第38話『ガルア夫婦が救助しに来たらしい』

 体がいたい。

 寒い。

 熱い。


 クルクルと変わる体の感覚に吐き気がする。

 それに、目の前で流れるこの光景。

 おそらく夢の中なんだろうが、この世界に来てからの事が次々に思い出しては混ざって飛んでいく。


 痛い、痛い、痛い…………。


 ターリャは無事か…?








「…………」


 ボンヤリとした何かが見えた。

 茶色に、黒と白と、青?


 次第に焦点があってきて、ようやく茶色が背景、目の前のものが人なのだと理解した。

 ああ、ターリャか。

 良かった、無事だったか。


 いや、待て。

 なんでターリャが裂け目なんかにいるんだ?

 街に避難させたはずだろう。


「ひっく、ずずっ…」


 鼻を啜る音が聞こえて、一気に覚醒した。

 なんでターリャが泣いてるんだ!!


 視界が鮮明になり、ターリャが大泣きしていたことにようやく気か付いた。

 目は腫れて、目元も鼻も赤くなっているし、現に今も泣いている!!

 大混乱しながらターリャに手を伸ばして頭を撫でた。


「どうした、ターリャ…。誰に泣かされた…?」


 ターリャが俺を見て、大声を上げて泣き出した。

 混乱する俺。

 なに!?なに!?どうした!!?


「トキのばかあああああ!!!!」

「!!!??」








 すやすやと俺の足元で泣きつかれたターリャが眠っている。


 あの後、ガルアさんがターリャの泣き声を聞いて飛んできて、俺の事を見て飛び上がるほど驚いた後、大声を上げながら抱き付いてきた。

 凄い力だった。

 死ぬかと思った。


 今ガルアは医者を呼びに行ってる。


「……良く助かったもんだ…」


 個人的には完全に死んだと思った。

 だってそうだろう。

 喰われなかっただけマシだけど、回復術士も魔術師もいない中、ひとり裂け目なんかに落ちたなら探しに来れるわけなんかない。

 ましてはドラゴンもいたとなると、安全が確保されたと判断されるまでその地域は封鎖されるはずだ。


(結構な深傷だったし、出血死するパターンだったはずなのに)


 ……なんの幸運か、今こうして街に担ぎ込まれて生きている。


 ドタドタと足音が2つ聞こえてきた。

 おそらくガルアと、医者だろうが…、慌てすぎじゃないか?


「連れてきたぞ!」


 ドアが壊れんばかりの勢いで開き、汗だくで過呼吸気味になっている医者と共にガルアがやってきた。

 ターリャ寝ているんだからもう少し静かにしてほしい。

 そういう意味を込めて、ターリャを指差して「しーっ」とすると、ガルアが慌てて口を押さえた。







「これは、信じられんっ!」


 医者が目を見開く。

 同じくガルアは口を開きっぱなしで俺を見詰め、俺も俺で唖然としていた。


 傷が、ほとんど塞がってた。


「……俺は一月ほど寝てましたか??」

「いや…」


 それなら説明が付くんだけど、首を横に振るガルア。


「ここで処置をして10日だよ。……ふむ。ちょっと触ってみても良いかな」

「どうぞ」


 10日も寝てたのか。

 医者が傷を触って、塞がり具合を確認していた。


 傷の所は皮下脂肪が無いから、感覚がダイレクトに伝わって変な感じ。

 回復術士を雇ったわけでもないのに、この治りの早さは異常だろう。


「んー。周りの皮膚に痛みもなさそうだし、異常もない。このまま様子を見ながらだね。何かあったらまた教えなさい」


 しかしこの世界、魔法や魔導具で傷を治す輩もいるし、スキルや種族によって治りかたもまちまちなので『問題なし』と判断された。

 一応種族の確認とスキルがそういう系かどうかの確認だけされたけど。


 首を捻りつつ医者は帰っていった。


「……さて」


 ガルアが近くの椅子を引き寄せて座った。


「一応ターリャから緊急事態ってことは聞いたが、詳細がぎゃん泣きで全然分からなかったから、説明してくれるか?」

「……そうですね。といっても俺も全然意味がわからないんですが…」


 わからないながらも詳しく説明したら、ガルアが難しい顔をし始めた。


「それはおかしいな…」

「何がですか?」

「本来、竜種が積極的に人種を喰おうとすることが、だ」

「?」


 竜種系に疎い俺にガルアが説明をしてくれた。


 竜種は基本的に雑食だが、主食は精霊だ。

 縄張りに入り込んだやつを弄んで殺したりはするが、よほどの事がない限りは食べようとはしないらしい。

 しかも、目の前にいる可食部の多い獲物(俺)よりも、小さくて食べごたえの無さそうな獲物(ターリャ)を狙うなんてあり得ない話だと。

 おまけに今回はハグレ。

 縄張りなんて関係ない。


(精霊か…)


 精霊の事は聞いたことがあるけれどあまり詳しくはない。

 せいぜい、この世界に充満している魔力の化身で、この精霊が極端に多かったり少なかったりすると、その地域の生態系バランスが崩れるとか何とか。


 でも精霊って、要は妖精みたいなもんだろう?

 小さい人間に虫の羽が生えたやつ。

 見たことないし、魔力のない俺には見えないから全然実感わかないけど。


「……思い当たる節が全然ない。やっぱり他の妖魔みたいに弱い順に狙っていった方が確実に仕留められると思ったんじゃないか?」

「だとしたら、この辺り一帯の危険区域に指定しないといかんな。変異種が現れたといって、竜種の調査依頼が来るかもしれない」

「そうか…」


 ガルアがそういうなら、相当ヤバいドラゴンだったんだな。


「にしても、なんの準備もないまま竜種に襲われて生きているなんざ奇跡だな!しかも二人ともだ!!オレも飛竜相手に何回か死にかけたが、オレから見ても相当幸運だぜ!命があるだけめっけもんってな!!」

「ははは…」


 まぁ、危うく死ぬところだったけど、こうして生きてるしな。


「……」


 ふと、ガルアを見た。


「あの、そういえばガルアさんは、どこで飛竜とやりあったのですか?」

「話してなかったか?てっきりもう知っているもんだと思ってたが…。オレはテオツイ・サドラの高原配属だった。お前の噂も届いてたぜ、ロングスタの生存者君」

「!!」


 チャリと、ガルアがポケットに手をいれて何かを掴んだ。

 そしてポケットからそれを取り出して掲げて見せる。

 冒険者タグではない。

 見覚えのあるそれに目眩がした。

 認識タグだ。

 俺のとの違いは、ロングスタの文字が書いていないのと、称号が記載されている点。


 テオツイ・サドラ高原、ガルア・クラフトという名前。

 なにより目の前のタグが、示していた。


「……英雄、ガルア・クラフト」


 他人なんかじゃない、本人だった。


「いやぁー、全然英雄ですか?って尋ねてこないからオレの事知らないと思ってたが…、うん、あれだな、逆に俺を普通のガルアとして接しられるのもなかなか良かった。というか、お前さんもちゃんと名前全部教えろよ、そのタグ見てビックリしたんだぞ」

「タグ…、あ」


 そうか、治療するとき服脱がすもんな。

 今は近くの机の上に置かれている。

 それを手に取り首に掛けた。

 こっちのが落ち着く。


「いや、トキナリなんて言いにくいでしょう。というより、ガルアさん」


 俺は真剣にガルアを見上げた。


「いえ、英雄ガルア・クラフトさん。貴方にお願いがあります」


 俺に釣られたのか、ガルアも真剣な顔になる。


「なんだ?」

「俺に、ドラゴンを倒す術を教えてください」






「は?」






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