進む道、歩む友


「これは凄い……」


 スクートゥムはバロメッツの羊の死体を眺めてつぶやく。全身を包む緑色の毛は青々としており、開かれたまぶたからは、今もなお宝石の様に光る瞳があった。


 ノクスも立ち上がり、真っ二つになった羊に近付く。


「スクートゥムさん、素材の状態はどうですか?」


 ノクスは切断にしたことにより、バロメッツの羊が先程のように枯れていないか心配していた。


「……はい。こんな状態の良い死体は初めて見ました。バロメッツの羊はこの角にエネルギーを蓄えます、葉からエネルギーを吸収して直ぐに倒したことで、その力は失われることなく角に蓄積されています」


 スクートゥムは角を指差し、説明する。そこには白く発光する渦巻いた力強い角があった。


「お疲れでしょうが、素材を剥ぎ取ってしまいましょう」


 スクートゥムはナイフを取り出し、器用に皮ごと剥いで行く。ノクスも二本の角を魔法で丁寧に剥ぎ取る。


「ノクスさん、この瞳も素材として希少価値が高い、どうぞ持って帰って下さい。私はこの羊毛を半分頂ければ充分です」


「いいえ、私達は角があれば充分です。羊毛も最初の取り決め通り、全てスクートゥムさんが納めて下さい」


「そう言う訳にはいきません、このバロメッツの羊を倒したのはノクスさんです。それにコレ程状態の良い素材なら数倍の値段で取引されます、半分でも貰いすぎですよ」


 お互いに素材を譲り合う二人、中々引き下がらないスクートゥムに更に言葉をかけようと口が開くノクス。ミレに力一杯足を踏まれて口が閉じる。


「あのね、私もちょっとは……、ほんの少し? ……いや全く役には立っていませんが、それでもココにいるんです! お二人が必要無いなら私がもらいます。学費だって貯めなきゃならないしっ!」


 ミレを無視して会話を進める二人に、ほんの少し腹を立てるミレ。


「勿論師匠は役に立っています。一緒にいてくれるだけで、私の想いは強くなります」


 魔法の威力の話しをするノクス。ノクスの話しを聞いた二人は、恥ずかしそうに顔を見合わせる。


「そうですね、ミレさんにも受け取る権利はあります。どうぞこの瞳と羊毛を受け取って下さい」


 向日葵ひまわりの笑顔で、素材を差し出すスクートゥム。


「えっ! その雑草みたいな毛は要らない。その宝石みたいな瞳だけ下さい!」


 スクートゥムの手からバロメッツの瞳だけを受け取るミレ。手には雑草呼ばわりされた希少な羊毛が残る。ミレは石のほうに硬くなった瞳を月明かりに照らし、嬉しそうに眺めていた。


「雑草ですか……、プッ! ハハッ、アハハハハハッ!」


 スクートゥムは命がけで手に入れた素材を雑草扱いされ、耐え切れずに笑い出す。ノクスもまた、ミレの行動が可笑しく、スクートゥムに釣られて笑い始めた。


 大笑いする二人をいぶかしげに眺めるミレ。


「なに二人して笑ってるのよ??」


 燦々さんさんと輝く太陽のように、陽気に笑い合う二人。月明かりがスポットライトのように二人を照らす。


 その笑顔を見て、ミレの心臓はトクンと脈を打つ。



♦︎♦︎♦︎



 三人は一晩バロメッツの木で過ごし、翌朝早くに出発した。


「昨日みたいに魔物が出ないわね?」


 僅かに出会う魔物も、ノクスが手早く倒していた。


「その角のおかげです。この森に住む魔物は、バロメッツの羊を恐れていますから」


 スクートゥムがミレの疑問に答える。


 三人は、安全な行程でその日の夕方には森を抜け出した。


「「あの」」


 ノクスとスクートゥムが同時に声を出す。


「スクートゥムさんからどうぞ」


 ノクスはスクートゥムに先を譲る。ノクスの性格を掴みかけていたスクートゥムは、先に話すことにした。


「では先に。お二人はこの後どちらに行かれるのですか? また別の素材を集めに?」


 スクートゥムは森からの帰り道、ノクス達が素材を集める旅をしていることを聞いていた。


「はい、次は牡牛おうしひづめを探しに行きます。出来れば希少な牡牛の素材です」


 『時と生命の考察』に書かれた次なる素材は牡牛の蹄だった。二足歩行で歩くミノタウロスの魔物がノクスの第一候補だ。


「牡牛で希少な……、ではワスティタースの都にまつられる牡牛おうしが良いかもしれませんね」


 スクートゥムは自身の知識から最も希少な牡牛の情報をノクスに伝える。


「その牡牛が歩いた後には水が生まれ、渇いた大地を潤すと言われています。砂漠の都であるワスティタースで、神のようにあがめられ、『アピス』の名で呼ばれています」


 ノクスはスクートゥムの話しを聞いてコレだと感じる。


「そのワスティタースへはどうやって行けば良いですか!?」


 ノクスはスクートゥムの両肩を掴み、場所を聞き出そうとする。


「落ち着いて下さい。私のお聞きしたかった話しにも繋がる内容なので、最後まで聞いて下さい」


 スクートゥムは優しい笑顔でノクスに話しかける。


「ノクスさんとミレさんが良ければ、私を護衛として雇うのではなく、仲間として連れて行ってはもらえないでしょうか?」


 スクートゥムは、二人のことを大層気に入っていた。


「勿論です! 私からの話しも全く同じ内容です! 今後も一緒に行動していただけるのならば、コレ程心強い味方はいない」


 ノクスはスクートゥムの申し出を喜ぶ。


「私も賛成。スクートゥムさんは一緒にいて楽しいし、頼りにもなる。何より私一人じゃ弟子を上手くコントロールできないもん」


 ミレはノクスの肩を叩き、視線で合図を送る。ノクスとミレは一緒に頭を下げてスクートゥムにお願いする。


「コレからも、よろしくお願いします!」


 スクートゥムも慌てて頭を下げ返す。


「いえいえそんな! こちらこそよろしくお願いします」


 バロメッツの角を手に入れ、ミュルクヴィズの森から無事抜け出し、次なる目的地と新たな仲間が出来た。


 三人はとても清々しい気持ちでアルクスの町へと帰っていく。


 北の門でノクスとミレを待つ、に鼻が曲がったアロガンスが帰りの旅費をくれと泣きついてくるまでは。

 

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