モグモグモゴモゴ

 三人で珈琲とパンの香りのする店内に入る。


 スクートゥムが払うと言ったがノクスがかたくなにそれを拒む。ミレとスクートゥムには席を確保してもらい、ノクスが三人分の朝食をトレーに乗せ席へと運ぶ。


「私が誘ったのに、ありがとうございます」


 スクートゥムが申し訳なさそうに言う。


「気にしないで下さい。あくまで話を聞いてもらうのはこちらですので」


 そんなことより二人の会話が弾んでいたか気になるノクス。ミレの様子をうかがうが、ミレはトレーの上が気になるようだった。ノクスはバターをぬったライ麦のパンと薄く切ったハム、それと珈琲二つと温かいミルクをテーブルに置く。


「分かってるじゃない弟子。ライ麦のパンとホットミルクは良い組み合わせよ」


 ミレはパンの上にハムを置き、両手で持って頬張ろうとするが初めて会う男性の前で先に食べるのは流石にお行儀が悪いかなと思い止まり、視線がスクートゥムに移動する。


「私のことは気にせず、どうぞ先に食べて下さい。話はノクスさんから聞きますので」


 笑顔が素敵なスクートゥム。ちょっとだけ赤くなりパンを頬張るミレ。


「ではスクートゥムさん、私達の話とはミュルクヴィズの森のことです。そこである素材を手に入れたいのです」


「この時期にミュルクヴィズの森へ入ると言うことは、狙いはバロメッツの羊ですね」


 話の早いスクートゥム。頭の回転も早そうだと感じるノクス。


「はい、バロメッツの角を狙っています」


「では私の仕事は森の案内と護衛でしょうか?」


 いいえ師匠と恋仲になることです、とは言わないノクス。


「その通りです」


「それではこの話は断らざるを得ない。見ての通り私は護衛が専門です。森には何度も入っているので案内役も出来ます。しかしこの時期のミュルクヴィズの森は非常に危険な場所です。熟練の冒険者でも、今は入ることを躊躇ちゅうちょしてしまう程に……。お二人とも魔法使いに見えます、それも随分とお若い。私はナイフも扱えますが、攻撃は得意ではありません。これでは森に入ってすぐに三人とも死んでしまいます」


 冷静に状況を判断するスクートゥム。


「最低でも後三人必要です。護衛役をもう一人と攻撃にけた剣士が一人、それと短い詠唱でもある程度の威力が出せる熟練の魔法使いが一人。それでしたらお二人を護りつつ魔物と戦うことが可能でしょう。ただしそれでも対処可能なのは魔物が一体の場合です、バロメッツの角が欲しいなら、それの三倍は人数が必要になるでしょう」


 そこまでの人数を雇うには、最低でも二百万テルは必要だ。貴族や金持ちの商人ならまだしも、若い魔法使い二人に出せる金額とは思えなかったスクートゥム。諦めさせようと大袈裟に話す。


「魔物と戦うのは私一人で充分です。護衛も必要ありません。私が戦っている最中に師匠の身の安全だけ考えて下されば、私が集中して戦えます」


 スクートゥムはノクスの言葉を聞き考え込む。視線がノクスの胸にあるスキエンティア魔術院のブローチへとうつる。


「それはスキエンティア魔術院の特級生の証ですね。魔法に詳しい貴方に魔法のことを語るのは烏滸おこがましいのですが、あえて言わせて下さい。不可能です」


 キッパリと言い放つスクートゥム。気にせず食べ続け、ノクスの分にも手を伸ばすミレ。


「分かりました。それでは私の魔法を試して下さい、返事はそれからでも構いません」

 

 若い二人を守る為にも、現実を知ってもらう良い機会だと考え、引き受けるスクートゥム。



♦︎♦︎♦︎



 三人はアルクスの町を離れ、ミュルクヴィズの森に近い草原に来ていた。辺りには何も無く、晴れた青空と若い青草だけがあった。


「試す内容はスクートゥムさんが決めて下さい」


 必ず認めさせたいノクス。杖を抜き、スクートゥムから距離を取る。


「ではノクスさんの魔法を私に撃って下さい。私がそれを防ぎ、ノクスさんに触れたら私の勝ち。私がノクスさんの魔法を防ぎ切れず被弾したなら、ノクスさんの勝ち。ただし私が勝った場合はバロメッツの羊は諦めて下さい」


 背中から盾を取り構える。脚に自信があり、一発目を盾で防げば次の詠唱を唱えさせることなく距離を詰める自信があった。ノクスの顔を立て、最初の魔法は撃たせることにするスクートゥム。


「師匠! 合図をお願いします」


 店から持ってきたサンドイッチを頬張り杖を空に向けるミレ。


『光と音よ、始まりを告げる鐘の音となり響きたまえ!』


 モグモグモゴモゴ何を言っているか分からなかったが、杖の先から光が空へと登り、パンと音を鳴らして弾けた。


『連なる炎!』


 開始の合図と共に詠唱するノクス。頭上に九つの炎の球体が出現する。あり得ない速さの詠唱と、もたらされた魔法の効果に目を見開いて驚く。盾を持つ手に力が入るスクートゥム。


「低い位置は狙いません! 危ないと感じたらしゃがんで避けて下さい」


 ノクスは杖を振り、一つ又一つと炎を飛ばす。正面から受けては盾が溶けてしまうと咄嗟に判断するスクートゥム。炎が盾に当たった瞬間に角度をズラし、いなし、はじいていく。一瞬でも判断を誤れば、盾は溶けていただろう。最後の一つを防ぎ切り、地面に仰向けに倒れ込む。


「プハッーーー!! コレはキツい!!!」


 息を大きく吹き出し、叫ぶ。盾を持つ腕は痺れ、衝撃を支えた脚には力が入らない。立ち上がれない状態に、勝ちを諦める。


 極度の集中から解放され、緊張の糸が切れたスクートゥムは気持ち良さそうに声を出して笑っていた。


「大丈夫ですか!?」


 駆け寄りスクートゥムを覗き込むノクスとミレ。ノクスの手を取り、上半身を起こす。


「こんな凄い魔法使い、見たこともありません。私の負けです、コレならば三人でも充分通用するでしょう」


 まだ見ぬミレの魔法も加味し、計算するスクートゥム。


「スクートゥムさんの盾の扱いもお見事です。まさか全部防がれるとは思いませんでした」


 予想以上の結果に嬉しくなるノクス。公私こうし共に任せられると期待値が高まる。


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