第39話『修行開始』

「いや、討伐されるまで留まるとか、迂回とかすればいいじゃないかい?」

「今回はそれでいけるかもしれないですが、次また同じようなことが起こった時に助かる保証がない」


 今回は本当に運がいいだけだった。


 ガルアはしばらく悩んで、悩んで、ターリャをチラリと見る。


「そうだな。また泣かせるようなことが、あったらいけないからな…。よっしゃ!」


 ガルアが立ち上がる。


「怪我が治り次第、オレの持っている竜種の情報と立ち回りの仕方を叩き込んでやる。厳しいが、そこは耐えろよ」

「ええ。頑張ります」







 こうして、一時的だがガルアと師弟関係を築き、回復次第俺の戦闘能力を鍛える訓練が始まった。


「お前さんは防御の面での能力はピカ一だ。盾の使い方もうまいが、それではドラゴンはれない。なんでかわかるか?」

「火力不足ですね。今回戦って鱗の厄介さがわかりました」


 ダメージチャージを二回も放ったのにピンピンしていた。


「竜種と戦う時の編成は、魔術師、盾職、戦士、回復術士が基本となる。これならあの猛攻でも耐えられるし、魔術師の支援で攻撃が通りやすくなる。だけど、その四人分の仕事をお前さんひとりで担わないといけない。…ちなみに聞くが、ロングスタのトキヌァリといえば高い回避能力からのカウンターだと聞いていたが?」


 いつから盾職に?と言わんばかりの顔。


「脱隊後、冒険者になってからですね。というか、噂ってなんですか」

「当時、結構有名だったぞ。言葉も話せない何処の国かもわからない異国人が、止めるのも聞かないでガンガン突撃しているって」

「………………あれ?」


 あれって『突撃』の合図じゃなかったのか。

 ……そういえば当時『行けー』って聞こえてたけど、『止めろ』の発音は『ルペー』だな。

 聞き間違えて盛大な勘違いしてたらしい。

 …いや、あんな轟音でおぼろげ外国語を正確に聞き取れるかよ。


「あれは勘違いだったんです」


 とりあえず訂正しておく。


「何が勘違いかわからんが。まぁ、とにかく剣も使えるんだよな」

「はい」

「まずは基本動作を見たいから、一旦その盾を置いてオレと打ち合いをしてみろ」


 そう言って、投げて寄越された模造剣を受けとる。

 そういえば、ドラゴンに投げた模造剣どこ行ったんだろうな。

 盾を立て掛けて剣を持ち直す。


「構えろ」


 構えた。


「行くぞ!!」


 ガルアの剣が舞う。

 四方八方からの突き凪払い、そしてフェイントが休む間もなく与えられる。

 早い!追い付けない!!


 反撃する暇なんか全然なくて、あっという間に剣が弾き飛ばされてしまった。


「ふむ。なるほど。じゃあ次は盾でオレの攻撃を受けてみろ」


 今度は盾でガルアの攻撃を耐えていく。

 長年こっちでやってたから、まだ余裕がある。


「では、これは?」


 突然ガルアの姿が消えた。


「!!?」


 次の瞬間後ろから現れて、俺は転がりながら盾でガルアの攻撃を受け止めた。

 なんだ?瞬間移動みたいだったぞ??


「これも反応できるか。なるほど、ふむふむ」


 立ち上がりながら、さっきの光景を思い出してみたが、あんな一瞬で俺の背後に回ってくるなんて。


「よし、決まった!これなら次はもう少し安全に立ち回れるだろう。ところでお前さんはオレに隠している攻撃方法があるな?」

「え」

「すっとぼけんなよ。お前さんを助けた場所にはドラゴンの血も結構な量流れてた。何か持ってるんだろ?」


 人間の血とドラゴンの血って見分け付くのか?


「どっちのなんて、見分け付くんですか?」

「付く。奴らの血は乾いてくると紫みが増すからな」

「へぇ」


 はじめて知った。

 そうだな。隠すものでもないしな。


 ガルアの家の壁に立て掛けておいた盾を手に取り、ガルアのもとへ行く。

 ロックが掛かったままの柄を指差した。


「ここがですね、外れるんですよ」


 そのままさらっとこの盾の特性を説明した。

 はじめは興味深かそうに聞いていたが、相手のダメージをそのまま返すというところで、ものすごく腑に落ちたみたいな顔になった。


「なるほど、それで傷を負わせたわけか。ひとつ疑問だが、これを留めたまま振り回すことはできないのか?」

「……どうなんでしょう。抜いた瞬間飛んでいってしまうので…」


 全部抜かなければ小出しにできるのは知ってる。

 個人的には抜く長さを威力のメモリと思っているから。


「溜め込めるなら、それも練習してみよう。これをドラゴンの弱点に刺し込んで発動すれば一発で殺れる」

「……なるほど!」


 考えたことなかった。

 そうだよな。

 弱点でやればどうしようもない。


「ところで弱点ってのは?」

「顎の下にある逆さ鱗の事だ。どんなに穏やかな竜種でもここに触れば怒り狂うがすぐに動きが止まる。怒り狂うのは相当痛いのか、それともそのすぐ下にある器官に触れられたくないのか」


 ガルアが首と頭の繋ぎ目部分を示す。


「何があるんですか?」

「竜種には最低でも2つ魔石があって、そのうちのひとつが“擊鉄”と呼ばれる器官にある。口から出す魔力や成分に衝撃を与えて魔法効果を付与する部位だな」


 確かに、煙が爆発する前に何かぶつかるような音がしたが、あれがそうか。


「そんなに大切な器官なのに鱗の生える方向が違うなんて面白いですね」

「さてなぁ、ひょっとしたら音を良く響かせるためにあえてそうしているのかもしれんな。と、そんなわけでそこを的確に突けるように訓練を始めようか!」









 窓の外を見詰める。

 庭ではガルアとトキがドラゴンを倒すための訓練を始めていた。


「……」


 あの時の光景を思い出す度に震える。

 ドラゴンが怖くてなんかじゃない。

 トキが死んじゃったらどうしようっていう不安でだった。


 ルシーが街に辿り着いて、すぐにガルアに助けを求めた。


 うまく伝わらなくて、でもドラゴンとトキが戦って怪我をしたと伝えた瞬間、ガルアはすぐさま武器を持ってジョコーさんとトキを助けに行った。


 辿り着いた所は一面血だらけで、トキの姿は何処にもなかった。


 食べられちゃったのかと絶望した。

 だけど、ガルアさんが山の上の方へと向かう血痕を見付けて、トキがちゃんと逃げたのだと分かって少しだけほっとした。


 途中、やたらスースーした場所があったけど、そこを抜けてさらに上に行った時、ドラゴンの足跡がウロウロしているのに気が付いた。


 ここでトキを見失ったのは分かったけど、同時にトキの足跡も消えていてまた怖くなった。


 だけど、すぐにジョコーさんが裂け目に落ちたトキを見付けてくれた。


 全身血だらけで呼吸も怪しいトキを引き上げて、持ってきた回復薬を全部飲ませた。

 二人は助からないかもしれないって言ってたけど。


「…………、生きててくれて良かった…」


 もう失いたくない。

 何もできないのが辛い。

 わたしだって、トキを助けられるくらい強くなりたい…!!


 力が欲しい。


 でも、わたしにできることなんて何だろう。

 剣は早く振れないし、盾もトキみたいにうまく受け流せない。


 せめて、怪我を治せる方法を覚えたい。

 ジョコーさんが帰ってきたら教わってみようかな。

 冒険者だったら、知識があるはず。


「本とかにも載ってたりとか…。ん?」


 部屋にある本棚を見ると、難しそうな本に混じって絵本みたいなのが並べられていた。

 もう文字が読めるようになってきたから、絵本なんか読まなくなったのに、思わずその絵本を手に取った。


「……これは…」







 訓練が終わった。

 水浴びを済ませながら、変に力が抜ける腕をブラブラさせて緊張を解いていく。


「ふぅー、キツイ…」


 これは明日にも全身筋肉痛になるな。

 まさか打ち込みだけでこんなに汗だくになるなんて思いもしなかった。

 訓練内容は、地面に突き刺さった棒の先端にある印を正確に突くってだけなのだが、まー難しい事難しい事。

 ガルアは何ともなさそうに簡単に突くのに、俺はというと外れまくる。


 それが終わったらガルアとの打ち合い。

 俺は避けるたり受けたりするのが得意だけど、それだけではそのうちガルアに武器を弾き飛ばされる。

 いかに今まで俺が雑に剣を振っていたのかわかる。


「はいお疲れさま」


 ジョコーさんが夕飯を用意してくれた。

 この人にもお世話になりっぱなしだ。


「あれ?ターリャは?」


 いつもならジョコーさんの周りにいるはずのターリャの姿がない。


「ああ、ターリャは部屋でなにか難しい顔して本を読んでたよ」

「本を?」

「呼んでらっしゃい。もうすぐご飯ですよって」

「わかりました」


 部屋というのは俺達に貸してくれている空き部屋である。

 そういえば本棚があった気がする。


「ターリャ、ご飯だよって」

「!」


 ターリャが本から顔をあげた。


「え、もうそんな時間?」

「ああ。そら、外も暗くなってきてる」

「気付かなかった。あ!いけない!お手伝いしなくちゃ!」


 本を本棚の上に置いてターリャが台所の方へと走っていった。

 俺が寝込んでいる間から、ターリャはジョコーさんのお手伝いをしているらしい。

 手際がいいってジョコーさんに褒められている姿を見る。


 ターリャはやっぱり剣なんかよりも包丁の方が似合ってる。


「そういえばターリャは何を読んでるんだ?」


 本棚の上に置かれた本を手に取った。

 それは『精霊の代替え』というタイトルの絵本だった。


 俺は何ともなしに本を開いた。

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