第8話 転がり込んできた男
「できた~!!!」
あたいは削って研磨も終えた一本のクリーム色の木の棒――もとい四代目あたいの杖を掲げる!
家の裏手、切り株の並ぶ裏庭で黙々と素材を削ること半日ぐらい。あたいは満面の笑みを浮かべて切り株から飛び上がる。
大変だったわ……。杖が壊れてるのお師匠様知らなかったからお師匠様が取ってくれるのかと思ったら、「これも修行だ」なんて真面目な顔でボロボロの二代目持たされて森に出されたの! 結局三日もかかっちゃったわ。あたいの駄々も三日しかもたなかった……。
一回目と同じ方法は味気ないから、狼を退治した時みたいに個数と魔法の性質を決める難しい詠唱でなんとか勝ったわ! ……まあ、二代目もお亡くなりになっちゃったけど。お墓を作って庭に埋めてある!
でも、そうして今は二本の杖を代償に新しい四代目、それも自分で魔物を倒して素材を得て作った新生あたいの杖ができたの!
あたいは嬉しくてぴょんぴょんする。それを微笑ましい表情で見ながらお師匠様が腰掛けていた切り株から立ち上がった。
「よし、それでは昼食にしよう。少し時間がかかってしまったな」
「はい!」
朝から大事に大事に作っていたからすっかりお日様は頂点を過ぎていて、あたいの腹の虫も自然となり出す。
結局はあたいが作るんだし、お師匠様より先に味見でもしちゃおうかしら。自分へのご褒美みたいなものよね。
そうしてあたいたちはツルが壁を這う家の中に入り、お師匠様は魔導書を手にソファに沈み込み、あたいは調理のために台所に立つ。冷気漂う地下の倉庫に降りて野菜とお肉とパンとドレッシングとを取って来る。
野菜は木皿に盛り付ける。火の魔導石のコンロに火を付けて、丸い小さめのパンに軽くフライパンで焦げ目を付けて、そのあとに肉を焼く。よく見てなかったけど鶏肉みたい。こんがり焼けた鶏肉に塩をまぶしたのをパンの隣に添えて完成。今回は調味料を間違えなかったわ!
無事に完成した昼食に舌鼓を打って、そうしたら午後からはあたいは前に使った分の薬草の補充のために台所で調合を始める。
試験管と、すり鉢と、コンロ。作り方が記された魔導書を開いてあたいは慎重に調合を進める。
そうして、五つほどの薬草を紙に包んで、さあもうひとつと気合いを入れた時だった。
――ドン!
「ひゃぁっ?!」
上機嫌だったところに突如響き渡ったドアを叩く音に、あたいは間抜けな悲鳴をあげて手にしていた試験管を取り落とした。
――パリンッ。
「ああっ!」
折角作ったのに……。
そんなことを思ってしょんぼりと肩を落とす暇は無い。焦ってリビングにいるお師匠様を見ると、お師匠様は人差し指を唇に当てた。……喋るなってこと?
『物音を立てるな』
突然頭の中に文章が浮かび上がる。お師匠様の魔法だ。あたいはこくりと頷いた。
心臓が高鳴るのを感じながら、あたいは死角になって見えない玄関のある方へ視線を向けた。
まさか、人間がやって来たのだろうか。しかしこの家は深い森の奥にあって、ここを訪れた人間は一人たりともいない。なら、もしかして昨日の村の人……?
そう静かに考えている間にも、扉を叩く音は止まない。
と、ついに声がした。
「だ、誰かいないか?! た、助けてくれっ! 罪もないのに追われてるんだ! 匿ってくれ!」
罪もないのに追われているーー?
あたいは、お師匠様を再度見る。すると、お師匠様がゆっくりと頷いた。
そして、あたいは立ち上がって扉に近づいていく。
「今開けます!」
あたいが鍵を開けると、その瞬間扉を破る勢いで薄汚れた男が転がりこんだ。そしてすぐにあたいは扉を閉め鍵をかける。
「た、助かった! ありがとう!」
その男は貴族だろう。しかし汚い服装の男だった。
元は豪華な模様が施されてあっただろう服は元の赤色がくすみ、泥と砂、そして木の葉で汚れ、顔もげっそりとやつれている。輝くような金髪も、見る影もない。
「へ、兵隊どもが去ったらさっさと出ていくから、ちょっとだけ頼む」
男はぜぇぜぇと息を切らして、両腕を床につけて懇願するようにこちらを――お師匠様を見つめている。お師匠様は答えた。
「ああ、そうか」
あたいは二人が話している間にいそいそと割れた試験管の破片を集めて革袋の中にまとめる。ガラスの破片を扱う緊張感から解放されてふうと一息ついていると、お師匠様が、
「ヒ……ごほん。ヨイヒ。お風呂をわかしなさい」
「ふぇ? あ、はい!」
なんで沸かすんだろう。お師匠様、こんな昼間からお風呂?
とも思ったが、そうではないようで。
「よければ、お風呂とご飯でもご馳走しましょうか?」
「ほんとか! ありがてぇこった! じゃあお言葉に甘えさせてもらうぜ!」
男がぱっと顔を明るくした。
「俺はメガルハっていう! ほんのちょっとだけお邪魔させてもらうな!」
「ええ、お気になさらず。私は……」
と、そこでレーザと名乗らずにお師匠様が少し考えた。
「……私はザーレと申します。あちらは娘のヨイヒです」
ヨイヒ? なんでそんな偽名を……。
「よ、ヨイヒです!」
ともかくお師匠様が言うのなら、とあたいは口早に名乗る。でも、なんで?
「おう! ザーレとヨイヒな! いつかこの恩は返すぜ!」
その言葉に、お師匠様は苦い顔をした。
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