第9話『浮浪者卒業』

 眠い。

 途中で何とかして起こさずにターリャを地面に敷いたマントに横にすることができた。


「ふああ…。こういうの久しぶりだから疲れたな…」


 でも眠るわけにはいかない。

 森の中で眠るための対策が不十分だから、ここで眠ったら何かあったときに対処できない。

 眠気覚ましのカヒの実をいくつか口の中に放り込んで、夜が明けるのを待った。






 ターリャが目覚め、昨日買っておいた干し肉を食べさせてから街に戻る。


「おてて痛い」

「あー、擦り付けてるな。ちょっと待て」


 昨日慌てて木に登らせ過ぎてしまったせいで、慣れてないターリャの掌には擦り傷がいくつか付いてしまっていた。

 鞄から傷薬、俺が作ったのではないちゃんとした傷薬を取り出すと、中の赤紫色の軟膏を塗ってやった。

 最後に布を宛てて包帯で巻く。


「安価だけど、魔術師が作った傷薬だからお昼前には良くなっているはずだ」

「変なにおい」

「我慢な」


 昨日の夜、草を踏んだ所を引き返すと、グレイウルフの亡骸を発見した。


「わっ!」


 ターリャが慌てて俺の背中に隠れる。


「うーん、他にもいたかあ…」


 グレイウルフが食べ散らかされていた。

 骨ごとバリバリいかれている。

 熊種の妖魔かな。


 にしては土饅頭どまんじゅうにされてないけど。

 ※熊種の妖魔だけではなく、熊系の動物は食べ残しに土をもって埋める習性がある。


「気配はないけど、急がないとな。ターリャちょっと待ってて」


 幸いなことに肋骨周辺は無事だ。

 奴さんは柔らかい腹の内臓が好きらしい。


 骨を折って抉じ開けると、早々に魔嚢を切り取った。


「行こう」

「それ臭い!」

「お鼻摘まんでて」

「うー!」


 早足で最初の夜営地まで戻る。

 うん。荒らされてるな。


 ここでも捨てて置いた腸だけが消えていた。

 そこで魔嚢から魔石だけ取り出した。


「走るならおんぶ。トキ足早いよ」

「はいはい」


 身長差が大きいせいで少しの駆け足でターリャが疲れきっていた。

 もう走りたくないと訴えるターリャを背負い、街へと戻った。








 素材屋へ寄ると、受付のおっさんがぎょっとした顔をした。


「ちょっ!まてまて!なんだ服に血糊なんか付けて!どうした怪我したのか!?」

「え?」


 血糊?


「あらー」


 肩周りと、お腹に血糊がべっとり。

 肩のはターリャの手の怪我で、お腹のは昨日の慌てて解体したときに恐らく飛んだ血が付着したんだろう。

 さすがにクエスト用の服ではないから血糊は落ちてはくれないだろう。

 つーか、よく見てみたら裂けてるところあるな。

 くそー、グレイウルフめ。


「どうりで門番が挙動不審だったし、みんなも視線を寄越してくると思いました」

「はぁぁ…。お嬢ちゃん、お前の兄さん大丈夫か?ったく」

「?」


 ターリャがこてんと頭を傾げている。


「だいたいなぁ、そんな浮浪者の格好でこんな可愛い嬢ちゃん連れてたらそのうち通報されんぞ」

「それは勘弁してほしいな…」


 思い返してみたら髭も剃ってないな。

 顎を撫でるとザリザリとした感触。

 恐らく髪もボサボサで、服はこの有り様。

 今さらだけど、俺ヤバイな。


「アンちゃんよぉ、、俺が言うのもなんだがお嬢ちゃんの防具の前にお前さんの服何とかするべきだったんじゃないか?」

「いやそれはない」


 優先順位はターリャが上。

 俺はなんともなる。

 が。


「さすがに身だしなみを整えないといかんな」


 その為にはまずお金を作ってから。

 鞄からホーンボアの角を取り出す。


「これはいくらで売れる?」

「んー」


 カウンターに並べたうちの一つをおっさんは手にとって鑑定し始めた。

 きっと今ごろ【鑑定】スキルとやらで状態を確認しているんだろう。

 次々に角を確認して、電卓を取り出した。


「状態は良い。悪いものが2000ネル、良いのが6500ネル。五頭合わせてこんなところだ」

「18750ネルか」


 そこそこだな。


「ちなみに魔石は取引できるのか?」

「は?お前さん今までどうやってたんだ。素材屋で売れるわけないだろう」

「そうですか…」


 今まではセドナに強奪されてたから、その後の行方は知らない。

 ちなみに俺が今所持している魔石は(アグニタイト含め)クエスト外で退治した妖魔から採取したやつだ。

 取ったはいいけど、どこでどうするのか分からずに溜まる一方だった。


 おっさんが盛大にため息を吐いた。


「そいつはな、魔術師のところで取引するんだ。あー、くそ。お前さんこのまま放っておけねぇーな…。わかった、俺からの紹介書を書いてやる」


 羊皮紙を二枚取り出すと、一枚目にはこの店から魔術師の所までの地図が書かれた。

 書き終えたペン先がピッとこちらを向く。


「その前にお前さんは服を変えろ。髭も剃れ。あの魔術師は潔癖症気味なんだ。その格好で行ったら即閉め出されるからな」

「はぁ、ありがとうございます」

「なんか調子狂うな…」


 近々俺も服を買おうと思ってたところだ。

 ちょうどよかったかも知れない。


「ほれ、失くすなよ」


 おっさんが紹介書を手渡してきた。

 グンジって言うのかこの人。


「ありがとうございます」

「ほれ、早くいけ!しっしっ!」


 野良犬のように店を追い出された。


「トキもお洋服買うの??」

「そうだ」

「お揃いがいい!」

「いや…、それは遠慮しておく…」


 180オーバーな男がワンピースは無理。


 ということで服屋に来た。


「いらっしゃいま──ひいい!?」

「こんな格好ですいません。服を買いに来ました」

「来ましたー!」

「あ、ああ…、はい…、えとご希望は??」


 ビクビク怯える店員が、それでもめげずに接客をしてきた。

 プロだ。


「冒険者用の服を一式下さい」

「……お金はありますよね」

「ありますね。確認します?」

「いえ!失礼しました!こちらです!」

「どうも」


 冒険者用の服コーナーに案内された。

 ここにある服は皆、ニルビという糸で編んだ血糊が付いても落ちやすい服だ。

 もちろんそれなりの値段がする。


「属性は…?」

「タンクです」

「役職は?」

「シールダーです」

「ではこちらです」

「ターリャ置いてくぞ」


 たくさんの服が珍しくてキョロキョロとしていたターリャが慌てて追い掛けてくる。

 その手を掴んだ。

 こんな所で迷子になられたら困る。


「こちらとかどうですか?ヒヒイロアルマジロから取れた皮を加工したものです」


 価格設定がおかしいし、服が重い。


「もう少し軽いのはないです?」

「防御力落ちますよ?」

「完全受けではなく、流し特化の方なので重いと動きが鈍るのです」

「少数派タンクですね。それならシールダーよりもこっちか」


 そんな感じで相談しつつ(値段も相談)なんとか予算内に一式を購入し、着替えた。


 うん。

 やっぱりセドナに押し付けられたものより自分で買った方がしっくりと体に馴染むな。


「すみません。あと髭を剃りたいので店裏をお借りしても良いですか?」

「え?あ、はい、どうぞこちらです」


 店裏で久しぶりに髭を剃る。

 髪は鬱陶しいので結んだ。

 こんなもんだろ。


「わ。トキ別人みたい」

「そうか?お前と会った時は髭剃ってなかったか?」

「そうだっけ?」


 記憶が曖昧。

 ともあれ、これでさっぱりした。


「お貸ししていただき、ありがとうございます」

「!?」


 店員に一瞬『誰だお前!?』みたいな顔をされた。

 あれ?変かな。

 剃り残しあった?


「お客様ですよね?」

「はい」

「……こんな変わるんだ」

「??」


 なんのことだろう。


「ありがとうございましたー!」


 店を出た。

 さて、これで閉め出されることはないだろう。


「次はまじゅつすぃさんの所いく?」

「魔術師な。よし!行こうか」




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