第6話焼き鳥の話

焼き鳥、と聞けば赤ちょうちんでモクモクと香ばしい匂いを漂わせ、人を誘う。そうした店が多いが私の原体験はもっと違う。


商店街の一角に出店で焼き鳥を焼く。煙が商店街なので抜けきれず、周囲に漂うが、他の店は苦情も言わない。初老の男が一人、店を切り盛りする。


皮、30円


モモ50円


ネギマ60円


ビール200円


チューハイ190円


これのみである。テーブルも何もない。客は会計をその都度支払う。小銭を触った手でそのまま串を持つ。今では苦情の一つでも出ようが当時は誰も何も言わない。子供の客でも差別しない。その焼き鳥屋を囲むようにして輪が出来て、通行するおばちゃんが文句を言うか、自転車の鈴をヒステリックに鳴らして客をどける。僕の焼き鳥屋とはこれが原風景なのだ。


お洒落な内装も、珍しい部位の焼き鳥も要らない。安い、早い、文句が無い。それを僕は求めている。しかし店主が死んでからは何時も漂っていた焼き鳥の匂いは二度としなかった。

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