金色の黒船はまさかの噛ませ犬だった件
現在、月詠学園に在籍する四人の黒髪の生徒達と接点を作れと言うのが、シルヴァン・アンペールに課された任務だった。
要は今後、彼らをフランスに呼びやすくするための足場作りをしろと言う話だろうが、言う程簡単に進むはずもない。
十六夜蓮華にしろ黒園桔梗にしろ、学園長の夜神烈道の様な典型例があるように、黒髪の能力者は他の異能者と比較しても、癖も個性も強過ぎる。
とりあえず唯一の同年代である桔梗からと思っていたのだが、予想以上の護衛が付いていた。
能力に頼らない単純な戦闘能力なら、確実に桔梗より上。肝心な能力についても聞き込みをしたが、有力な情報を一切、得られなかった。
故に一旦、とりあえずはパスだ。桔梗については後回しにする。
次に一番肝心な蓮華だが、さすがに彼女の重要性を理解しているらしい学園の用意した防御網は多く、一つ一つが濃厚だ。
学園最強の武闘派集団、風紀委員を束ねているだけあって、入会でもしない限り、接近はかなり難しい。
何より、彼女は三年生。
関係を築けたところで、フランスに呼び寄せられるだけの関係にまで発展させるのは難しいだろう。
よって、一番重要とは言われているものの、無視だ。と言うか、無理だ。彼女の攻略は諦めざるを得ない。
残りは二人。
だが一人は、ほとんど不登校らしい。
一応時々来るそうだが、待っていては時間を浪費するだけだろう。
と、なると、残るは一人。
「ふぇっ……ふぇっ……ふぇぇっ、っくしょぉぉん!!!」
「
「俺の能力知ってるでしょうよ……暴発させたら押さえてる手が吹っ飛ぶんだって」
「まったく……ホラ、ティッシュ」
「あぁ、あんがと……」
茶髪の女子から貰ったティッシュで、緑髪の男子は鼻をかむ。
大量の鼻水を排出する音が響いたが、すぐさま掻き消された。
ぶつかる竹刀。繰り出す技が掛け声として響く。
場所は体育館下の剣道場。総勢一九名の剣道部員が、放課後の二時間を過ごす場所。
純粋に剣道を極めたい者。能力に係わるために身に着けたい者など、目的は様々だが、皆が同じ方向を向き、自然とまとまっていた。
癖と個性が集う月詠学園の部活動の中でも、比較的にまとまっている組織であり、四つの委員会に連なる現在の部活動連合を束ねているのも、現在の剣道部主将であった。
ただ、現在の剣道部主将は、シルヴァンの求める黒髪ではなかったが。
「おまえ、相変わらず花粉症が酷いな。年中鼻かんでて、大変だろ」
「えぇ……これでも、大分、改善したんですけど、ねぇ」
「どこがよ。ホラ、追加ティッシュ」
「あぁ、あんがと……」
再び、青年が鼻をかむ。
ただいつもは彼が鼻をかんでいると飛んでくる人物が、このときおらず、剣道部主将は道場全体を見回した。
「あれ、
「さ、さぁ……さっきから姿がぁあっくしょん!」
「汚い! 手で押さえてって言ってるでしょ?!」
「そうか……どぉこ行ったんだろうなぁ」
月詠学園、剣道部所属。二年、鍵先
学園に五人しかいない黒髪の一人であり、中学時代、能力なしの剣道大会で全国優勝を果たした実績と実力を持つ。
仮に月詠学園に序列制度が導入されていれば、上位五位には必ず入っているだろう勝率を誇る、生粋の剣士だ。
「
後頭部で一本に結わえた黒髪が脚の膝裏まで伸びており、先に行くほど広がっている。
服の上からでも細い体躯に備わった筋肉が見えて、髪型も合わせて
更に日本人ならば、竹刀を腰に差すよう添えて構える彼女の佇まいに、剣豪、剣客の復元を感じただろうが、生憎とフランス人のシルヴァンには、伝わっていなかった。
「さて、お呼び立てしたのは他でもなく――」
薊は、竹刀を抜く。
シルヴァンを真正面に置いて、剣道で言うところの試合開始直後の体勢を取った。
剣道をよく知らないシルヴァンでさえ、彼女が臨戦態勢に入った事くらいはわかる。
「
「わざわざ
とても女らしからぬ言葉遣い。
若干難しい日本語が混じっている事もあって、シルヴァンには彼女が怖く見えた。
日本人は比較的温厚な国民だと聞いていたが、とんでもない。今目の前にいるのは、試合開始の合図と共に人を斬る剣士――フランスで言うところの騎士だ。
時代錯誤、なんて言おうものなら、真っ先に斬り捨てられる。
「此処が何処か、誰を呼び出したか、理解が及ばぬはずもなく、その様な挑発的言語にて誘われれば、
「……なら、答えを聞こうじゃないか」
「断じて、断る。異国の戦士になぞ成り下がる気は無い。そして、
「
「「=戦域展開(!)解放(!)=」」
* * * * *
フランス勧誘候補筆頭である蓮華と、不登校の一人、学園長烈道の能力は前以て聞いていたものの、桔梗と薊については聞いていなかった。
桔梗はまだ入学したばかりで、情報収集が足りていないので仕方ないとして、薊の事を聞いた時は驚いた。
何せ戦域において、一度も能力を使った事がないと言うのだから。
武器はいつだって竹刀一本。
たった一本の竹刀で、すべての戦域を潜り抜け、九分九厘の勝率を誇る。
竹刀に何か能力を付加しているのか。竹刀そのものが能力なのか。竹刀を媒介とした能力なのか。いずれにしても、能力がわかっていないと言う事しかわかっていない。
相手は黒髪。能力に固定概念なんてない。何でもありだ。
正体不明の能力者ほど、恐ろしい相手もいない。
「――! ――!」
ぶん、ぶん、と風を切る。
ただ竹刀を振り下ろしているとは思えない風切り音。
頭部に喰らえば間違いなく、頭蓋が割れるだろう。胴で受けても、臓腑が潰れる。
だからと言って、まさか単純に竹刀を強化する能力ではあるまい。
「さて……」
シルヴァンも能力を解禁する。
薊は予め想定していただろうが、金髪のシルヴァンの能力は電撃系統の能力者。更に細かく区分すれば、自らの体で電気を生成。放出出来る放電人間。
デンキウナギやシビレエイと同じ原理だが、電圧はそれらと比較にならない。
シルヴァンの電撃は雷電――雷と同じ電圧を誇る。
「竹刀じゃなきゃあ感電させてやったのになぁ。
「――」
静かに、構える。
シルヴァンの雷電が弾ける音だけが二人の間に聞こえ、互いの内で鳴る鼓動と呼吸音が、やけに馬鹿デカく聞こえる程集中していた両者は、ほぼ同時に動き出して、薊が先手を取った。
能力を抜きにすれば、人が身体能力で以て雷電を超える事は出来ない。
だが薊はシルヴァンの意識の中から抜け出て、シルヴァンの放つ雷電を潜り抜け、死角から一撃を叩き込んだ。
側腹部に打たれた突きでシルヴァンの体が横に吹き飛ぶ。
何とか空中で態勢を立て直して着地したが、込み上げて来た血反吐を吐いた。
戦域でなければ、間違いなく致命傷だっただろう、今の一撃。どこからどう繰り出されたのか、まるで想像が出来ない。
一瞬で視界から消えたと思えば、視界の外側から刺突で突き飛ばされた。
真剣であれば体の奥深くまで刺さっていただろう一撃だったが、衝撃を強くされた感覚はなく、何かしらの能力が発動した形跡もない。
やはり竹刀自体には、何の能力も付加しておらず、今の移動こそ能力なのか。
「瞬間移動か高速移動か、どっちにしても――?!」
考える暇も、油断する隙も与えられない。
一瞬の内。絶えず集中しているにも関わらず、ほんの一瞬の間に距離を詰められ、次の瞬間には竹刀が襲って来る。
面、胴、籠手、突――いずれの角度、技で来るにしろ、全てが死角から来て、躱すどころか反撃の暇さえない。
常に攻められる。迫られる。どれだけ突き放しても、放した距離を、放した半分以下の時間で詰められる。
瞬間移動か高速移動かなんてのは、もはや些細な差異だ。
一瞬で距離を詰められる。自分の反応が追い付かない。それが問題だ。
この際、能力の内容が何だろうと問題じゃない。何も出来ないまま、一方的に痛めつけられている事自体が問題だ。
雷電を放てようが、当てられなければ意味はない。
感電させようにも、相手は竹刀。薊も自分の優位を理解しており、脚を繰り出してくる事は一切なく、竹刀だけで攻めて来る。
まぁ、剣道をやっていて脚が出てしまってはいけないのだが、ともかくシルヴァンとしては反撃のしようがない。
「このっ――!?」
胸座に刺突。
下顎を打ち上げられてから、振り下ろされた竹刀に顔面中央を打ち抜かれる。
鼻が潰れ、前歯が砕けてせっかくの顔が台無しにされたシルヴァンは一度、距離を取るため周囲に放電。薊に距離を取らせるが、潰れた鼻と折れた口から溢れ出る血が止まらず、呼吸がままならない。
とにかく薊の位置を確認しようとするが、見上げた瞬間にはもうおらず、背後から脳天に竹刀の一撃が叩き落された。
「てっぁっ……!」
膝から崩れ落ち、そのまま意識を失って倒れる。
戦いは余りにも一方的で、酷なくらいに圧倒的で、強敵だった。
「礼」
戦域から出た薊は、仰向けに倒れるシルヴァンに一礼し、そそくさと去って行く。
シルヴァンは青空を見上げながら、元に戻っている鼻の頭を触り、重く溜息をついた。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます