【バレンタイン企画】彼と彼女の暑い冬
バレンタイン記念特別SSです。
時系列、設定等々、無視して楽しんで頂ければ幸いです。
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「そういえば廉って、もしかしたらチョコ嫌いかも」
お昼休み。
冴月に会いに私たちの教室に来ていた夏目さんが、ふとそんなことを言いました。
「えっ、そうなんですか」
「うん。たしか昔、そんなこと言ってた気がする」
何を隠そう、明日はバレンタインデーでした。
バレンタインデーと言えば、女性が想いを寄せる相手や恋人に、チョコレートを贈るのが一般的です。
最近では友チョコなんてものもあったりするようですが。
そして私も、当然、と言うと少し恥ずかしいですが、廉さんにチョコレートを渡す予定でした。
ただ、どんなものにするのかはまだ決めておらず、今日の帰りに駅前に足を伸ばして、良さそうなものを選ぼうと思っていたのです。
中にはすごく時間をかけて準備したり、手作りのものを贈ったりする人もいるようです。
が、私はそこまでするタイプではありません。
少し高くて美味しいものをお店で買えれば、それでいいだろうと思っていました。
廉さんもきっと、私の手作りなんかより、その方が嬉しいでしょう。
料理は得意分野ですが、手作りチョコレートの経験はありませんからね。
ですがまさか、廉さんがチョコレートが嫌いだったとは。
「べつにいいんじゃない? 嫌いって言っても、食べられないってことはないでしょ」
冴月があっさりした口調で言います。
「っていうか、チョコ嫌いなんて人、いるんだ」
「意外といるぞ? 俺は大好きだけど」
夏目さんがそう言って、キラキラした目で私を見ます。
「こら恭弥、理華にねだらないの。私がいるでしょ」
「へーい」
相変わらずの二人でした。
しかし、予定が狂ってしまいました。
一応、チョコレートを選ぶつもりだったのですが、これは別のものにした方が良いかもしれません。
あの人は、『バレンタインと言えばチョコレート』というのよりも、好きなものを貰えた方が喜ぶタイプでしょうから。
しかし、何が嬉しいのでしょう。
美味しいもの、と言っても、やっぱりお菓子が良いような気がします。
彼が好きな料理は知っているのに、そういえばお菓子の好みは知りませんでした。
私にはまだまだ、廉さんについて知らないことがたくさんあるみたいです。
当然といえばそうですが、もっと精進しなければ。
◆ ◆ ◆
「うーん……」
放課後に立ち寄った駅前のショッピングモールは、バレンタインフェアで大変盛り上がっていました。
普段は見られないような銘柄のお店が数十店舗も並び、お客さんもたくさんいます。
ただ、やはり取り上げられているのはチョコレートがほとんどのようでした。
人混みに押されながら順番にお店を見ているうちに、私はとうとう疲れ切ってしまいました。
壁際に避難して、ホッと一息つきます。
スマートフォンを見ると、廉さんからメッセージが来ていました。
『まだ帰ってないのか?』
廉さんにしては珍しい内容でした。
けれど、そう言えば今日は、放課後の予定を廉さんに何も伝えていませんでした。
少しだけ、申し訳ない気持ちになります。
『はい。今日は少し用があって』
『そうか。雪降ってるから、気をつけて』
そんな絵文字も顔文字もない文章なのに、私は自然と頬が緩むのを感じていました。
廉さんの言葉からはいつも、文面だけで彼の思いやりが伝わってくるようで、私はそんな彼の言葉が大好きなのでした。
「……よし」
気合を入れ直して、もう一度お店を巡ります。
今度は見逃しがないように、人混みに負けずにグイグイと。
……あっ。
「チョコレートタルト、美味しいですよー!」
タルト……!
駆け寄ってガラスケースの中を見ると、チョコレートのタルト以外にもたくさんのフルーツタルトが並んでいました。
これだけ種類があれば、廉さんが気にいるものもきっとあるはずです。
幸い試食もやっていたので、数種類のタルトを自分で食べてみました。
お店の方も、私のしつこい試食を快く許してくれました。
「アップル、オレンジ……エッグタルトと」
あとひとつくらい、何か買っておいた方がいい気がします。
あ、そうです。
最後は一応、チョコレートタルトにしましょう。
もし本当に廉さんがチョコ嫌いなら、私が食べても良いですし。
万が一、実はチョコレートが好きだったとしたら、バレンタインらしさも出ますし。
「はい、それじゃあ四種類ひとつずつで、1800円です」
会計を終えて可愛らしい箱を受け取り、人混みからなんとか抜け出します。
少し買いすぎたかもしれませんが、冷蔵すれば明日まではもつとのことでした。
2日に分けて食べてもらえば平気でしょう。
ショッピングモールを出ると、廉さんの言う通り雪が降っていました。
マフラーと耳当てをして、折り畳み傘を差します。
辺りはすっかり暗くて、スマートフォンの懐中電灯で足元を照らしながら歩きました。
廉さん、喜んでくれるといいのですが。
そんなことを思っていると、自然と早足になって帰り道はあっという間でした。
こんな気持ちになるあたり、私は自分で思っているよりもよっぽど、廉さんに入れ込んでいるのかもしれません。
◆ ◆ ◆
「おかえり」
「はい。ただいま帰りました」
帰宅時間の目安と「会いたい」という旨をあらかじめ伝えると、廉さんは私を直接部屋に迎えてくれました。
ドアを開けて私を見るなり、廉さんはタオルで私の肩や背中を拭き、雪を払ってくれます。
彼が、私が持っていた袋をチラリと見ました。
「バレンタインの贈り物です」
「おおっ……ありがとな」
廉さんは私から鞄と袋を受け取って、先にリビングへ。
私は喉が渇いていたので、飲み物を貰おうと廉さんの方に一声かけました。
「お茶、いただきますね」
「えっ? あ、おいっ!」
慌てたような廉さんの声。
そんな反応を予想していなかった私は、その勢いのまま冷蔵庫を開けてしまいました。
「……おや」
冷蔵庫の中には、普段見慣れない、けれどなぜか見覚えのある箱が、ぽんと置かれていました。
これは……。
「ま、まあ……こっちも、バレンタインの……」
「えっ」
廉さんは照れたように顔を逸らしながら、頬を掻いていました。
「いや、なんだ……。調べてみたらバレンタインって、逆チョコとかいうのもあるらしくて……」
「……」
「それで……まあ、貰うだけじゃアレだし……なんか、交換できればいいなって……」
「……来月にホワイトデーがあるじゃないですか」
「そうなんだけどさ……でも、いつも感謝してるし、いい機会だから……」
……ああ。
この人は、どうしてそう……。
「……ホワイトデーは、また別のもの渡すよ。今回は急に思いついたからお菓子だけど、来月は何か欲しい物あるなら」
「廉さん」
気づけば私は、冷蔵庫も開けたまま、思いっきり廉さんに抱きついてしまっていました。
もうなんだか、愛しくて愛しくて、お菓子よりも彼の言葉と、表情が嬉しくて。
「廉さん。好きです。大好き。もう。ホントに好き」
「お、おいっ! なんだよ急に!」
「だって、好きなんです。あなたはどうしてそんなに、ああもう」
困ったように固まる廉さんにはお構いなしに、私は彼の胸に頬をくっつけました。
少し早まった鼓動と彼の息遣いに、ますます愛しさが募るようでした。
廉さん。
不器用で、でも本当に優しくて、可愛い、私の廉さん。
「こらー……。動けないだろ……」
「いいんです、動かなくて。どこにも行っちゃダメです」
「いや、そういうことじゃなくて……」
そんなことを言いながら、廉さんは私の背中に手を回して、別の手で髪を撫でてくれました。
雪で冷えていた身体が、じんわりと暖かくなるようでした。
しばらくそのままでいると、廉さんがポンポンと私の頭を優しく叩きます。
きっと、いったんおしまい、という合図なのだと思います。
素直に離れて、いつの間にか閉められていた冷蔵庫のドアを、再び二人で開きました。
ところで、私にはひとつだけ、気になっていたことがありました。
「廉さんは何を買ってくれたんですか?」
「あ、ああ。たぶん、チョコレートをくれると思ったから、違うやつにした」
言いながら、廉さんは冷蔵庫から箱を取り出して、リビングまで移動しました。
彼の左手を放さずにいる私を、廉さんは嫌がらずに引っ張ってくれます。
廉さんは自分の箱を、私の持ってきた袋の横に置きました。
ああ、やっぱり。
どうやら、鈍い廉さんも気がついたようでした。
「もしかして……理華もタルトか……?」
「はい。駅前のショッピングモールで、今日」
「……俺はそこで昨日」
私たちはお互いに呆れたような笑みを浮かべながら、ゆっくり二つの箱を開けました。
「……なんで種類まで全部一緒なんだよ」
「それはこちらのセリフです」
エッグタルト、チョコレート、アップル、オレンジ。
全種類、2つずつになってしまいました。
相変わらずというか、私たちらしいというか。
「いや、だって試食したらこの3つが美味かったんだよ。でもバレンタインだし、一応チョコはあった方がいいかなって……」
「私も全く、同じことを考えていました」
「マジか……」
廉さんが肩をすくめ、私の箱の方を冷蔵庫に入れに行きました。
こちらは買ったのが今日なので、日持ちを考えると明日に回すべきでしょう。
「なんであえてタルトなんだよ……」
「夏目さんが、廉さんはチョコレートが嫌いだったはずだ、と」
「恭弥かよ……あいつめ」
「違うんですか?」
「いや、合ってる。でもあいつ、よくもまあそんなこと覚えてるなぁ……」
「さすがですね。まあ、今回は裏目に出てしまいましたが」
そんなことを話しながら、私たちは4つのタルトを2つずつ分けました。
同じものを買った、という出来事にこそ呆れはしましたが、大した問題ではないのも事実でした。
「……うまっ」
「美味しいですね。やっぱりチョコレートより良かったのでは」
「しかもこれが、4つずつあるのか」
「ふふ。贅沢なバレンタインですね」
他愛無いことを話しながら食べていると、タルトはすぐに無くなってしまいました。
名残惜しいですが、明日にはまた2つずつ食べられます。
明日は紅茶でも入れようか、と考えていると不意に廉さんが言いました。
「一応言っとくけど、ホワイトデーは何もくれなくていいからな」
「えぇー。どうしてですか」
「今回は俺が勝手に渡しただけだし、それに、またこんなことになったらアレだろ」
「いいじゃないですか。私だって廉さんに何かあげたいのに」
「いいって」
「いやです。私がそうしたいんですから、廉さんに止められる筋合いはありません」
「ま、まあ……そうだけどさ」
廉さんは観念したのか、ふぅっとひとつ息を吐いて、それでも嬉しそうに、頬を緩めました。
彼のこういう顔が、また見られるなら。
何か特別な日じゃなくても、贈り物をしても良いなあ、なんて思うのでした。
「……ホワイトデーは、相談してから買うもの決めような」
「それは……まあ、そうですね」
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