登校二日目、仇討が来た

 マレーバク。

 クロサイ。


 コウノトリ。

 ヤンバルクイナ。


 アカウミガメ。

 ウミイグアナ。


 絶滅危惧種。

 残り僅かしか存在しない希少種というカテゴライズに、人々は儚さを抱かざるを得ない。


 環境破壊。天敵増加。餌の減少。乱獲、密猟。

 そう言った人為的要因を棚上げして、数が大幅に減っている――希少価値が高いという点から人々は儚さを見出し、弱き者を護ろうと言う本能に従って動く事に悦に似た感覚を覚える。


 自分達で窮地に追いやりながら、数が減れば護ると豪語し、護らぬ者を罵り、虐げる。

 何という自作自演。まったく以て見るに堪えない。


 黒い髪を茶髪や金髪に染めていた人々が、黒い髪の持ち主が減ると保護を主張し、髪を染めるメイク道具などを販売していた会社に突如牙を剥いた事件など、実に滑稽な物だった。

 これに関しては人為的な物ではなく、突然変異としか言いようがないため、別にそれらの会社の企みではない事も、わかっていただろうに。


 かつて独裁者と呼ばれ、いつしかその言葉が代名詞となって使われた男の演説が如く、一つの明確な敵に対して団結し、攻撃する人間の強さとは何とも残酷だ。

 残酷なまでに、強過ぎる。


 だから楓太は怖かった。

 黒園桔梗という黒髪の、絶滅危惧種に指定されるような希少な少女を護るため、都庁が、国が、いつか行き過ぎた暴力に出やしないかと。

 今や世界中、そうした黒髪の持ち主を防衛するため、奪還するための暴力を正義を名目に揮う事が出来てしまえる。


 それがわかってからと言うもの、楓太は偶に夢に見る。

 桔梗を中心に戦いが起きて、彼女自身も巻き込まれていく。次第に自分なんて凡人には手の届かない人になって、人間兵器として隔離されてしまう――この先、あり得るはずがないと誰も否定し切れない、地獄のような光景を。


「フゥ太……おはよう」


 今日も桔梗に馬乗りにされ、唇を奪われる。

 我ながら、いつも直前になれば気付けるだろうに。どうして毎度毎度、吸い付かれるまで気付かないのか。

 最悪、彼女の機嫌を底辺にまで貶め、極限にまで損ねた場合。自分が眠ったが最後、そのまま永眠させられてしまいそうで――そんな想像をしてしまうと、少しだけ怖かった。


「フゥ太。どうしたの?」

「……桔梗、怖くない? また、見世物みたいになるの」

「もう、慣れた。それに、フゥ太が守ってくれる。でしょ?」

「……もちろん」


 自分の目を覗き込むようにして話し掛けて来る桔梗の、小さな顔を包み込むように手を伸ばして、そっと手を添える。

 親指で頬を押すと柔い弾力が返って来て、無表情の少女は照れたらしく、頭頂部の毛先が犬の尾のように振られて、若干、頬が紅潮した。


「行きましょう。遅刻しちゃうわ」

「あぁ」


 登校二日目。


 今日も桔梗に対して、視線は集中した。

 だが同時、昨日の放課後に起こった戦域の結末を知っているらしい生徒が何人か、桔梗の隣を歩く楓太の方をチラチラと見ていて、視線を返すとそそくさと退散していった。


 教室に入ると反応は実に単純で、教室にいる全員が二人に対して視線を合わせようとせず、示し合わせているかのように全員で無視して、一切関わろうとしてこなかった。

 触らぬ神に祟りなし。

 君子危うきに近寄らず。

 腫れ物にわざわざ触れようとする好奇心の持ち主はなく、文字通り二人を幽霊として捉えているかのように、視界に入っていながら誰も見えていないフリをしていた。


 注目を集めるも無視するも、すべては彼らの中の価値観次第。

 こればかりは黒髪に限らぬ話であるが、珍しいとなれば好奇心を旺盛に注目して、危険と分かれば振り返る事無く退散していく。

 まったく以て、勝って極まりない。


 が、最早気持ちも動かない。

 幼稚園から中学校まで、何度も経験した事である。

 故に二人は動じる様子もなく、互いの席に着席。何事も無いまま授業を受け、放課後を迎える。


「帰るか」

「ん。昨日の道は、通らないようにしましょう」

「誘惑に勝てないから?」

「……うん」


 確かに、昨日買って帰ったクリームパンは美味しかった。

 大のクリームパン好きとしても、堪らない逸品だったらしい。

 あまり食べ過ぎると、夜に乗る体重計が怖くなっていく事は言うまでもない。


「わかった。少し遠回りになるけれど……」

「大丈夫よ」

「じゃあ、帰ろうか」


 若い男女が手を繋ぎ、帰路を共にする。

 同年代からしてみれば羨ましさのあまり妬ましく、二人を知らない相手からしても微笑ましい光景だが、少女がなびかせる漆黒の髪が微笑ましい光景に着色を施す。


 ただ両想いの男女が手を繋いで歩いているだけなのに、まるで獰猛な肉食獣が道の中央を闊歩しているかのような緊張感。

 少女と手を繋ぐ楓太は、さながら首輪に繋がる鎖を握り、獣を操る猛獣使い。

 色鮮やかな景観の中、桔梗の髪の色はキャンバスに落ちたシミのような扱いを受け、邪険にされる。

 人柄など関係ない。毒を持つと知りながら近付く人がいないように、ただ髪が黒いと言うだけで距離を置かれ、一線を引かれる。

 黒い髪の持ち主など、昔の国民の大半を占めていたと言うのに。


「フゥ太」

「どうした?」

「……何でもない。ただ呼んでみただけ」

「そっか」


 そっと指を絡めて来たので、無言で応じて握り直す。

 直感的に何か感じ取ったのか。それとも周囲の目が気持ちを不安定にさせたのか。

 いずれにしても、今の桔梗には頼れる相手も支えてくれる相手も楓太しかなく、楓太も助けになりたいと思っている以上、応えない理由はなかった。


 だから、彼らが見えてすぐ、楓太は前に出る。


「その制服、月詠の制服だよなぁ。おまえらさぁ、昨日緑色の髪した女と会わなかった? ってか会ったよなぁ。なぁ?」

「会ったと言うか、同じクラス。今日は休んでたみたい、だったけど」


 見るからに、女がこれまでに相手をして来た男達だろう。

 屈強でがたいの良い男達だが、金髪に白髪に抹茶色に桃色と、上から見れば金平糖のようなカラフルな集団だった。まぁ、今時人が集まれば、自然とそうなってしまうのだが。


「そっかそっかぁ。じゃあさぁ……あの女が今、どうなってるか、知ってるか?」

「知らない」

「家に閉じ籠ったまま出て来ねぇんだよ! 電話したってまともに会話も出来ねぇし、一回出た後何度かけ直しても出やしねぇ! どう考えてもてめぇらが昨日、あいつに何かしたって事だろ、なぁ?!」

「あぁ。戦いを挑んできたから、戦った。殺したかったけど、半分だけに収めた。で、だからどうして欲しいんだ」


 男は持っていた端末を地面に叩き付け、原型がなくなるまで踏み潰した。

 髪の色は茶色。ならばある程度は想像がつく。髪の色と能力の系統が準じているのは、敵からしてみればメリットであり、自分からしてみればデメリットだ。

 ましてや今、男は自ら端末を踏み潰す事で、自らの能力を露見した。これから戦いを挑むにしろ殴り掛かってくるにしろ、軽率と言わざるを得ない行動であった。


「あいつとったのはてめぇか?」

「あぁ、俺だ」

「ならてめぇから潰してやる! その後てめぇの彼女もゆっくり料理して、あの女の代わりに慰み物にしてやるよ! 色々と足りねぇけどな!」


 軽率かつ短慮。

 女が何故、家に引き籠るまでに打ちのめされたのか、一度も考えなかったのだろうか。

 そうするにまで至る楓太の逆鱗に、女が触れてしまったからであると何故わからない。結果的に同じ地雷を踏み抜いた事で、男は今、女と同じ結末を辿るフラグを自ら立てた。

 女の性格を知り、そのお陰で甘い汁を吸って来たのなら、わかってもおかしくないだろうに。


「フゥ太……殺しちゃダメ」

「大丈夫。あそこじゃ殺せないから」

「命は、そうだけど……ここ」


 と、自分の胸を押さえて言う桔梗の額に、楓太は唇を付ける。

 憤慨する男達の罵声など気にも留めず、櫛のように桔梗の黒髪に指を掛けて、梳くように撫で下ろした。


「それは、相手次第だからさ。俺は、桔梗を穢す奴を許さない」


 絶滅危惧種。

 高い希少価値が、護ろうとする人の心に暴力的なまでの強さを宿す。


 綾辻楓太とて例に漏れず、たった一人の最愛の恋人にして、近い将来本物の家族となり、更に遠い将来は、自分達の家庭を築く事さえ約束した相手を護るためならば、鬼であろうと容赦はない。

 例え体は死なずとも、心を殺す。

 二度と彼女に牙を剥けないよう、牙のすべてをへし折って、砕いて、すり潰す。


「「=戦域展開!!! 解放!!!」」


 圧倒的実力差で。圧倒的な敗北で以て。

 意地も気位も何もかも。天から地へと、落とすのみ。

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