第116話『空白の話し』

 さんさんと降り注ぐ太陽に、巨大な植物が埋め尽くす国があった。

 その国の名はヴィドニー。

 大陸の最南端に位置するその国では何よりも優先される大切な儀式があった。

 それは別の世界から人を喚ぶというもの。


 星を読み、地を読み、精霊王の力が弱まって来るのを巫女が感じると、それを皆に伝えた。

『精霊王の生まれ変わりを探すのだ』と。


 代替えが近くなると、世界の四隅で卵が生まれる。

 固い石の卵だ。

 別段この形状の石は珍しくもない。この世界では探そうと思えばあちこちに転がっている両手程の石。それが代替えが近くなると、その内の四つほどにそれぞれの紋章が刻まれていく。


 この国では朱雀の模様だ。

 巫女のお告げにより、国の者らは血眼になって卵を探し当てた。


「おおっ!これはまさしく朱雀の卵…。美しい…」


 巫女は卵を大切に抱き抱え、万が一にも割れてしまわないように柔らかなシルクで作られた台座へと置いた。これでいつ生まれても即座に対応が出来る。


 卵を見付けたのなら、次は女王候補の片割れ足り得る人間を用意するのみ。

 代々使われているこの魔法陣を使い、精霊との相性が良い人間を招くだけ。

 何故わざわざ招くのかという愚問にはこの答えだ。


 代々そうしている。それだけに過ぎない。




 長い時間を掛けて貯めた魔力を使い、巫女と魔法使い達が魔法陣を起動させた。

 あとは、女王候補となるべき精霊に最も相性の良い人間がここに喚ばれてくるはず。

 しかし、何故かその儀式は失敗に終わった。


 召喚されたという手応えはあった。魔力もしっかりと消費されており、人間一人がこの世界に招かれたというのは確実だった。だが、何故だかその人間は見つからない。

 それこそ国中探し回ってもそれらしい人間は見つからなかったのだ。


 何がいけなかったのだろう。

 巫女と魔法使いは頭を抱えつつも、再び喚ぶために改善策を立てた。


 きっと指定の印が劣化によって掠れ始めていたのが原因だろうと書き直した。

 これで次は間違いなくこの国に召喚される。


 しかし一度目の召還で魔力を使いきってしまった為、新たに魔力を溜めなければならなくなってしまった。

 掛かる時間はおよそ15年。長い時間だ。


 本当ならさっさと召還して卵を孵したいところだけど、そればかりはどうにもならなかった。

 巫女と魔法使い達は15年魔力を溜めた。

 何度も確認をして、次こそは失敗しないように慎重に動いた。


 そして、遂に成功したのだった。


 喚ばれたのは変わった服を身に付けた少女だ。名をヒナコと言った。

 ヒナコ、ヒナは酷く混乱していた。巫女がどうにかして宥めても泣きじゃくるばかりで衰弱していった。

 こんな人間で無事に卵は孵るのだろうか。


 巫女達が不安がっているそんなとき、一人の世話役の青年がこっそり台座から卵をヒナの元へと持ってきた。

 彼の名はアレス。アレスはヒナにこう言った。


 この卵は幸せの卵です。ここから孵るのは貴女の希望。貴女の片割れ。

 どうか泣き止んでください。貴女は泣くよりも笑顔の方が似合っているのだから。


 そこで初めて少女は泣き止んだ。

 全く言葉は通じていなかったが、目の前の青年が自分を慰めようとしてくれているのは分かったらしい。

 少女は青年に笑顔を向けた。


 その時、少女の腕の中で卵が孵った。中からは赤い羽をもった可愛らしい女の子が、ヒナを見上げて笑った。不安な心を一瞬で溶かした愛らしい子。


 そこから、日向子の冒険が始まったのだった。
















 水の子は、冷たい氷の上で生まれた。

 空はどこまでも黒く、地面はゴツゴツとした岩と氷ばかり。

 そんな最悪の誕生であったのにも関わらず、水の子は希望の光を宿した瞳で遠くを見据えていた。

 あの大地の向こうに、自分を大切にしてくれる片割れが居る、と。


 満足に動かせない手足をばたつかせながら水の子は微かに感じる気配を追って進み始めた。

 早く会いたかった。抱き締めてもらいたかった。

 だけど、こんな過酷な環境で赤子が一人で進み続けることなんか出来はしなかった。


 通り掛かった人間に拾われ、冷たい石の檻の中に放り投げられた。

 その頃には水の子は一人で歩けるようにはなっていたが、こんな四方を鉄の棒で囲まれた部屋に閉じ込められてはどうしようもなかった。


 水の子は真っ暗な空間で、ずっとその気配を感じていた。

 その気配はとても弱々しくて、何度も消えた。

 それがあまりにも悲しくて、耐えきれなくて、水の子は自分の記憶を対価に片割れの時間を戻した。


 自分の記憶が全部無くなっても、片割れに会いたい。

 冷たい枷が首を手足を冷やすのをじっと耐え、水の子は死なないように懸命に呼吸をするのだった。





 一体何年経ったのだろう。


 気の遠くなる年月を暗闇の中で過ごした水の子は、売れ頃だろうと市場に連れ出される。

 どんよりとした灰色の空の下、鎖に繋がれた水の子はほとんどの記憶を失っていた。

 喜怒哀楽も無く、ただ呼吸をして死なないようにしていた。


 そんなある日、突然世界が一変した。


 運ばれている途中、自由になった。

 男の手から鎖が外れ、水の子は今しかないと全力で駆け出した。

 冷たい枷が付いた四肢は痛くて堪らなかったけど、それよりも水の子は喜びに満ち溢れていた。

 片割れが近くにいると。


 それを思えば皮が剥けようが構わずに森を駆け抜けた。

 そうして、追ってきていた男を巻いて水の子は気配を目当てに片割れを探し当てた。


 ボロボロの男性で、死んだ目をしていたが、それは水の子がずっと探し求めていた片割れで間違いなかった。

 水の子は男の腕に飛び込み、嬉しさで泣いた。


 お互いに此処にはいられない身ということで旅に出た。


 楽しい旅だった。

 素敵な出会いに、美しい景色に心を踊らせた。

 なんて幸せなんだろうか。

 そう思ったのも束の間、幸せはあっさり崩れ落ちてしまった。


 灰色の大きなドラゴンが、愛しい人を切り裂いた。


 鮮血を巻き散らせながら倒れ込んだその人を、ドラゴンは無慈悲に食らい付き、頭からバリバリと容赦なく食べた。飛んでいってしまった腕さえ綺麗に平らげ、こちらへとやって来たドラゴンを見て、水の子は泣き叫んだ。


 まだ足りない。一緒に生きていたいだけなのにまだ足りないのかと。

 最後に残った記憶を全て捧げ、水の子は時を巻き戻した。


 次こそは、添い遂げてみせると叫んで。


 どぼんと、体が何故か水に落ちたのを最後に、水の子は意識を手放したのだった。




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異世界に迷い込んだ盾職おっさんは『使えない』といわれ町ぐるみで追放されましたが、現在女の子の保護者になってます。 古嶺こいし @furumine

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