剣崎啓司

 部屋に帰ったら、同棲中の久美くみが非常にわかりやすく落ちこんでいた。まるめた背中にのっている『ズーン』という文字が見えるようだ。


 なにをそんなに沈んでいるのか、理由を聞いて思わず笑ってしまったら、噛みつきそうな目でにらまれた。

 そういえば、おれのところにも古山こやまからメールがきてたっけ。あとで返信しようと思って忘れていた。

 しかしまあ、たしかに、タイミングが悪いっちゃ悪いのかもしれないけど、違う角度から見ればむしろタイミングがいいような気もする。

 どちらもめでたい話なのだし――ああ、そうだ。

 どうせなら、おれと久美のことも『作中』で打ち明けてしまえばいいんじゃないか?

 当時の『Dear K』企画と今回では趣旨も違うし、それもありなのではないだろうか。


 就職してからこちら、めっきり遠ざかっていた創作熱がじわじわと戻ってくる。


 垣窪かきくぼさんのことは、おれもあまり知らないけど、知らないなら取材すればいいだけだ。本人にあたるのがまずいなら、知ってるやつ――それこそ、現在もつながってるらしい加納かのうや古山に聞けばいいんだし。

 というおれの意見を聞いた久美は、ぽかんと目と口をまるくひらいて、それから地獄から救いだされたような、心底ほっとした顔で二度三度とおおきくうなずいた。


 ネガティブ思考にとらわれやすくて、そのくせやたら素直で、高校で出会ったときからなんだか目がはなせなかった。

 だからこそというか、おれまでタイミングをはかりすぎてタイミングを逃すこと数年。ようやくつきあいはじめたのは大学を出てからだ。そして、結婚を前提に同棲をはじめてそろそろ半年。


 彼女はもうすぐ、おれの奥さんになる。



     (つづく)


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