X02 少年がそっぽ向く
「……おい」
廉さんは私と一ノ瀬さんの顔を交互に見て、少しだけ目を細めました。
「あれ。まさか噂の張本人が来るとは」
「り……橘に何の用だ」
「いや、たった今用が無くなったよ」
一ノ瀬さんはまたニヤリと笑うと、「邪魔してごめんね」と言いながら歩いて行ってしまいました。
「たった今用が無くなった」というのは、つまり、もう答えが分かった、ということなのでしょう。
私は廉さんの背中から抜け出て、彼の顔を見ました。
廉さんは顔をしかめて、去っていく一ノ瀬さんを睨んでいるようでした。
「廉さん?」
「……なんなんだよ、あいつ」
「待っていたら、話しかけられまして」
「応じるなよ。……いや、まあそういうわけにいかないか」
はあ、と廉さんがため息をつきました。
廉さんは見るからに、いつもより不機嫌そうでした。
それからは、二人で靴を履き替えて帰路につきました。
今日は正門から学校を出ます。
隣を歩く廉さんは、まだ不機嫌が収まらない様子でした。
私が一連の出来事を話すと、廉さんは心なしか安心しているように見えました。
「きっとバレてしまいましたね、私たちの関係」
「……いいんだよ、もう」
「まあ、時間の問題ですからね」
「そんなことより……気を付けろよ」
「気をつける?」
「一ノ瀬……あいつ、理華にフラれたやつだぞ。逆恨みとか……」
「それはないと思いますよ。良心的な方でしたし。少し意地悪なだけで」
「わからないだろ、ちょっと話しただけじゃ。……まだ理華のこと、好きかもしれないし」
おや、ひょっとしてこれは。
私の中の天使と悪魔が、一緒になって悪いことを考えるのが分かりました。
いけないいけない。
廉さんはきっと、本気で心配してくれているんでしょうから、いじめるのはよくありません。
ただ廉さんの不安そうな顔に、胸をくすぐられるような気分になったのも事実でした。
「でも、私には廉さんがいます。もし仮に彼が私のことを好きでも、関係ありませんよ」
「か、関係あるって……」
廉さんは口を尖らせて、拗ねたように眉根を寄せていました。
「……いや、関係ないかもしれないけど……でも」
腕を組んで、首を何度も捻りながらうんうんと唸って。
廉さんは必死に言葉を選んでいるようでした。
同じような経験のある私には、彼の気持ちが手に取るようにわかるような気がしました。
そしてそんな彼のことが、私はどうしようもなく、愛しくなってしまいました。
「廉さん」
「……なんだよ」
「それじゃあもし危なかったら、また今日みたいに守ってくださいね」
「っ……」
顔をほんのり赤く染めて、廉さんはそっぽを向いてしまいました。
「守る……けど、理華も自衛してくれよ。……心配なんだぞ」
「はい。肝に銘じます」
「……頼むよ……可愛いんだから」
ほあっ。
「……はい」
廉さんの顔は、今度は真っ赤になっていました。
でも私の顔だって、今はものすごく熱くて。
私はなんだか、予期せぬカウンターを喰らったような気持ちになってしまいました。
「……廉さんも気をつけてくださいね」
「俺は……大丈夫だよ」
「大丈夫ではありません! 佐矢野さんの一件を忘れたんですか!」
「あ、あれはまあ……偶然」
「偶然なものですか。お互いに気をつけるんです。ややこしいことにならないように。いいですか?」
「……わかったよ」
「はい、けっこうです」
廉さんがゆっくり頷くのを確認してから、私は彼の手を握りました。
廉さんもそれに応えるように、ゆるく握り返してくれます。
きっと、誰かに見られてしまったことでしょう。
でも、それでいいのです。
その方がきっと、いいのです。
「何か言われるかなぁ、明日」
「何か言ってくるようなお友達、いないでしょう」
「それはまあ、たしかに」
「……いつかは否定できるようになってくださいね」
「……いつか、な」
「今年中に」
「……無理だと思う」
はあ。
どうやらまだまだ、私がいないとダメそうですね。
ふふ。
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