第9話 メガルハ

「美味い!」

「ありがとうございます!」


 あたいは素直に喜んで、メガルハさんはあたいの出したご飯(パンとお芋と羊肉!)をものすごい勢いで食べる。関係の無いことだけれど、メガルハって名前、すごいかっこいいと思うわ!


 だけど、そのメガルハさんの向かいに座るお師匠様は、どこか難しい顔をしている。なんでだろう?


「それにしても、あんたらもこんな森の奥に住んでて大変じゃねえのか?」

「……ええ、祖父の世代からこのような暮らしをしております」

「へえ……」


 何気なしに訊いて、適当に頷いて、メガルハさんは再び食事に手をつける。そしてまたキョロキョロして、


「にしてもすっげぇ本棚だな! 分厚いよくわかんねぇ本だらけだ」

「私たちにも読めない不思議な本を祖父がよく買ってきましてね。おかげで処分に困っていますよ」

「そうかそうか! はっはっは!」


 メガルハさんは愉快そうに笑って、お師匠様も微笑で応えた。なんら変哲のない会話だ。


「しっかし、森の浅い所まではしつこく追ってきた兵隊どもも来ねぇな。……不思議なこともあるもんだ。なあなあ、知ってるか?」


 けれど、あたいは気づいてしまった。


「この森。魔法使いが出るって噂なんだ」


 メガルハさんの眼の色が鋭くなった。お師匠様の気難しい顔が消滅した。


 ……メガルハさんは、ただ兵隊から追われているだけの貴族ではない。あたいも唾を飲み込む。


 メガルハさんはさりげなく首を回す。そして興味の引かれるものを見つけ、行儀悪くフォークで指した。


「なんか見慣れねぇ瓶……試験管? が、あるが、ありゃなんだ?」

「あれは薬草を調合して制作している薬です。私たちは祖父の代からこうして森の奥で薬を作り、それを生業として生活しています」

「ほーん……」


 お師匠様は至って冷静に、説明口調で淡々と述べる。それに対しメガルハさんは兎に襲いかかる狼のように眼をギラギラと光らせる。


 風呂を浴び、ご飯を食べたメガルハさんはあの転がり込んできた時の哀れな様子とは打って変わって、獲物を探しているようだ。


 あたいは息が詰まる気持ちで台所から眺めていた。ーーこの人たちは、あたいのわからないところで戦っているんだ。それを僅かに感じ取りながら。


 お互いがお互いに自らの詳細をあらわにしないようにし、メガルハさんは探り、レーザお師匠様は至って普通に、常人の振りをしてそれとなく答える。


 ふとお師匠様の言っていたことが頭をよぎる。


『人間とあまり関わってはいけない』


 その意味を、あたいはあまりにも知らなすぎた。今になってわかる。ジャンたちは“特別”なのだ。だから勘違いしていたのだ……。


 メガルハさんのような人間がいるのだ。あたいたちを魔法使いだと誤解した人間が。


 あたいはこの場に居てはいけない。余計なことを喋ってしまうかも知れないから。


「お師匠様。あたいちょっと散歩に行ってくるわ」


 あたいはそろりと立ち上がって、精一杯の笑顔を作って玄関の扉に手をかけ


「そりゃなんのお師匠様だ?」


 ーー心臓が止まって、すぐ動き出したような大きな高鳴り。あたいの肋骨を突き破らんとするほどの鼓動が骨から耳を支配する。


 どうしよう。やっちゃった。墓穴を掘らないようにって、考えてたのにーー


「薬の調合に関しては、師弟の関係としております。武道にもあるでしょう? 親が師、子が弟子というのが」

「ああ、なるほどな」

「ヨイヒ。行ってらっしゃい。私がご飯を作るまで、どこかで遊んでくるといい」

「は、はい」


 恐る恐るあたいは扉の外に出た。


 お師匠様のフォローがなければ、あたいは立ちすくんだままだっただろう。本当にお師匠様はすごい。あたいだったらおろおろしてしまう。


 あたいは家から少し離れてから振り返る。


 あたいは手を胸の前で組んで、祈る。


「お師匠様に、何も悪いことが起こりませんように」


 あたいは踵を返して、立ち去るように家から離れた。お師匠様の安心させるような笑顔を思い出して、この心配が杞憂であると信じて。


 その後、兵隊さんたちが来たのは、見ていなかった。

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