銀色の黒船が能ある鷹だった件

 訊けば、ルフィナは両親共にロシア人だが、日本で生まれ育ったらしい。


 元々ロシアの会社に勤めていた父が出張で来て、気に入って居付き、会社の友人を通じて、日本に興味を持っていた今の母と出会い、結婚したのだとか。

 だから幼稚園から中学校まで日本で過ごしており、ロシア語と日本語の二つが話せると言うが、両親とはロシア語で話すため、日本語は少し苦手らしい。


 だが周囲からしてみれば、若干拙い日本語を一生懸命に使って話し、噛んだ際には恥ずかしさで涙腺を潤ませる姿は愛くるしささえあり、嫌う要素はなかった。

 周囲が強気な人ばかりなので、彼女のような人間は新鮮味があって好かれやすい。

 特に男子からしてみれば、護ってあげたい可愛さがあって、ルフィナは連れて行った風紀委員会室でも、すぐに人気を集めた。


みんなそこまでΝα σταματήσει転校生を困らせてはいけないよΕίναι σε μπελάδες


 翻訳機を通して、蓮華が皆に注意する。

 能力を使ってしまえば早いだろうが、そうしないのは能力による支配を嫌う彼女の配慮だ。

 風紀委員の皆もわかっているので、翻訳機越しの忠告でもちゃんと聞く。この一連の流れだけでも、彼女が風紀委員の面々からどれだけ信頼されているかが見て取れる。


「る、ルフィナ・アントゥフィエヴァ……ルフィナ・アントゥフィエヴァ、です! 初めまして、レンゲ・イザヨイ! お会ぁい出来てコーエー、でしゅ!」


(噛んだ)

(噛んだな)

(噛んだわね……)

(噛みましたね)


うん、Да, 私も会えて嬉しいよя очень рад встретиться с вами


 再び泣いてしまいそうになるルフィナに、敢えて蓮華はロシア語で返す。

 自分の体を流れ、聞き慣れている言語が返って来た事で安堵した様子で、ルフィナは初めて笑顔を見せた。


それで、So私に会いたかったそうだけれど、she wanted to see me,どんな用件かなbut what is it for?」

「え、えと、えと……」

大丈夫괜찮落ち着いて침착喋りやすい方でTôi có thể hiểu構わないからngôn ngữ của đất nước bạn


 言い出しづらいのか、指をモジモジと絡めて、ソワソワと落ち着かない。

 しばらくすると意を決した様子で胸の前で手を握り締め、今日一番の声量で言った。


「ルフィナを、フーキ委員に入れては貰ませんか!」

「Oh……そ、れ、はぁ……」


 風紀委員副委員長、恋城寺愛美へと視線が向けられる。


 委員会のメンバーは部活動のそれと違って、一クラス二人までという定員がある。

 本当は一ヶ月の試用期間を経て決めていくのだが、ルフィナのクラスはすでに、楓太と桔梗の二人が決定している。

 本来なら断らなければならないところであるが――


「委員長。他のクラスの出席人数の都合上、風紀委員の定員人数を満たさないクラスが多数あります。来年以降の組織としての風紀委員の質を保つためにも、一人でも多くの一年生を迎え入れた方がいいでしょう。他の空席を埋める形で、彼女を迎えられては?」

なるほどIch versteheしかし現段階で、यद्यपि यस 彼女が埋めるべき空席が生じるかどうか、चरणमा सिटहरू उपलब्ध छन् कि छैनन्まだわからないなभनेर निर्णय गर्न अझै सम्भव छैन।

「では一先ず、実力だけ見られては如何ですか? 仮に席が全部埋まっても、その後空席にならないとも限りません。その際、空席を埋められる存在か否かとして、測られては」

「うん……では、Alors誰が測るqui combattra

「っとと、俺は御免だぜ? しばらくそういう役は御免だ」


 と、先に巨躯の先輩が辞退した。

 前に桔梗の相手をした先輩だ。あれ以来、戦線から一歩引いているらしい。

 あの時は張り切り過ぎたと、桔梗は少々反省している。


 では誰がとなった時、蓮華と愛美は同じ人物に白羽の矢を立てた。


「ハンジュ君。頼めますか?」


 部屋の片隅で、ずっと本を読んでいた眼鏡男子。韓国人のグ・ハンジュ。

 図書委員があれば絶対に入っていただろうとされる程の読書家で、日本語も本を読み続ける事で会得した。

 ただし、一人称を小生としてしまったのは、小説を読み過ぎた事による弊害である。


「小生が、相手を?」

「是非、お願いしたいのですが」

「……わかりました。全力を賭しましょう」

「そんなわけで、申し訳ないですがルフィナさん。あなたの実力を、見せて頂けませんか?」

「ひゃ、あ、はい! お手柔らかに、お願いします!」


 全力を賭すと言われたばかりなのだが。

 おそらく、お手柔らかに、の意味が充分に理解出来ていないと思われる。

 ここまでの彼女の言動を見る限り、すぐにパニックになる悪癖があるようだが、戦いなど成り立つのか。


「では、早速……準備はいいでしょうか」

「は、はい!」


「「=戦(しぇん)域展開、解放!!=」」


  *  *  *  *  *


 戦域に飛んだルフィナは、早速噛んだ事を恥ずかしがって、蹲っていた。

 ハンジュはすでに臨戦態勢万全と言った様子で、眼鏡を外す。


 楓太もそうだが、戦闘となると眼鏡を外す人は多い。

 元々眼鏡を視力を補助する医療器具ではなく、力を隠すための隠匿アイテムとして使っている人がいるからだ。

 ハンジュもその一人であり、眼鏡を取った事で紫色の双眸と共に、能力が解放された。


 髪の色は桃色。

 能力は、体から芳香を放出する事。

 鼻腔を通じて脳に刺激を与え、情報を誤認。あらゆる効果を生み出す。

 桃色の髪の持ち主は、そうした感覚器官に訴えかけるような能力が多い。


 ハンジュの芳香は、相手の痛覚に作用する。

 加減次第で、全身筋肉痛になったような痛みから、麻酔なしで歯を抜かれたような痛み。体の一部を損失した際の痛みまで、自在に操れる。

 最悪ショック死さえさせてしまう恐れがある能力だが、今回はそこまでは必要ない。せいぜい全身筋肉痛で、体が起こせないくらいになって貰う程度に済ます。


「では、眠って頂きます」


 芳香に色はない。

 匂いなんて防御出来る代物でも無し、マスクなんかでどうにか出来るはずもない。

 先手を許した時点で、ほぼ有利に働くなかなかのチート能力。


 対して、蹲っていたルフィナは立ち上がり、ブレザーの内ポケットに手を入れる。

 そして取り出したのは、蓋がされた試験管。中には彼女の髪と同じ銀色の液体が、並々入っている。彼女はそれらを、器用に指と指で挟んで、片手に三本ずつ取り出した。


 蓋を外し、中身すべてを流す。

 銀色の液体が丸みを帯びた形で地面に落ちて、彼女の目の前で背伸びをするかのように膨れ上がると、数本の触手のような物が伸びて、ハンジュへと襲い掛かる。

 ギリギリ躱したハンジュのいた足場が、深く抉られた。


「水銀……? 液体金属か」


 銀髪の持ち主は、金属系統の能力を有している場合が多い。

 だが、液体金属を操るなんて人間は珍しく、ハンジュも初めて目にした。

 かなり希少な部類である事には間違いない。月詠学園に来るだけあって、素質は充分ありと言う事か。


「диффузия――!」


 何と言ったかわからないが、ともかく液体金属が枝分かれし、数を増やしながら蛇のように襲い掛かって来た。

 体を押さえている辺り、髪の色もあって能力に気付いたらしく、どんどんと風下へと追いやられていく。意外と勘が鋭い。

 何より、操作系統の能力者は気力を削がれると一挙に弱体するものだが、痛みを訴える彼女の水銀は、的確かつ着実に距離を詰め、追い詰めて来る。


 だが、甘い。


 ハンジュはルフィナへと距離を詰める。

 風上だろうと風下だろうと、距離が近ければ意味はない。

 匂いを放つ手で直に口と鼻を塞いでしまえば、それで終わる。


「……Скрытый」


 ボソッ、と何か言ったと思った直後、ルフィナは自分の胸の谷間に手を突っ込む。

 ブレザーに入れていた六本以外に隠し持っている可能性を、まるで考慮していなかった――いや、考慮しないよう仕向けられた。

 最初に出された試験管六本分の水銀にずっと追いかけられ、それ以上の追撃がなかったためにそう思い込まされた。


 先程までの、ただ言葉を噛んだだけで恥じらう少女の姿は何処へやら。

 誰もが思っていたよりも、戦い慣れている。実戦経験値だけで言えば、実戦を避けている蓮華より上かもしれない。

 そう思わせるだけの戦略を、この短時間で練っていた彼女に、ハンジュは詰められた。


 後方より押し寄せて来た水銀の触手に絡め取られ、前方に落とされた水銀の波に脚を取られ、首に鋭く尖った刃を突き立てられる。

 尖っていない触手の一撃で地面が抉れたのだから、首を斬るくらい造作もないだろう。激痛が彼女の意識を奪うより先に、首が飛ぶのは目に見えている。


「……降参。小生の負けだ」


  *  *  *  *  *


「なかなかの逸材でしたね、委員長」

「……君はどう見たWhat do you think of her?」


 蓮華は楓太を見て訊ねて来た。

 同じクラスの同級生として、何より桔梗を護る戦力として適任と思うか否かを訊いているのだろう。

 本当に優しい人だな、と楓太は思いながら答える。


素質は充分かとI think she has enough talent仮に敵だったとしても、Even if she turns to the enemy,対処可能ですshe can intercept it

「Ah……そういう意味ではなかったのだけどなI didn't ask in that sense, thoughまぁ、Well,頼れるのだとしたら越した事はないかif you can trust it, it's better


 二人が英語で会話する隣で、桔梗は一種の緊張感を感じていた。


 ルフィナ・アントゥフィエヴァ。

 先程まで子供のように扱っていた女子が、まるで戦士にでもなったかのような豹変ぶり。


 もしも教室で、戦域に立つ彼女に不意打ちされていたら、果たして自分は反応出来ただろうか――気を緩めていたはずはないのに、それでも、対処出来ていたビジョンが浮かばない。

 それこそ、長身の先輩に自分が試されたように今、想像を斜め上の角度から超える存在に今度は自分が出会ったような気がして、桔梗は楓太の袖を掴んだまま、放す事が出来なかった。

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