実りの時

 三人はバロメッツの木を前に、しばしの休息をとっていた。


「師匠、今のうちにお身体の汚れを取ってしまいましょう」


 ノクスは水の魔法と温風の魔法とを組み合わせて、ミレに付着した汚れを落としていく。十分程で綺麗になるミレ。


「ありがとう! ベタベタも無くなってサッパリしたわ」


 一日中森の中を歩き、最後は全力で逃げ回ったミレ。身体の汚れが落ちたことで、気力がわずかに回復する。


「この森で、そんなにキレイな状態な人は初めて見ました」


 スクートゥムが、二人のやり取りを見て笑っている。こうしてミュルクヴィズ森の中、バロメッツの木を前に笑ったことも初めての経験だ。


 三人は座って、遅い夕食をとる。流石にしっかりと準備する時間は無く、町から持ってきたドライフルーツやナッツの入ったパンを分け合って食べる。


「スクートゥムさん、バロメッツの羊と戦う際の注意点はありますか?」


 ノクスはパンを食べながら、スクートゥムに質問する。


「そうですね、素材が目当てなので炎系の魔法は控えて下さい。バロメッツの羊を倒すだけなら炎は有効ですが、それだと角も毛も燃えてしまいます」


 スクートゥムは護衛の報酬は五万テルで良いと言っていた。その代わりバロメッツの羊の毛はスクートゥムがもらう予定だ。


「それとバロメッツの羊はとにかく素早いです。力はあまり強くはありませんが、スピードに乗った体当たりは、直撃すれば大怪我では済みません。ですが一度止まったり曲ったりした後の体当たりは、私一人でも充分防ぐことは可能です」


 スクートゥムはノクスの方を向き、うなずく。


「攻撃は任せて下さい。スクートゥムさんは師匠の護衛に集中していただければ問題ありません」


「分かりました。初見で当てるのは難しいでしょうがお願いします。それとバロメッツの羊は状況が悪いと判断すれば直ぐに森へ逃げてしまいます。ですが実って直ぐの羊は、母体であるバロメッツの木からあまり遠くには逃げません。直ぐに引き返して戻ってきます」


 バロメッツの羊は言わば種である。別の場所にあるバロメッツの木の実と交わり、別の場所で根を張る。それまでは母体の木を中心に活動する為、親木を護り、親木の葉を食べエネルギーを補充する。


「一度離れ戻ってきた羊には、みのって直ぐ程の速度はありません。倒すならそこがチャンスです」


 スクートゥムに作戦を決めてもらい、戦いの準備を始める。


「ミレさん、状況が悪いと判断した時は迷わずに炎の魔法で焼き尽くして下さい。最悪バロメッツの木は此処だけではありませんので」


 まだ見ぬミレの魔法が、弟子であるノクス以上だと思っているスクートゥム。


「任せて下さい。その時はドカンといきます」


 強気なミレの発言に安堵するスクートゥム。


 準備は万全。



 メキメキと音が鳴り、バロメッツの木からその実が地面に落ちる。直径三メートルはある実からたねがその姿を表した。


 太い幹のように引き締まった四本の脚で堂々と立ち上がり、全身を緑の毛で覆い隠す。瞳は宝石のように輝き、金色の光を放っていた。真っ白な角が淡い光を帯び、月明かりに照らされるその姿は美しく、見る者の心を惑わせる。


「意識を集中して下さい! バロメッツの羊の姿には、見たものを惑わす効果があります! さぁ、来ますよっ!」


 バロメッツの羊はノクス達に気付き、角を前に向かってくる。一歩目はゆっくりと二歩目は素早く、三歩目は又ゆっくりと。


水刃すいじん!』


 ノクスはユラユラと進む羊に向け水の刃を飛ばす。当たったと思った瞬間にはノクスの目の前まで来ていた。スクートゥムがノクスの身体に肩を打つけ位置を入れ替える。手にした盾で突進を防ぎ、ノクスに叫ぶ。


「護るのはコレで最後です! 羊は緩急をつけて走る! タイミングを見誤らないで、魔法は横に移動しながら撃って下さい!!」


 スクートゥムは羊の攻撃をいなし、横に回転して逃げる。立ち上がりそのままミレの護衛についた。


「ありがとうございます!」


 ノクスは立ち上がりスクートゥムに礼を言う。確かに直撃すれば大怪我では済まなかっただろうと思い、汗が吹き出してくる。そこからは指示に従い、魔法を放ちながら円を描くように走り回るノクス。羊はその魔法を避け、時折ミレ達の方へ向かって突進するが、スクートゥムの盾によりいなされる。


 ノクスは羊の動きに慣れてくる。緩急の差で、魔法のように消えたり現れたりと見えていたが、実態は常にあった。ノクスは先回りするように魔法を放ち、とうとう羊の腹部に水刃の一撃が当たる。羊は一瞬ヨロヨロとした動きを見せたが、直ぐに立て直し、森の中へと逃げて行った。


「ノクスさん、大丈夫ですか?」


 スクートゥムはミレと共にノクスへ駆け寄る。二度ほど羊の攻撃がノクスに当たったように見えたからだ。


「はい、何とか直撃は避けることが出来ました」


 ノクスは肩で息をしながら無事を二人に伝えた。ひりつくような緊張感が、いまだ身体を包んでいる。

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