指針となる古い書物

「師匠相談があります」


 村の中を散歩しながらノクスがミレに言う。丁度嫌いな歴史の勉強中だった為、喜んで相談を聞く。


「何でも言ってごらんなさい、師匠が聞いてあげましょう!」


 ノクスはここ何日か色々と考えていた。残り時間の少ないなかで、ミレの為に何が出来るか。最優先はミレの彼氏探し、次に寿命を十二倍に引き伸ばす魔法に必要な素材集め。最後に世界から春を奪い去る闇の魔法使いを見つけ、葬り去ること。


「素材集めの旅に出たいです」


 一つでも多く集めておけば、のちのミレの負担が軽くなると考える。


「そう、行ってらっしゃい」


 素っ気なく別れの挨拶をすませるミレ。


「私一人ではありません、師匠も一緒に来て欲しいのです」


 最優先事項の彼氏探しは、住民四十人程のこの村では厳しい状況だった。来年のスキエンティア魔術院の試験まで、この村に留まられると尚更絶望的だ。どうにかして村から連れ出す必要があった。


「何でよ? あなた一人でも充分強いんだし、問題ないでしょ」


 リーウス村までの旅路で、ノクスとの距離が縮まっていたミレ。しかし『彼氏募集事件』以降、その距離はまた離れていた。


「問題は大アリです。まず第一に座学の進み具合がとても遅い。このままでは実技試験はともかく、筆記試験の結果は火を見るよりも明らかです」


「ぐうっ!」


「次に受験料八十万テルと学費の二百四十万テルを稼ぐ必要があります、その額合計三百二十万テル。失礼かと思いましたが、ご両親に確認した所、二度受験させる程の蓄えは無いと回答をいただきました」


「ぐぐうっ!!」


「そして第三の理由が体重です。師匠はこちらに帰って来てから、私との勉強以外は『食う』『寝る』『食う』の三つです。今のままでは健康に良くありません」


「ぐうってこらっ! 体重に関してはあんたがドンドン食べ物を持ってくるのも原因の一つでしょ! それに『食う』『寝る』『食う』って聞いたことないわよ!? 『食う』と『寝る』の二つで良いじゃない!? 何で『食う』が三分の二を占めてるのよ!!」


 少しだけふっくらとした顔で突っ込むミレ。


「それと最後に」


「私の言ってることは無視っ!?」


 驚きおののくミレ。


「最後に。師匠がいない旅は寂しくてつらいです。私が一緒に来て欲しいと心より願っています。どうか、我が儘な弟子の願いを聞き入れて頂けないでしょうか?」


 素直な気持ちを言葉にするノクス。


「……くぅ!」


 子犬のように鳴くミレ。


「……分かったわよ。どうせ暇だし、勉強しないといけないし、お金も稼がなきゃだし、ついでにダイエットにもなるし、あんたが寂しくて辛いなんてのは全然まーったく気にならないけど、仕方がないから着いて行ってあげても良いわ」


 ノクスの自然な人たらしに、顔を見られないようそっぽを向いて返事を返すミレ。


「ありがとうございます。それとコレは確定事項ではないのですが、私達の旅路にアロガンスさんを連れて行けたらなと考えています」


 ミレの反応から可能性は薄いと感じていたノクス。しかし除外するには惜しい要素があった。


「はぁ? 何で鼻曲がりなんか連れて行くのよ??」


 突然の名前に困惑するミレ。


「幼馴染だからです」


「幼馴染だからなんなのよ?」


「師匠、幼馴染はフラーさんとアロガンスさんしかいません」


「だから何?」


「もう増えることは無いのです」


「でしょうね! 私だって幼馴染の意味くらい知ってるわよ!」


 段々とイライラしてくるミレ。


「フラーさんは女性です」


「見たら分かるわよ!」


「幼馴染……、それは魅惑の言葉。悠久より変わらず恋の始まりを告げる愛の言霊。そう古い書物に書かれていました」


 達観した顔で愛を語るノクス。


「あんたってたまに恥ずかしい台詞を、すっごいキメ顔で……、古い書物? なんてタイトル??」


キメ顔で即答するノクス。


「タイトルは『恋の始まる十の法則』です」


 答えを聞き、吹き出して笑いだすミレ。笑い声は段々と大きくなり、最後は腹を抱えて転げ回る。一通り笑い終え、涙を拭きながら話す。


「あんたって笑いのセンスあるわよ、フフッ。それって去年流行った恋愛小説じゃない」


 去年上下巻で発売され、少しだけ話題になった小説。ミレも少しだけ読んだことがあった。


「私は最初の『幼馴染編』が、全く感情移入出来なくて、読むのやめちゃったけどね! だから下巻は買ってないの……、それを真顔で……恋愛小説を……、あんたって……」


 思い出して、又笑い始めるミレ。千年後の師匠の家に下巻が無かったことに納得するノクス。


 師匠の笑い声につられて段々と楽しくなってくる。夕陽のさす小高い丘の上、最後は二人で声を上げて笑いあった。


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