第6話 良い人たち

 その後、お師匠様たちがやって来て、ちゃんとした薬草――あたいが使ったのは解毒用だったみたい。危なかったわ!――を使ってくれて、ジャンがあたいに対して悪戯の反撃してきたり、狼さんの牙が赤く濡れてたのは仲間の返り血だったこととか全部がすっきりした。


 あたいはまたお師匠様の後ろについて、リュックの中にわずかに残った薬を改めて必要な人に配ったり使い方を教えたりした。


 そうして平穏な日常がようやく戻ってきた時、空はすでにオレンジ色。奥からあたいの髪色と同じの青い空が近づいていた。


 そろそろ帰ろうかとお師匠様たちと顔を見合わせていると、そこにジャンがやって来て、


「じっちゃんが魔法を見せてもらいたいらしいんだけど……」


 とあたいに耳打ちしてきて、あたいが別に必要ないけど声を潜めてとジャンの言ったことを伝えると、お師匠様は笑ってルトンさんの家の方へ向かって行った。お師匠様もルトンさんも可愛いところがあるわね!


 ルトンさんの家に入ると、なんだか不思議な安心感に、あたいは大きく息を吐いた。なんだかとっても疲れちゃった。ルトンさんの家の匂いはなんだか心を落ち着かせてくれる匂いだ。


 先に帰っていたルトンさんが笑って出てきた。


「すみませんのぅ。どうしても魔法とやらが見たくての。戦っている最中は、周りに気が配れんのじゃ」

「わかりますよ。集中してしまいますからね。……では、少しだけお邪魔しましょうか」


 それから、しばらくお師匠様とルトンさんは話していた。あたいもジャンと年が近いからか、ジャンとの会話がよく弾んだ。ちなみにジャンは十二歳。あたいより一個だけ年上らしいわ。


「それにしても、本当にジャンのおじいちゃんは元気ね」

「そうなんだよな。あれでももう八十歳ぐらいなのに、ちょっと前まで現役で戦ってたんだぜ?」

「すごい!」

「だから、最近はじっちゃんは不死身なんじゃないかって思ってる」


 そう冗談を言ってジャンは笑った。あたいも一緒に笑う。そしてふとルトンさんの方を見ると、視線に気づいてにこりと微笑んで、それからお師匠様とまた話し出した。あたいの話をしているのかな?


 せっかくだしお師匠様の話もしよっかな。


「お師匠様もすごいのよ! いつかお師匠様の本気を見てみたいわ」

「へぇ。今日でも十分すごかったけどな。……本気、か」


 呟いたジャンの視線はルトンさんに向けられている。ルトンさんはジャンにとって、あたいにとってのお師匠様みたいな立場なのかもしれない、なんて想像したら格好良いね!


 ジャンの横顔はとても誇らしげで、あたいは自然と笑顔になる。


「そういえば、ジャンのお父さんは何をしてるの?」


 ふとなんの気なしに訊いてみたくなって訊いた。


「……とっちゃんは、なんかしてる」


 そう言うジャンの顔は、先ほどまでの笑顔ではない、複雑な沈んだ表情で――


「ジャン、ジャンよ! 見てみぃほれ!」

「おおおお! すげぇぇぇ!」


 ルトンさんが興奮してジャンを呼んだ。って、混属魔法?! お、お師匠様も大盤振る舞いね……。七色に光る魔法の炎を前にして、ルトンさんとジャンは目を輝かせていた。無邪気な少年二人を見ている気分。ちなみにお師匠様はなんでもないような顔をしているけれど、あれは照れ隠しの表情ね。あたいにはわかるわ。


 あたいもお師匠様の隣に行く。


「すごいのぉ! いったいどうやっとるんじゃ、それ」

「私たちには精霊の生み出す魔力の流れが感じられます。それに干渉してこうして魔法として具現化させているのです」

「なるほどのう! わしも賢者を目指せば良かったか!」

「じっちゃんはもう十分強いからいいよ……」


 半ば呆れた表情でジャンが言うと、ルトンさんはジャンよりも輝いた瞳で、


「何を言っておるんじゃ! ロマンじゃろ、ロマン! ジャンにはわからんのか!」

「いや、わかるよ! わかるけど……ま、眩しい!」


 ジャンがルトンさんに向けて陽を見るように目を細めて顔を覆った。あたいはそのやりとりに笑う。お師匠様も小さな声で笑っていた。


 そしてあたいたちはまたいろいろなことを話したりして、ふと窓の外を見やればすっかり真っ暗。


「長く喋りましたね。それでは、私たちはそろそろ」


 お師匠様が立ち上がるのと同時に、あたいも横に並ぶ。


「そうですかい。老獪に楽しい小話をどうも。ほら! ジャンよ! 立て!」

「はい!」


 そして、急にジャンとルトンさんがびしっと背筋をただし、手を体の横につけてーー


「本日は! 我が孫ジャンを助け、楽しい話をしていただき!」


 二人は大きく息を吸う。


「「ありがとうございました!」」


 今日一番の声量で、感謝を述べた。


 最初から最後まで元気で楽しい人達だな。と、あたいは思う。思えば、あたいが人間と関わるのも、大小合わせてこれで七回目ぐらいだ。……ほとんどはお師匠様の隣でこそこそしてただけだけれど。


 あたいの隣でお師匠様がおしとやかに、


「私たちの方こそ、楽しいひと時をありがとうございました」

「お師匠様、そうじゃないでしょ!」


 もう、空気が読めてないなぁ!


 あたいは、お師匠様を肘で突いて笑う。そして、お師匠様にもわかるように大きく息を吸うと、少し微笑んで、お師匠様も息を吸った。


「本日は! 私たちを家に招いていただき」


「「ありがとうございました!」」


 ジャンたちにも負けない声量で、頭を下げて、誠心誠意感謝を述べる。

 そして顔を上げると、満面の笑みのルトンさんと目が合った。


「元気でええのお。修行、頑張りなさい」

「ーーっ!」


 その言葉に、あたいは今まで感じたことの無いものを感じた。それはーー


「はい!」


 応援なんて、初めてされたから。


 それを見て、お師匠様がどこか嬉しそうだった。お師匠様、今日は一段と明るい。


 今日は、いろんな意味で忘れられない日だ。

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