明るい笑顔と震える手

 新たな彼氏候補を護衛に引き入れ、ノクスは森に入る準備にいそしむ。翌日アルクスの北にある、その町で一番強固に作られた門にて三人は待ち合わせ、荷物を確認して出発する。


 空はあいにくの雨模様、ただでさえ薄暗い森の入り口が、より一層不気味に見えた。


 それは獲物を食べようと待ち構える大きな口のようで、その中で朽ち果てた人間は森の養分として吸収される。暗い喰らいミュルクヴィズの森。


 ノクス達三人の周りでは、複数のグループが森に入る準備をしている。どれも十人近いパーティーで、三人で入ろうとするノクス達を物珍しそうに見ていた。


「本当にみんな重装備で人数も多いわね」


 ミレは少しだけ怖気付いていた。ノクスとスクートゥムが居るとはいえ、二日前に出会った猪のような魔物が沢山いるのかと考えると、どうしても恐怖で手が震えてしまう。


 ミレの様子に気付き、自慢話を始めるスクートゥム。


「私はこの町で産まれました。この町で護衛の仕事をする父の背中を見て育ち、十五歳の時に初めてミュルクヴィズの森に入り、当時の仲間達と一緒に魔物と戦い、勝利しています。それから六年間、幾度と無く森に入り、幾度と無く生還しています。今では護衛に関してはこの町で一番の実力者だと自負しています」


 鉄で作られた胸当ての鎧いをコンコンっと叩くスクートゥム。


「見て下さい。そんな私ですが、この森に入る時は未だに手が震えます」


 スクートゥムは左のてのひらをミレに見せる。何千回と盾を握り、硬くなった掌。幾つもの傷があり、二十一歳とは思えない程使い込まれた掌。それが小刻みに震えていた。


「武者振るいではありません、怖いんです。魔物に大怪我を負わされたこともあります。道に迷い何日も彷徨さまよったこともあります。仲間の死も経験しました……。ミレさん、恐怖を感じるのは良いことです。生き残る為に最善の判断ができるからです。感覚の麻痺した人間は往々にして判断を誤りますから」

 

 スクートゥムは右手でミレの手を掴み、左手の上に乗せる。震えるミレの手と、震えるスクートゥムの手が重なる。


「そんな怖がりな私ですが、依頼主に怪我を負わせたことはありません。必ず護りますから、安心して下さい」


 雨の中咲く向日葵スクートゥムの笑顔が、ミレの震える手を止める。



♦︎♦︎♦︎



「目的地のバロメッツの木までそう遠くはありません! そのまま真っ直ぐ進んで下さい!」


 スクートゥムは、護狼もりおおかみの群れの攻撃からミレを守り叫ぶ。ノクスの放った魔法が、スクートゥムを攻撃する護狼に当たり凍りつく。


 森の中を日が暮れるまで進み、護狼もりおおかみの群れに襲われた三人。百体を超える護狼もりおおかみの群れにジリジリと追い詰められていたが、突如現れた大猪により護狼の包囲が崩れ、その隙をつき三人は走って逃げていた。


「このままでは追いつかれてしまいます! 私が留まり戦いますので、スクートゥムさんは師匠を連れて逃げて下さい!」


 三人はノクスを先頭に、ミレ、スクートゥムの順番で入っていた。


「いいからそのまま走れっ!!」


 振り返るノクスに怒鳴るスクートゥム。経験豊富なスクートゥムの指示に従い、前方の魔物を倒しながら進む。


「あっあっあっ! あたしもうっ限界かもっ!!」


 普段運動をしないミレが、大量の汗をかきながら走り、泣き言を口に出す。


「頑張れっ! もう少しだっ!」


 飛びかかってきた護狼を盾で払い、スクートゥムが叫ぶ。空気の重い森を抜け、月明かりのさす拓けた場所へ出る三人。


 ノクスはサッと振り返り、追って来た魔物を迎え撃とうとする。ミレはダイブするようにノクスの隣に倒れ込む。スクートゥムは息を切らせ、ノクスの肩に手を置く。


「はぁ! はぁ! もう大丈夫です!」


 護狼は森の中で留まり、頭を垂れて後退あとずさって行く。


「アレは護狼もりおおかみ。バロメッツの木を護る狼ですが、この木が生える場所へは入って来ません」


 スクートゥムはノクスに状況を説明する。話を聞き、フウッと息を吐くノクス。直ぐにミレの状態を確認する。


「だい……じょうぶそうですね、良かった」


 血の出る傷や、アザなども無い。スクートゥムの仕事に感謝するノクス。


「コレが! ハァッハァッ、大丈夫にそうに! ハァッハァッ、見えるっ!!?」


 息もえに喋るミレ。全身汗まみれ泥まみれだったが怪我は無い。


「少し痩せたように見えます、運動は体調管理に欠かせませんね。魔法と勉強の他に、ジョギングも始めましょう!」


 ミレの日課に嫌いな運動が追加され、白目になる。そのやり取りを笑って眺めるスクートゥム。


「それより少しでも休憩しましょう、今日は雨だと思っていたのですが……」


 空を見上げるスクートゥム、そこに雲は無く、まばゆい月が出ていた。


「バロメッツの木は、月あかりに照らされてみのります」


 空から視線を落とし、前方へと向けられる。そこには月明かりに照らされたバロメッツの木と、大きな脈打つ果実があった。



 


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