の黒髪。

 自宅謹慎。停学処分等、何かしらの理由で学園に来ていない暴力の化身。

 未だに噂程度でしか聞かないが、相当に強いらしいと聞く。


 だがこれで、学内における十六夜蓮華以外の黒髪、全員の参戦が決定した事になる。

 そんな戦いに参戦したいなど、余程の自信家か命知らずかのどちらか、と言う話らしい。


「今年は、荒れるな……」


 眼鏡を押さえる生徒委員会会長は、困ったと言いたげに苦笑を浮かべる。

 その場にいた全員が、嵐の前の静けさを感じ取った。

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