第3話 少年 ジャン

 声の発された場所に向かうと、大きめのかぼちゃよりも一回り大きい蜂が少年を追いかけていた。


「お師匠様!」

「ああ」

「あたいがやりますっ! ウィンド・カッター!」


 さっきトレントに向かって打った魔法よりもちょっとだけ集中力が必要な強い魔法を蜂に向けて放つと、吸い込まれるようにしてその羽に命中した。


「やった! 当たりましたよ!」

「そうみたいだが、な」


 お師匠様が指を指す方向を見ると、蜂は少し怯んで標的をあたいたちに向けただけで、ピンピンしていた。あたいの魔法弱すぎ……?!


「に、逃げます!」

「はぁ……。お前には、もっと真面目に勉強をしてもらわないとな。あのでかい蜂の羽は硬いんだ」


 そう言ってお師匠様が杖も使わずに手を振っただけで魔法を発生させる。


 ビュウンッ!


 無詠唱で杖もなく放たれたのはあたいが使ったのと同じ魔法。それが、蜂のお腹に当たって、真っ二つ。


「きちんと腹部を狙うようにと言っただろう」

「は、はい……。でもその倒し方怖いからやめます!」


 ちょっとグロテスクだったわ……。思い出してうっぷうっぷとしているうちに、お師匠様は地面にへたりこむ少年のところへ。


「君、大丈夫か?」

「あ、えーーっ!」


 お師匠様が立てるかと手を差し出すと、少年は困惑気味に後ずさり、そして右手を小さな悲鳴と一緒に隠した。


 もちろんお師匠様はそれを見逃さない。右腕を掴む。


「……蜂に刺されたのか」


 あらわになったのは紫に腫れた右腕。さっきあたいが見た蜂のお腹の中と同じぐらいにグロテスクだ。


 あたいもおどおどしていると、お師匠様がリュックを手渡して、


「ヒヨ。薬草の包とナイフを」

「はいっ」


 あたいはリュックの中をまさぐって目的のものを探し当て、お師匠様に手渡す。


 ナイフを最初に受け取ったお師匠様は少年の方を向く。


「少し痛いがーー」

「やめろ!」


 少年が治療をしようとしたお師匠様を突き飛ばした。


 かっとなってあたいは口を開く。


「ちょっと! あんた」

「……ナイフは怖いか」


 あたいが前に出るのをお師匠様が手で止めて、かわりに優しく問いかける。しかし少年の目から警戒の色は消えない。


 少年はお師匠様の言葉に答えずに喚く。


「とうちゃんが言ってた! 使だって!」


 その言葉に、お師匠様の周りの雰囲気が凍ったような気がした。


「……それは、どうしてかな?」


 少し冷たく少年の右手を握りながらお師匠様が尋ねる。


「なんか、昔、悪いことをしたから、って……」

「ああ、あれのことか。……それは俺には無関係だな」

「うわっ?!」


 少年の体が見えない力によって地面に大の字で貼り付けられる。


 そしてお師匠様はちょっと怖い顔で右手側にしゃがみこんで。


「それで、俺はこの毒を治せばいいのだろうか?」

「ひっーーお、お願いします!」

「……仕方がない。少し痛むぞ」


 と、言いつつも本当は最初っから治してあげるつもりだったのよね。


 お師匠様がまず腕に青い薬草の汁を塗って、それからナイフで薄く切れ目を入れていく。少年は必死に声を我慢しているようで、奥歯を噛んでいる。


 傷口に赤い薬草の葉が混ざった汁を塗り込んで、その上から包帯を巻いて治療はおしまい。


「これで良いだろう。しばらくは痛くて動きは不便だろうが、我慢するんだな」

「お、おう……。あ、ありがとう」


 見えない力から解放されて、少年はおっかなびっくり自分の太くなった白い前腕をしげしげと見る。


 それから、思い出したようにお師匠様とあたいの方を向いて。


「なあなあ、あんたらって、良い魔法使いなのか?」

「いい加減その魔法使いという呼び名はやめてもらおう。俺たちは“賢者”だ」

「賢者……あ、じっちゃんが言ってた」


 思い出したというように少年は笑顔になる。そして、あたいたちの前に立って、


「良かったらお礼させてくれよ! じっちゃんが賢者の話をよくしてくれるんだ! うちに来ないか?」

「ふむ」


 お師匠様が考えるように遠くを見る。その視界になるべく入るようにぴょんぴょんあたいは跳ねる。


「お師匠様! 折角だし行きたいわ! あたい、あんまり人と喋ったことないし!」


 あたいの言葉に、尚更お師匠様は悩み顔になって、うんうんと小さい声で呻いている。なんでそんなに迷ってるんだろう?


 しばしの時間が空いて。


「……せっかくだ。世話になろう」

「よしっ! それじゃ、ついてきてくれ!」


 さっきまでとは打って変わって上機嫌な少年の後ろについて、あたいたちは歩き始める。


 少年は新緑のつんつんした髪をしている。目は勇ましくつり上がっていて、口元からは無邪気な笑みが零れている。身長はあたいよりも一回り大きい。


 その少年が眩しい笑みで振り向く。


「俺の名前はジャンだ! あんたらは?」

「あたいはヒヨ! こっちはお師匠様のレーザ師匠よ!」

「そうか! へへっ、じっちゃん驚くだろうなぁ」


 ジャンは本当に楽しそうで、すぐに駆け出してしまいそうだ。そう思うあたいも楽しみで走り出しそうなんだけど!


 最後にちらっとお師匠様の顔を伺う。さっきの悩み顔は消え去って、穏やかな微笑みを浮かべてた。

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