珍生物の珍事


「ネーちゃんネーちゃん! 起きてよ! ミレ姉の弟子が面白いことやってるよ!」


 ヘリアンテスがミレを朝早くから起こしに来る。普段実家では中々起きないミレだったが、嫌な予感がして飛び起きる。


「どこ!?」


 珍しく的確なミレ、玄関先だと聞いて寝巻きのまま飛び出す。


「おはようございます師匠、今日も良い天気ですね」


 清々しく挨拶するノクス、空には透き通るような青空が広がっている。


「おはようじゃないわよっ! 人様の家の前で何やってるの!?」


 ノクスはテーブルと椅子を出し、座っている。テーブルには『ウェール・ミレ、彼氏候補面接会場』と書かれた札が下がっていた。


「やぁミレちゃん、朝から面白いことやってるね!」


 スコレーがミレに声をかける。


「アタシじゃないわよ!? 今忙しいの! スコレーさんは黙って門番に行きなさい!」


 何故怒られたのか分からないスコレー。スゴスゴと門へ歩いて行く。


「朝食は食べられましたか師匠? まだでしたら私が作った……」


 お腹が減って機嫌が悪いと勘違いするノクス。ミレの形相に言葉が止まる。


「何をっ!」  「やってるのかっ!」  「聞いてるのっ!!!」


 あまりの勢いに後退りするノクス。サッとひざまずき、返事を返す。


「見ての通り、師匠に見合った男性を選別している最中です」


 ワナワナと震えるミレ。どう理解すれば良いのか分からず、返す言葉が出てこない。自宅の前には、パラパラと人が集まって来ていた。


「ミレ! ちょっとこの張り紙何なの? 村中に貼って……あるけ……ど…………?」


 跪くノクスと鬼の形相のミレを見て固まるフラー。パッとフラーから紙を奪い目を通すミレ。


『ウェール・ミレ、彼氏募集。面接会場はウェール家前。希望者募る』と書かれている。ミレはビリビリと紙を破り、ノクスを指差し怒鳴る。


「むっ、村中に貼ったの!?」


 サッと返事を返すノクス。


「いえ、村の中全域とその周辺。及びリーウス村へと繋がる主要な街道に貼っております」


 抜かりはありません、と自慢げに話すノクス。ふーと一息吐き、一言ひとこと口に出すミレ。


「殺す」


 杖を取りに家の中へ入るミレ。キョトンと取り残されたノクスに、フラーが話しかける。


「あなた彼氏じゃなかったのね。状況はよく分からないけど、逃げた方が良いのは分かるわ。走ってノクスさん、さぁ走って!」


 とりあえず師匠の友人の言葉に従うノクス。走り去るノクスの背中にフラーが叫ぶ。


「張り紙はー! 全部剥いだほーーーが良いわよーー!」


 ノクスの行動を見て、ミレが言った言葉を思い出す。ボソッとつぶやくフラー。


「珍生物……」


 ノクスはミレの魔法から逃げ回る。ミレの為に様々な食べ物を献上して、ミレの機嫌を直すのに、一日を要したノクスだった。

 



♦︎♦︎♦︎



 ノクスは肩身の狭い思いで夕食を口にしている。ここ何日か、夕食時に必ず話題に上がる『彼氏募集事件』、みんな笑いながら話しているが、この話題が上がると必ずミレの機嫌が悪くなる。


「いや〜、あれは傑作だった! 随分と難解な問題に挑戦するノクス君の姿勢、とても素晴らしいよ!」


 またも葡萄酒を呑んで機嫌の良い父。ノクスがハッキリとミレの彼氏ではないことを知り、今ではノクスを気に入っている。


「姉ちゃんに彼氏見つけるのなんて、ツノの生えたカエルを探すくらい難しいよ!」


 機嫌が悪くなるのが分かっていてあおるヘリアンテス。ミレの投げたフォークが、ヘリアンテスの頬をかすめる。


「まあまあ、もうこの話題は良いでしょ。そんなことより魔法が上手になってて驚いたわ」


 ミレとノクスに気を使い、話題を変える母。パッと表情が変わるミレ。


「そうでしょ! もう昔の私とは違うんだから」


 ミレはノクスを追いかけ回し、炎の魔法で仕留めようとした。ノクスに直接当たることはなかったが、至る所に火の手が上がった為、ノクスが雨を降らせ鎮火させている。


「それにノクスさんも、天候を操る魔法なんて、お婆ちゃんでもできませんよ。本当に優秀な方なのね」


 八十歳近いミレの祖母は、この村の中で一番の魔法の使い手だった。その祖母ですら不可能な魔法を、ノクスはいとも簡単にやってのけ、久しぶりの雨だったこともあり、村人から一目置かれる存在となっていた。


「彼氏と言えば、この村じゃミレと歳が近いのは、アロガンスくらいのもんだなぁ」


 酔っ払いの父は、空気を読まずに話題を戻す。テーブルの下で妻に足を踏まれる。


「アロガンスさんとはどんな方ですか? まだお会いしたことがありません」


 食いつくノクス。テーブルの下でミレに足を踏まれる。


「アロガンスは姉ちゃんの一個上の人だよ。幼馴染ってやつだね!」


 ヘリアンテスが説明する。の言葉に心揺さぶられるノクス。師匠の反応を見ようと横目で見る。視線に気付きミレが答えた。


「嫌よあんな。フラーに振られた翌日に、私に告白してくるようなヤツよ!」


 鼻曲がりの発言に、飲み物を吹き出すヘリアンテス。


「ひどいなぁ姉ちゃん。告白されて鼻を曲げたのは姉ちゃんだろ、殴って」


 食卓にドッと笑いが広がる。賑やかな中、一人考え込むノクス。


(幼馴染……)


 何度も何度も頭の中でこだまする。

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