第58話『昇級試験、開始!!』

 一通り見てきた。


「水族館みたいだったな」

「なにそれ」

「陸の上で海の中がみられる施設だ」


 といっても、今回は中に入るのは魚ではなく俺だが。

 下の商店街で軽く昼飯を済ませ、戻ってきた。


「…? 内装が変わってる??」


 ガラス越しから見る内部が、先程の床も壁も真っ白内装が岩場内装に変わっていた。

 ガラスに張り付きながらターリャが不思議そうにしていた。


「こんなに短時間であの岩を運んできたのかなぁ」

「いや、さすがに無理じゃないか?」


 運ぶのは無理にしてもこうできる手段がありはする。


「恐らく魔術師達の魔法とか…」


 視線を感じてそちらを見ると、職員がいた。

 杖を持っている。

 魔術師の職員か。

 もしかしてあの人がこれをやったのか?


「トキナリ様でお間違いないですか?」

「はい、そうです」


 職員が手にした懐中時計を確認して、ポケットへと戻す。


「時間通りですね。こちらへどうぞ」


 途中、関係者専用観覧席でターリャと別れた。


「頑張ってね!」

「ああ、行ってくる」


 観覧席もガラス張りで、危なくないのかと訊ねたら、そもそもこれはガラスではないし、鉄よりも硬い材質なのだと教えられた。

 おまけに試験会場内からは見えないマジックミラー式になっていて、人の視線で気を散らす事がないようになっているらしい。


 階段を下り、重い扉を開いて中に入る。


「すげえ」


 会場の中だというのに、まるで外だった。

 空には太陽が煌々と輝いているし、風も吹いている。

 地平線も見えるし、なんなら高い所に生えた木の枝に小鳥が止まって鳴いている。


 アイリスの試験会場は闘技場の様だったのに、魔法技術で負けてるぞ。


「試験開始前にこちらを装着してください」

「?」


 手首に付けるシリコンバンドのようなものを渡され、装着した。

 するとそれはスーと溶けるようにして消えた。


「これで万が一の事があった場合、即座に身代わりになってくれます。もちろん怪我なども回復致しますが、念のための措置です。ご了承ください」

「わかりました」


 なんだろうな。

 冒険者に対して至れり尽くせりだな。

 俺、ウンドラ国に流れ着きたかった…。


 いや、そうしたらターリャと会えなかったわけだし、結果オーライ的な。


 職員が下がり、一通り説明を受けたあとに広場の中央に立って盾をもとに戻す。

 要はいつも通りに戦って、妖魔を戦闘不能、もしくは討伐までできたら良いというわけだ。

 そういえば試験内容を見て職員が『盾用ではないのですね?』と首を捻っていたけど、もしかして盾用のは内容が違うのだろうか。


 そんなことを考えていたら大きな足音が近付いてきた。

 さて、どんな妖魔だ?


 盾を構えながら待っていると、遂に試験相手の妖魔が姿を見せた。


「……ドラゴン」


 レッドドラゴンだった。

 ドラゴンが大きく翼を広げて咆哮した。


 なんというか、ドラゴンの亜種と戦った経験があるせいなのか、咆哮に耐性が少しは付いたらしくなんとも思わなくなってきていた。

 それに、このドラゴン。


「思ったよりも小さいな」


 あのグレードラゴンに比べて一回りは小さい。

 角の形や鱗の様子を見ても幼竜では無さそうだけど。


 そういえば、ギルドの依頼で討伐する種族の平均値を出すんだったか?

 なら、ウンドラではこのくらいが普通なのか。


 ドラゴンが吼えながら向かってきた。


 回転してからの尾の薙ぎ払い、上からの体重を利用しての引っ掻きそして──


「お!」


 ドラゴンが喉元をぐぐっと膨らませて、タンキングを始めた。

 これはくるか?例のやつ。

 ドラゴンの口から大量の炎が吐き出された。


 それを盾で受けながら俺は思った。


 ……普通のドラゴンって、こんなもんなのか。


 なんだろうな。

 肩透かしっていうか、あのグレードラゴン並かそれ以上にヤバい奴が来ると思ってたから呆気ないっていうか。


「いや、これはあのグレードラゴンが相当ヤバかったって事なんだな」


 だって、まだチャージ貯まりきってないもん。

 今満タンになったけど、これ、逆鱗に突き刺して終わらせられるかな。

 すごく不安になってきた。


 炎が衰えて、消える。

 白い煙がもうもうと辺りを包み込んで、不意打ちには絶好の機会のはずなのに、動きはなかった。

 ドラゴンはこちらの様子見をしていた。

 こんなことしている暇があったら、アイツは今頃跳躍して俺の事踏み潰そうとするだろうに。


 溜め息が漏れた。


 まだ隠し持っている技があるかもしれないから油断はできないけど。

 しかも羽ばたきもまだ使ってない。

 出し惜しみしてんのか?

 というか──


「……まさか一発で終ったりしないよな?」


 柄を引き抜き、盾を小さくすると煙に紛れて接近した。

 動きが鈍い。

 ドラゴンが俺に気付いたのは、既に懐に潜り込んだ時で…。


 ずっぷしと根元まで突き刺さった棒。

 ダメージチャージを解放すると、ドラゴンが悲鳴をあげて暴れ始めた。


 すぐに棒を引き抜くと、傷口からは炎が吹き出した。

 ああ、なるほど。

 体内が燃えてるのか。


 ドラゴンを踏み台に距離を取って、暴れるドラゴンを見やる。


 なんとか体の熱を消したいと暴れまくるドラゴンだったが、次第に動きが鈍り、口や傷口から黒い煙を吐き出しながら倒れた。

 辺りにいい匂いが立ち込める。


 そういえばドラゴン食べたことないな。

 どんな味がするんだろうか。


 死んだことを確認するために近寄っている最中に、ドラゴンの体が透け始め、消えた。

 あ、そうか本物じゃないのか。

 忘れてた。


 ガガッと空からノイズが漏れる。


 ──「トキナリ様、これにてA級への昇級試験終了となります。お疲れさまでした」──


 景色がどんどん色褪せて、あの白い空間へと戻っていく。

 すると、マジックミラーになっているはずのガラス張りの窓がゆっくりと姿を現した。


 トキー!おめでとー!と、声が聞こえないがそう言っているらしきターリャが嬉しそうに手を振っていた。

 それに振り返したとき、ふと、違和感を感じて上を向く。


「!!!!??」


 一般用観覧席に見物人がこれでもかと大勢集まって俺の試験を見物していたのだった。

 

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