戦いが好きだから強いのか、強いから戦うのが好きなのか

 時代錯誤だ、と人は言う。


 いや。そもそもいつから、時代錯誤となったのだろうか。


 己の力、腕っぷしに物を言わせ、暴力で従える事に快感を感じ、様々な学校の腕自慢に片っ端から喧嘩を売って歩く。


 人は、これを迷惑行為やんちゃと呼ぶ。

 若気の至りと言えば聞こえはいいが、当時の者達からしてみれば迷惑以外の何物でもない。理性を持った人と言う暴力装置が、血の気を求めて闊歩し、蹂躙してくるのだから。


 気分を害せば叩きのめす。

 嘗められたと感じれば打ちのめす。

 侮辱されたならば、二度と歯向かって来る事が無いよう心を壊す。


 際限なく、加減なく、痛みを与え、絶望を与え、力の差を思い知らせ、蹂躙する。

 この上なくシンプルで、爽快で、わかりやすい。太古より変わらず、すべての生物に存在し、有効となる自然の摂理。


 弱肉強食。


 強き者が弱き者を蹂躙し、搾取し、奪い取る。

 いつしか時代錯誤と言われるようになった暴力的風習だが、髪の色に準じた異能を操るようになった人間は、それこそこの太古からの摂理にならう様、戻されたと言っても過言ではないのかもしれない。

 実際、異能を手に入れた事で、若き者達は己の力を過信し、暴れるようになった。

 それらの被害から免れるため、開発されたのが戦域なのだが、致命傷さえもなかった事にしてしまうかの領域での戦いでは、物足りないと言う者もいる。

 彼らの行ないを、果たして若気の至りで済ませていいものかは、その者の行ない次第である。


  *  *  *  *  *


「おい、見ろ! あいつって……!」

「遂に来やがったか!」


 都内某所の高等学校。


 お世辞にも偏差値が高いとは言えず、中学校までで問題を起こした生徒ばかりが集う、漫画にさえ出て来そうなヤンキー校。

 日本は北海道には、かの堅牢鉄壁を誇った網走監獄を模して造られた監獄と呼ばれる少年院兼高等学校があるらしいが、ここはそこに次ぐくらいの問題児たちが集まる場所であった。


 そんな学校に、男は単身乗り込んで行く。

 男は、そう言った風紀の二文字が無さそうな学校においては、誰よりも有名だった。


 小学一年生の時、六年生を一方的に殴り倒した事から始まり、一七度の自宅謹慎と四六回の停学処分。八回に渡って、自主退学さえも勧められた問題児。

 それでも彼が、かの月詠学園に入学出来たのは、見かけに寄らない頭の良さと、今となっては絶滅危惧種となった髪の色にある。

 現在、彼は月詠学園入学以来一四度目の自宅謹慎を言い渡されていたが、自宅に留まっているなど退屈過ぎて、つい、退屈を凌ぎに出て来てしまった。


「月詠学園、嘉鳥かとりかぶとだ! てめぇらのボスを出しな!」

「ざけんな! てめぇ一人、ここにいる全員で掛かりゃあ充分なんだよ――……は?」


 バットを振り上げ、兜へと突撃していたはずの青年はつい、間抜けな声を上げてしまった。

 何せいつの間にか自分は仰向けに倒れていて、右頬と腹部に凄まじい痛みを感じたからだ。遅れて来る痛みに悶えながらも何とか起き上がった男は、再び言葉を失った。

 単身乗り込んできた侵入者を迎え撃つべく出張ってきた総勢五七名もの屈強な問題児達が、揃いも揃って蹲り、痛みにもがいていた。中には、失神したまま起きてこないやつまでいる。


「ここにいる全員で……何だって?」

「ひっ……!」


 その場にいる全員が、中学生までに暴力沙汰を起こした問題児ばかりだ。

 だが、ただ一人立っている嘉鳥兜は例外中の例外。

 髪の色も実力も、頭の良さも何もかもが桁違いで、自分達ではどうしようもない。


 事実、現在の月詠学園でも、学園教師を除けば、十六夜いざよい蓮華れんげ以外いないと言うのだから化け物中の化け物である。

 つまり真正面からの勝負では、誰も敵わないと言う事なのだから。


「そら、数じゃ敵わねぇってわかっただろ。さっさとここのボスを連れて来な!」

「っ、ぁっ……!」


 地獄だ。

 青年は今、地獄に向けて走っている。


 ボスを連れて来るとは即ち、自分達の敗北をボスに告げる事と同義。

 自分達を力で圧倒し、屈服させ、蹂躙する現在のボスもまた、自分達を超える化け物であり、襲来して来た男と同じ種族の人間である事には変わりないのだから。


斎京さいきょうさん! 嘉鳥兜が来――」


 到着早々に顔を踏み付けられ、頭蓋に亀裂を入れられる事さえ、決まっていた宿命だ。


「愚図どもが……使えねぇ奴らだ」


 自ら殴り倒した青年の一人に座る兜は、懐に仕舞っていた干し肉を喰らっていた。

 特別、腹が減っているわけではない。ただ、る前に物を食べておくと、何となくだが、自分の中で臨戦態勢が整うような気がするからだ。


「いたいた、ここにいた」


 やって来たのは、待っていたボスではなかった。

 兜が崩しながら着ている月詠学園の制服を着た、優しい微笑を湛える青年。彼は学校の敷地を示すフェンスの上に立ち、兜を見下ろしていた。


「あまり勝手に出歩かないで欲しいなぁ、嘉鳥くん。君を見失うと、僕が学園長から責められる」

「てめぇの事なんか知った事か。俺はただ暴れられればそれでいい」

「君はそうだろうけれど、僕はそうは行かない。僕は君の監視役だからね。君が今までどこの誰と闘って、誰に勝ったのか。明確に記憶しておかないと、君も二度手間になるだろう?」

「それこそ知らねぇ。弱い奴が弱いままでいる事が悪い。負けたなら、次の手を考えて強くなれってんだ」


 青年の溜息は尽きない。

 学園長から多額の報酬を貰い受ける代わり、兜の監視役を引き受けたものの、思った以上の問題児で困った。

 あくまで自分は監視役だし、能力も戦闘には不向きなので、止める事は出来ない。

 毎度の事ながら、学園最強も過言ではなかろう風紀委員長に、常に同伴していて欲しいくらいであった。


「来たな」


 左右の腰に、刀の如く差した金属バット。

 頭には日の丸のハチマキ。

 肩に羽織ったブレザーの裏には、赤い文字で夜露死苦よろしくと刺繍されている。

 一体、どんなマスメディアの影響を受けたのか。向こうも負けず劣らず、時代錯誤しているらしい。


斎京さいきょう令輔れいすけ……中学時代、“鋼鉄の人壊キラーマシン”と呼ばれた男。能力は――」

「余計な情報ことを言うんじゃねぇ、馬鹿野郎。こう言うのは暴くからこそ面白ぇんだろうがよ」


 その楽しみを自らの手で奪う癖にと、青年はまた深く溜息を付く。


 本当に、彼の監視役として彼を見るだけで良いのだろうかと偶に疑問にさえ思うが、疑問を解決する術はない。

 青年の実力では、兜を止める事など物理的にも精神的にも無理なのだから。

 もしも間に入って彼の楽しみを奪おうものなら、今度は自分が標的にされる。それだけは勘弁だ。彼の怖さは、誰よりも知っていると自負している。


「斎京だ。てめぇが月詠の嘉鳥か」

「あぁ、そうだ。わざわざ来てやったんだ。少しは楽しませてくれよな」

「誰に物を言ってやがる。俺が、最強だ! 戦域、て――!?」


 目の前に、拳があった。

 文字通りの紙一重。紙一枚分だけの隙間を空けた寸止めの一撃。

 生じる風圧が髪を撫で、間抜けに空いた口の隙間から頬の内側を抉るように広げる。


 死んでいた。

 いや、正気を保って考えれば能力も使っていない拳で人がそう簡単に死にはしないだろうが、少なくとも今この瞬間、斎京は己が死を覚悟した。


「おい、つまらねぇ事すんじゃねぇよ。怪我は男の勲章だろ? 何も無かった事になんかして、何が楽しいんだ?! 楽しめよ、死も、苦痛も! 戦いを楽しむ上で支払うたかが代償の一つだろうが!」


 間髪入れず、次の拳が繰り出される。

 言うまでもなく、今度は寸止めなどではない。

 確実に仕留めるため繰り出された、正真正銘渾身の一撃だ。受けてもやはり死にはしないが、それに匹敵するだけの衝撃を受ける事は間違いない。


 令輔は即座にその場から飛び退き、拳を躱す。

 が、飛び上がった足首を捕まれ、驚異的な馬鹿力で生まれた遠心力に振り回され、幾度も地面に叩きつけられ、コンクリートの校舎へと投げ飛ばされた。

 背骨を通じて脊髄に衝撃が走り、全身を電流が駆けたような感覚に、体の自由を奪われる。


「どうした。もう終わりか?」


(こいつ、肉体強化系統の能力者か……? にしては、まるで……)


 能力者が能力を発動している時は、経験と共にわかってくる。

 特にという物はないが、感覚的に能力発動の有無がわかるようになる。

 喧嘩に明け暮れ、多くの能力者と闘った経験値を大いに蓄積させてきた令輔にも、手に取るようにわかっていた。


 未だ、兜は能力を使っていない。

 ただ自分の膂力に物を言わせて、力任せに暴れているだけだ。

 体重八〇キロを超える筋肉質な肉体を軽々と振り回したのも、兜が持つ単なる腕力。

 脊髄が過剰に電気信号を流し、全身が麻痺する程の衝撃を与えたのも、兜の単なる馬鹿力。


 確かにこれでは、戦域など必要ない。

 戦域の中であろうと外であろうと、刻まれる恐怖は同じだからだ。

 能力云々以前に、人としての規格で負けている。


「情けねぇなぁ。少しは楽しませてくれって言っただろ?」

「っ! 調子に乗ってんじゃ――!?」


 立ち上がろうとして、足が滑る。

 手足の感覚が鈍ったままだった事に気付くのが遅れ、直後に襲い来る兜の一撃に気付いた時には、立ち上がろうと前を向いていた顔を踏み付けられ、体重をかけて踏み締められた。


 幾度も、幾度も。

 蹴る。踏む。蹴る。踏む。

 鼻が折れようが、血涙を流そうが、歯が砕けようが、顎が外れようが、力の限り蹴り続ける。


 三年間不動のボスであった斎京令輔という男の一八年間の不敗伝説が、跡形もなく、あっけなく崩れて消えて行く。

 今までの功績も蹂躙の限りを尽くしてきた過去も混ぜ込んで、敗北色に染め上げられて、一緒くたにされて潰される。


 結局、自分などそこらで転がる雑魚達モブと大して変わらぬのだと気付くより先に、斎京令輔という男の勝利塗れの人生は、終わりを告げていた。


「動いてないけど……殺してないよね?」

「知らねぇ。放っておけば死ぬかもだが、結局、助かるんだろうよ。戦意が感じられなくなると、つい加減しちまう」

「君に加減なんて常識あったんだ。君が病院送りにした一四七五人の容態を見ても、そんな風には思えなかった」

「うるせぇ。で? 月詠に面白い奴は来たか」


 単細胞、とは言い切れない。

 何せ月詠学園に入れるだけの知能あたまはある。


 だが、呆れるほどの戦闘狂。

 もはや言葉など通じない。

 もしも言葉が通じたならば、彼は家族から見放される事もなかっただろうから。


「“楓魔の戦域イビルウインド・ウォーライン”――そんな中二病臭い名前で最近噂されてる戦域で戦った青年が一人。そして、彼が護る黒髪の少女が、一人」

「早い話だ。強いのか? てめぇの目で見て」


 言えば、彼は戻るだろう。

 言うまでもなく、彼らと戦うために。


 結果はどうあれ、双方にとって有益とは言い難いこの戦いを、遠ざける事は出来ても止める事は出来ない。

 何より遠ざければ、遠ざけた先で自分が殺されるかもしれない事を考えれば、選択肢など初めからあるようで無いようなものであった。


「なぁ」

「……強いよ」

「よぉし! 戻るか! 月詠に! 俺と同じ黒髪の女と、護るナイト! どんだけ強いか、楽しみにしようじゃねぇか!」


 もはや、倒した雑兵に興味の欠片すら示さない。

 次に戦う相手に期待し、笑いながら去っていく彼はまさしく、倒れる男達にとって台風一過に等しい事だろう。

 井の中の蛙は大海に飛び込む事でそれを知るが、井の中の蛙をわざわざ呑み込むため、襲い来る大海などそうあるものではない。

 ましてや、彼のような津波のような存在など、そうはいない。


 だから、碌に顔も知らず、面識もない二人の後輩に、青年は祈る。


 負けてもいい。逃げてもいい。

 ただ絶対に、彼を――嘉鳥兜を失望させる事だけはしてはならない。

 そうなった時、彼と言う津波は跡形もなく、彼らを呑み込んでしまうだろうから。

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