だけど仇は討たせず、むしろ討つ

 展開される戦域は、基本的には何も無い平野であり、荒野だ。

 理由としては主に三つ。


 一つ、あれこれ障害物を構築するよりコストが断然安く済む事。

 二つ、障害物の存在によって、片方に有利な状況を生まないためにする事。

 三つ、障害物の一つや二つで左右されるほど、能力者同士の戦いは甘くはない事。


「徹底的に潰してやる!」

「俺も、気持ちは一緒だ」

「はん! 言いやがる! 一体どんな能力であの女を倒したのかは知らないが……そんな細い体で、俺の一撃を受け切れるかなぁ!」


 と、男は距離を詰めて来た。

 重量感のある象のような足音を鳴らして、サイや猪を思わせる突進力で迫り来る。


 楓太は男との距離が詰まったところで跳び上がり、突進して来た男の肩に手を突いて跳び箱のように跳び超えた。

 股の下を抜けた男が反転し、もう一度突進してくるが、今度はそこらのマタドールも顔負けの動きで突進を躱し、ブレザーを幕の代わりにヒラヒラと振って煽る。


 再び真っ直ぐ突進して来た男が繰り出した拳をブレザーで受けながら、自分は体を翻して男の背後を取り、背中に触る。

 すると男は突如膝間づき、這い蹲ったまま起き上がって来なくなった。言うまでもなく、楓太の能力なのだが、男は何が起きたか理解出来てない様子だ。


「な、何を……しやがっ――っ……!!!」

「自慢気に語る程、特別な事はしてない」


 相手がわかってないのに、わざわざ能力を明かすメリットはない。

 無論、情報を開示する事で能力の威力と効果範囲が底上げされたり、相手に偽の情報を掴ませて戦況を有利に進めたりする戦い方もあるにはあるが、楓太の能力はそう言った情報操作によって翻弄するより、謎のままにして敵に考えさせる方がずっと効率が良い。

 考えたところで思いつく可能性は低く、仮に答えに辿り着いたとしても、絶望するだけだ。


 何せ、


「このっ、畜生……っ?!」

?」


 男が息を呑んだ。

 楓太が男の能力――自重を操作する能力を言い当てたからだ。

 だとしても、今の反応は良くなかった。お陰でこちらは確信が持てたし、取るべき対策も決定されてしまったのだから。

 まぁ大体の見当が付いていた時点で、すでに戦術も対策も決まり切っていたのだが。


「どれだけ重くなれるのか、どれだけ軽くなれるのか知らないけど……関係ないから。あなたは、桔梗を侮辱した」

「クソが、てめ――後でおぼ、おヴぉぉぉおおお!?」

「次も、後もない。与えない」


 男は今、自分の身に降りかかっている力の正体に、おそらく一生辿り着けないだろう。

 楓太のそれは、自重操作なんて明快過ぎるほど単純じゃない。多くの悲劇を引き起こし、多くの惨劇を生み出した中で、ようやく掌握するに至った力。


 しかし悲しいかな。そんな力を御したところで、桔梗には一度も勝った事がないのだけれど。


「あ、が、ぁっ……!」


 苦しみ、もがきながら男は見上げる。

 這いつくばる自分を、何と冷淡な眼差しで見つめているのだろう、青い双眸を。


 剥き出しの敵意と殺意。

 叶う事なら、この場でおまえを殺してしまいたい。それだけの力があるのにと、冷ややかな双眸は青年以上に雄弁かつ流暢に語る。

 殺せるのだ。殺せてしまうのだ。

 彼の能力を以てすれば、自分などいとも簡単に。触れる事さえ無く。


 戦域という命が保証された空間でなければ、自分は間違いなく殺されている。

 男はようやく自分と楓太の力の差を知り、立場を知り、現状を知った。


 どちらが狩られる側で、どちらが狩る側か。

 黒髪少女にばかり気を取られ、とんでもない怪物を相手にしてしまった事に――


「もう、終わりにします……圧し潰されて終わるのと、呼吸困難に陥って終わるの、どちらが良いですか?」


 弱者は、死に方さえ選べない。

 死に方も殺し方も、決めるのはいつだって強者だという事にようやく気付いて、という鈍い音と共に、意識を闇の中へと落とされたのだった。


「お疲れ」

「ん」


 戦いの一部始終を桔梗の校章から映し出される映像にて見ていた男達は、戻って来た楓太と倒れている仲間とを見て、一歩引き下がる。

 戦域での戦いでは死なないとはいえ、意識の喪失くらいは普通にあり得る。

 だが負けて戻って来た男はさながら車に轢かれたカエルのように何とも無惨な姿で寝転び、泡を噴いていたのだから、臆したってしょうがない。

 むしろそうして全員の戦意を削ぐ事こそが、楓太の狙いだったのだから。


 だが、敢えて念を押しておく。


「次は」

「ば、化け物め!」

「憶えてやが――」

「憶えるくらいなら、今ここで潰す」


 負け惜しみの捨て台詞さえ、残して行く事を許されない。

 男達は泡を噴く仲間を背負い、何も言わずに走り去って行った。


「あんな脅し方をしたら、敵を増やす一方だわ」

「俺を敵視している分にはいい」

「また、そんな事を言って……あなただって、無敵じゃないのよ?」

「……そうだね。でも、俺は、桔梗以外の誰にも負けないよ」

「うん」

「フゥ太……」


 小さな体が、一生懸命に道路脇の電信柱の陰に楓太を引き寄せ、二人揃って隠れたところでうん、と背伸びして唇に吸い付く。

 応じた楓太も桔梗の背丈に合わせて少し屈み、下唇を食んだ。

 そのまま互いに互いの舌をねぶり、絡め、唾液同士を交換する濃厚な口づけを数分もの間交わし続け、互いに高まった熱の籠った表情かおを糸を引きながら見つめ合う。


「ふぅ、フゥ太ぁ……」

「キィ、ちゃ――」

「お愉しみのところ申し訳ありません」


 声を掛けられてから臨戦態勢に入るまで、一秒を切る。

 自分の後ろ、電信柱の陰に桔梗を匿い、現れた敵の存在を視認する。


 髪の色から能力を事前にある程度の見当を付けて、敵の戦意を確認。

 すると相手はすでに両手を上に上げ、戦う意思がない事を前以てアピールしていた。

 よく見れば、胸には同じ学園の校章もある。


「ごめんなさい。こちらに敵意はありません。ただ少し、お話したいのです」

「……桔梗と?」

「はい。もちろん、あなたとも」


 と、彼女は柔和な笑みを浮かべて見せる。

 能力発動に手は関係ないがための余裕か。こちらの警戒を解くためか。

 いずれにせよ、笑顔の裏に敵意はなく、敵意を向けるべきでもないと見た。警戒態勢及び、臨戦態勢を即時、解除する。


「わかりました」

「では、今日はもう遅いので明日。学園の風紀委員室に……と、失礼。名乗るのが遅れてしまいました」


 と、スカートの裾を掴み上げて頭を下げ、その際に垂れ下がった紫髪を耳に掛ける。

 何度もやっているのか、一連の動作が流れるようで、慣れている感じがある。さながら、コミックにでも出て来るような、上流階級の貴族の令嬢のようだった。


「月詠学園風紀委員所属。副委員長の恋城寺愛美と申します。以後、見知り置き下さい」

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