成り行き

「おう、俺が実技試験を担当するアエス・テナークスだ」


 ガッチリとした体格のテナークス。ピスケスに先生だと教えられていなければ、魔法使いには見えなかっただろう。ノクスも名乗ろうとするが止められる。


「名前は言わなくて良い、どうせほとんど落ちるからな。今からお前には、あそこに置いてある銅で作られた人形を炎の魔法で燃やしてもらう。人形が溶けたら合格だ」


 十メートル程先に鈍く光る金属の人形。銅の融点は千度以上なので、生半可な魔法では溶けない。受験生の大半を落とす内容だった。


「詠唱は好きなだけ長く唱えて構わない、学んだ言葉を存分に使ってのぞめ」


 ノクスは杖を抜き、構える。


(やるしかない……)


 ノクスの魔法行使の際の不安要素、それは威力だ。ノクス本来の魔法の威力は中の下、むしろ同年代の人間と比べると弱い方の部類だった。ところが千年の時をさかのぼり、ノクスの魔法は想像を絶する程に強くなっていた。


 この時代に来て初めての夜、暖を取ろうと薪に火をつけようとした魔法で、目の前の大樹が一瞬で消し炭になったのは記憶に新しい。それからノクスは、いかに魔法の威力を抑えるかについて色々と試した。


(まずは杖に光を……)


 ノクスはテナークスに見えないよう背中を向け、小声で『光』と唱える。ノクスの杖は淡い光に包まれる。


(よし、これで詠唱中も魔力を流しているように見えるはずだ)


『八の月、燃えるように赤い髪と、冬を溶かす声。血はめぐり、私の心臓は早鐘を打つ。貴方と踊る炎は揺らめき、私の無粋なる金属の結合を引き剥がすだろう。ほほのように赤く照らし、心を焦がせ想いよ。端麗たんれいなるの化身、イグニース!』


 ノクスは感情を押し殺し、最後の『火』の言葉のみに想いを注ぐ。注いだ感情は『不安』、それほど効果は高くない想いのはずだった。


 ノクスの杖から渦巻く炎が飛び出し、銅で作られた人形を容易に溶かし、沸騰ふっとうさせる。銅の沸点は二千五百度、やり過ぎたと顔が引きる。


「やっ、やるじゃねぇか!」


 こちらも顔が引きるテナークス。


「それほど詠唱も長くはなかったが、これ程の効果を発揮するとは……。想いの載せ方が上手うまいのか?」


 ブツブツと考え込むテナークス。目立つことを避けたいノクスは不味いと思い、言い訳しようと口を開く。が、先にテナークスが話し始める。


「まぁ、取り敢えず実技試験は満点合格だ。ここスキエンティア魔術院の試験は、半分以上が実技試験で判断される。この後面談で余程のヘマをしない限りは合格だろう」


 合格の言葉に胸を撫でおろすノクス。


「お前、名前は?」


 合格するのは間違いないだろうとテナークスは考え、自分の受け持つ特級クラスになるかもしれないと名前を聞く。認められたことが嬉しく、お礼を言って答えるノクス。


「ありがとうございます。ヒエムス・ノクスです」


 二人はガッチリと握手する。


「それにしてもノクス、あの詠唱は恋文みたいだったぞ! ガッハッハ!!」

 

 握手したまま空いた方の手で、ノクスの肩をバンバンと叩く。思い返し顔が赤くなり、痛みで顔が歪む。


(たとえ師匠の好みが歳上でも、この人は違う、何か違う……)


 

♦︎♦︎♦︎



「凄いじゃないですかノクスさん! テナークス先生があんなに嬉しそうなの初めて見ましたよ」


 遠くから眺めていたピスケスが駆け寄り、自分のことのようにはしゃいでいる。


「それにあの威力! 遠くて詠唱は聴こえませんでしたが、随分と言葉をつづったのではないですか!?」


 茶色い瞳を輝かせ、質問するピスケス。まあそのと誤魔化すノクス。


「そんなことより、最後の面談はどこでしますか?」

 

 気恥ずかしくなり、話題を変える。


「そうでした、次の面談は何と校長室です! 普段は空いた先生の仕事なのですが、運良く校長先生がするそうです」


(どこが運が良いのだろう……)


 サルトゥス王国で最も格式高いスキエンティア魔術院、そこの最高責任者である校長との面談。師匠が在学中の校長と言えば、歴史の書物にも載る偉大な魔女。そもそも他人と話をすることがあまり得意では無いノクス。


 ほとんど開きかけた合格の扉が、閉じてしまわないよう祈り、校長室へと向かう。


 重厚じゅうこうな扉の前に立ち深呼吸する。コンコンっと扉を叩き部屋に入るノクス。


「失礼します。面談を受けに参りました、ヒエムス・ノクスです」


 頭を深く下げ挨拶する。窓を背に、ゆったりとした椅子に腰掛ける中年の女性は、ノクスを見ると立ち上がり、笑顔で出迎える。


「あらまぁ、随分と綺麗な顔の青年なのね。さあココに座って。面談というより相談したいことがあって呼んだの」

 

 ノクスは来客用のテーブルに座り、腰掛ける。相談とは何だろうといぶかしむ。


「答案用紙から受けた印象通り、繊細で知的な面持ち、あなた女性からモテるでしょう」


 紅茶をノクスの前に置き、向き合った位置に座る校長。慣れない好意の眼差しに目を背けてしまう。


「一度も女性と付き合ったことはありません。それより相談とは何でしょうか? 私はこちらの学院に通えますか?」


 結果が気になるノクスは一度に二つの質問をする。校長は笑って返事を返す。


「そうね、まずは結論から言うとヒエムス・ノクスさん、貴方は進学生、外部生全て含めトップの成績で合格しました。それどころか筆記試験に関しては、コチラの見解よりも深く考察された解答もあり、満点を超える結果となっています。よって本校に入学する際は、学年で最も優秀な人間を集めた特級クラスへ入ってもらいます。クラスを担当するテナークス先生も大層お喜びになりました」


 合格の言葉に安堵するノクス。師匠の実力なら同じクラスなのは間違いない。


 予想以上の結果に思わず顔がほころぶ。


「笑顔も素敵ね。そこで相談なのですが、貴方が望むなら本校は貴方を特別教員として雇いたいと考えています。貴方の広い知識と深い教養は、とても高い位置にあります。どうでしょう、スキエンティア魔術院で教鞭きょうべんをとってみませんか? もしその気があるなら、貴方は最年少で教員資格を得ることになります。これはとても名誉なことなのよ」


 世界最高峰のスキエンティア魔術院で、教師として過ごす。普通なら手放しで喜ぶ内容なのだろうが、師匠と同じクラスで過ごすひと時に比べれば、全く心が動かされないノクス。寧ろ断りの返事を考える方がわずらわしかった。


「まだまだ学ぶことの多い身です。ありがたい話ですが、お断りさせて下さい」


 椅子から立ち上がり、深々と頭を下げ丁寧に断る。頭の中は既に、師匠との学生生活をどう過ごすかでいっぱいだった。


 

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