収穫の時

「それで、どれ位の時間で戻って来ますか?」


 ノクスは息を整えながらスクートゥムに質問する。


「……そうですね、ノクスさんの魔法が腹に命中していました。あの怪我だと直ぐにでもエネルギーを補給して回復したいはずです。多分直ぐに戻ってくるでしょう」


 今更ながらスクートゥムの存在を、有り難く感じるノクスとミレ。もしもアロガンスと三人だったら、命は無かったかもしれないと考える。


 ノクスは息を整え、直ぐに戦闘態勢に入る。スクートゥムとミレは少しバロメッツの木から離れ、スクートゥムがミレを護るように位置を取る。


 森の影から、淡い光と共にバロメッツの羊が戻ってきた。先程のような速度は無く、これならば多少長い詠唱でも唱えられると考えるノクス。


ずめ、切り裂け! 風の……』


 ノクスは羊の姿に詠唱を止め、横に飛び退いて突進をかわす。


 先程とは違い、脚は枯れ、毛は項垂うなだれている。金色の目には光が無く、角は酷くしぼんでいた。


「スクートゥムさん! バロメッツの角が枯れたように見えます!」

 

 ミレを護り盾を構えるスクートゥムに叫び、質問するノクス。


「そうです! エネルギーが切れて今は枯れた状態です、やるなら今しかありません!!」


 枯れた羊はノクスを無視して親木の元へ歩いて行く。


「しかしあの状態の角に効果はあるのでしょうか!?」


 尚も質問するノクス。


「確かにエネルギーは少ないですが、それでも充分希少な素材です! 回復される前に早く!」


「……エネルギーが少ない。では回復すれば元の状態に戻るのですか? もしそうなら私に作戦があります!」


 ノクスは少しでも希少で少しでも状態の良い角が欲しかった。見るからに萎んで枯れた角では無く、光輝く太い角を。


 ノクスとスクートゥムが会話している間にバロメッツの羊は親木にたどり着き、その木に生える葉を食べ始めている。


「作戦!? 通常バロメッツの羊は枯れて弱った状態で倒します! 回復するのを待つなんてありえない!! 良いから早く攻撃して下さい!」


 訳が分からないスクートゥム。素材を何に使うのか聞いていなかった為、売るのだと思っていた。それならば枯れた状態でも充分な値段で売れる。命をかけてまで羊を回復させることが理解出来なかった。


「ノクスさんこうげっ」


 ミレに肩を叩かれ言葉が止まるスクートゥム。振り返るとミレが悟ったような顔で告げる。


「意味が分からないでしょう。弟子の行動は考えてもダメなんです、ああなったら言うことを聞きません諦めて下さい。いざとなったら私がドカンとやっちゃいますから!」


 親指を立て強気な発言でスクートゥムを説得するミレ。


「しかしあれはまだ産まれたての……。分かりました、その時はお願いします」


 バロメッツの羊は今はまだ赤ん坊の状態だった。親木から栄養を取り込むたびに強く早くなる羊。そうなればもう倒す手立ては無い。別の実と交わり根を張るのを待つしか手立てが無くなる。スクートゥムがミレと会話している間も、羊は葉を食べ見る見る大きくなり回復していく。


 ノクスは集中して詠唱を唱える。


『命の土よ、支える大地よ! 立ち塞がる壁となり私に活路を示したまえっ! 大地の壁フムス・パリエース!』


 地面が揺れ、バロメッツの木を中心に壁がせり上がってくる。高さは十メートルを超え厚みが三メートルはある強固な壁。それはノクスとバロメッツの羊とをつなぐ一本の道になる。


「さぁ、コレであなたも私も逃げ場は無くなりました。最後の勝負です!」


 杖を構え詠唱を始めるノクス。羊もまたノクスの方へ角を向け一歩踏み出す。


ずめ、切り裂け! 風の刃ウェンディウス!!』


 ノクスは前方へ向け魔法を放つ。杖の先から全てを切り裂く風の刃が出た時、目の前にはバロメッツの羊のひたいがあった。


 ノクスの左右をバロメッツの羊の右半身と左半身が駆けていく。その真ん中に立つノクスは吹き抜ける風に身体が飛ばされそうになる。もしも直撃していたならば、ノクスの命はそこで尽きていただろう。


 ガタガタと震え、その場にへたり込むノクス。集中が切れると同時に魔法が解除され、大地の壁は元に戻る。


 ノクスの瞳には駆け寄るミレの姿が映っていた。


「ノクス!! 生きてるのっ!?」


 ミレはノクスに飛びつき、強く抱きしめる。


「はい、師匠。どうやら無事のようです」


 力なく笑うノクス。スクートゥムの前で抱き合うのはマズイと感じミレを引き剥がす言葉をかける。


「師匠、胸が当たっています」


 あまり大きくは無いミレの胸。本当は当たっているか分からなかったが、そう言えばどうミレが反応するかは分かっていた。


「!!?」


 ノクスを押し退け立ち上がるミレ。思わず抱きついたことが恥ずかしくなり、誤魔化そうと悪態をつく。


「バカっ! あんたってほんっと意味が分からない、この珍生物! 危険な方を選ぶなんてすっごいドエムだし、それに若い女には興味無いって言ったくせに! 言ったくせに、このヘンターーーーーイッ!!!」


 暗い暗いミュルクヴィズ森に、ミレの叫び声が響き渡る。

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