第8話『VSフライパン』
走りながらフライパンを木にぶつけて音を立てた。
一斉にホーンボア達がこちらを向く。
『ピギーーーー!!!!!』
『フゴッフゴッ!!』
雄のホーンボアが威嚇を始めた。
よし、瓜坊と雌が逃げ出したぞ。
「さぁ来い!!」
大声を出すと、それを合図にホーンボアの一斉攻撃が始まった。
ホーンボアは直線攻撃だ。
その鋭い角を対象めがけて突き刺し、そこらの岩や木にぶつけて動けなくさせる。
しかしその性質上、ホーンボアは急停止や素早い動きは出来ないという弱点がある。
だから──
「てや」
こうしてフライパンで角をいなし、力の行き先を少し変えてやるだけでホーンボアは木に突き刺さる。
「あ、そうだ。アタッカーいないんだった。じゃあ、しかたない。こうするか」
いつもは俺が動きを封じて周りの人間が攻撃する流れだったけど、今回は一人だ。
作戦を変えて向かってくるホーンボアを見定める。
よし、いける。
同時に襲ってきたホーンボアの力をいなして進路を変えた。
『ンゴ!』
その先にいるのはタイミングをずらして突っ込んできていた別のホーンボア。
二匹は互いに全力頭突きでノックダウン。
やっぱり互いにぶつかってくれた方が手っ取り早い。
そんな感じで雄同士ぶつけ、30分もしないうちに五頭とも伸びた。
「ふむ。貫通してる」
角が頭に深く刺さって即死していた。
やっぱり怖いなホーンボア。
もう周りに何もいないのを確認しながら、ホーンボアの角を回収した。
「あとは魔石と、肉──、!!」
何かの視線を感じた。
これは…、俺より先に狙っていた奴がいたか…。
仕方がない。
最小限で手を打つ。
近くのホーンボアの脚を掴んで引きずる。
「ターリャ、逃げるぞ」
「えっ?」
木の上からターリャを下ろして担ぐ。
「えっ?えっ?ターリャもう歩けるよ??」
「それじゃあ間に合わない。しっかり掴まってろよ」
ターリャが服を掴んだのを確認してから、俺は全速力で逃げた。
ここまで来れば良いだろう。
「うええ…」
「ごめんターリャ。吐きそう?」
「んんんんんん……」
ターリャを下ろしたら、近くの草むらで座り込んだ。
本当にごめん。
さすがの俺でも盾無しでグレイウルフの相手は無理。
あいつらは基本群れで行動するし、木の上も低い位置ならジャンプして仕留めてしまうから。
「とりあえず一匹だけでもホーンボアは確保できた。あれで満足してくれると良いけど」
追ってこられるのが一番まずい。
低レベルの妖魔だけど、気の抜けない連中なんだ。
ターリャが戻ってきた。
「もう大丈夫か?」
「うん…、次はおんぶが良い」
「そうだな」
次はおんぶで逃げよう。
「さて、日が暮れる前にご飯にしようか」
「うん!」
「あ、ターリャは向こうで火を起こしておいて。これ使ってのやり方は覚えてる?」
「できるよ」
「じゃあお願い」
「ん!」
鞄からライターと焚き火に使うものを取り出して渡した。
ライターといっても元の世界のとは少し違う形のものだ。
しかも蓋を開けると魔方陣が作動して火が出るという、いかにもファンタジーな道具だ。
だけど、おかげでターリャみたいな子供でも楽に火を付けることができる。
近場で枝を拾って準備をするターリャ。
よし、ちゃんと松ぼっくりも拾ってるな。
様子をみつつ俺もホーンボアの解体を始めた。
走っている間にある程度血抜き出来たのが良かった。
皮を剥いで、関節ごとに解体する。
内臓は全部捨てる。
ホーンボアは雑食性で、人間の食べられないキノコも食べてるからだ。
肋骨を割って心臓付近をまさぐっていると、魔嚢を見つけた。
袋のようになっている本来生物には存在しない内臓を開くと、中から青紫色の魔石、宝石が転がり出た。
「見つけた…」
魔石を土にまぶして血糊を取る。
この世界は不思議なことに妖魔の体内から宝石が取り出せるのだ。
魔力を帯びていて、しかも種類によっては高く売れる。
ドラゴンとか、どんな大きさの魔石を持ってるのか。
まだ遭遇したことないから見たことはない。
セドナが嫌がってたから。
「遭いたくは無いな」
死ぬだろう。確実に。
実は人間にも魔力がある人にはこの魔嚢が自然に形成されて宝石が作られるという噂があるけど、正直信じられない。
多分俺は無いだろう。
魔法使えないし。魔力もない一般人間だから。
「トキ!できたよ!」
ターリャが一人で焚き火を完成させていた。
才能の塊だこの子。
「凄いな、よくやった」
「んふふっ」
頭を撫でる。
ん?
コツンとした、感触。
さりげなく髪を分けてみると、額の鱗の端っこが尖って小さな角みたいになっていた。
そのうちでかくなるのかな。この角。
そんなことを思いながら頭を撫でた。
猪肉にかぶり付く。
少し固いけど、久々にまともなものを食べられて涙が出そうだった。
海が近くにあったおかげで塩には困らなかったから味がしっかり乗ってる。
肉のにおい消しに使ったハーブとニンニクが良い仕事をしていた。
(これに胡椒も加えれば最高なんだけどな、なんでか妙に高いんだよな)
たかが小瓶の量でも、ちょっと良いお酒のボトルほどの値段がする。(5000~10000ネルほど)
うーん、解せん。
「これ美味しいね!トカゲとどっちが美味しい??」
「……、これかな」
「猪はトカゲよりも美味しい!」
ぶっちゃけ、トカゲもうまいです。
食べるとこ少ないけど。
カエルもうまい。
蛇は微妙。骨がなぁ…。
はぁー、鰻とかカツ丼とか、マッ○食べてぇなぁ…。
いかんいかん。欲が出てる。
「食べ終わったら火を消して移動するぞ」
「なんで??」
「追ってきてたら不味いから、一応な」
「ふーん?」
きれいに食べ終え、松明を作って火を移してから焚き火を処理した。
「さて。ターリャ万歳」
「?」
「両手上げて」
「ん!」
布に包んだ虫除け用のミントを服と靴に擦り付けた。
「虫のやつのにおい」
「そうそう。今回は狼避けだ」
「来なくなるの?」
「狼の種類によるけど、少しはね」
「へぇ。トキ物知り」
「まーな」
自分の服と靴にも擦り付けてから出発した。
匂いが強いハーブなどの香草は犬避けに使われる。
だけど、全部に効く訳じゃないから、気休めだ。
だけど、やっぱり気休めは気休めだった。
後ろから何かが迫ってきていた。
「ちっ。ターリャ、できるだけ木の高いところまで登ってろ」
「でも」
「いいから早く!!」
「う、うん」
ターリャを太い木に押し上げ、すぐさまフライパンを構えた。
「ふーっ、万が一にとアグニタイト(※炎の維持を補佐する魔石)の魔石を松明に仕込んでて正解だった…!」
ルルルル…、と、闇の中からそいつの輪郭が浮かび上がってきた。
グレイウルフだ。結構大柄な雄。
「?」
様子がどこかおかしい。
このグレイウルフは一匹でやってきていた。
どんなに耳を済ませても音は一つ。
なるほど、はぐれ狼か。
「ありがたい…、これなら勝機がある」
ジリジリとグレイウルフと目を合わせたまま出方を伺う。
雰囲気が変わった。来る!
『ガルルルルルアア!!!』
「ぐっ!」
フライパンがグレイウルフの口に挟まる。
動きが止まったその瞬間、松明をグレイウルフの顔面に向かって付き出した。
炎がかすって毛を焦がす。
『ウウウウウ』
「……」
うん。いけるな。
松明でフライパンを熱する。
「さあ、こい!」
どのくらいの時間戦っていたのだろうか。
ようやくグレイウルフが倒れてくれた。
毛は無惨に焼け焦げたところがいくつも付き、口も目も大火傷。
やっぱりフライパンを買って正解だった。
さて、あとは止めを刺すだけ。
腰に差してる解体用のナイフで頸動脈を切断した。
これでもう本当の本当に大丈夫だ。
「ターリャ、もう良いぞ」
「……」
ズルズルとターリャが木から降りてきて、すぐさま俺の腰に抱きついた。
あー、怖かったな。
悪いことしちゃった。
「ターリャ」
「…」
「もう終わったから移動しよう」
返事はない。
変わりに鼻を啜る音がする。
うわわ、ごめんなさい。
「おんぶするから、放して」
「…う…」
ゆっくり腰を放してくれた。
そしてしゃがむとすぐにおぶさってきた。
慣れたなこの重さ。
このままグレイウルフから離れ、改めて野宿の準備をし終えると、ようやくターリャが安心したのか背中ですやすや眠ってしまった。
やばい。起こしちゃうから下手に動かせない。
「……え、俺この状態で寝ないといけないの???」
俺にとっての地獄の夜は始まったばかりであった。
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