春の空

 ノクスは木製のベンチに腰掛け、試験の開始を待つ。


 係の人から聞いた情報では、まず筆記試験があり、次に魔法の実技試験、最後に魔術院の教員による面談の三つだった。偉大な師匠が千年の時を掛けて積み上げた知識。全てを理解することは出来なかったが、筆記試験には自信があった。ノクスはベンチに深く腰掛け、おさらいするように師匠との思い出に沈む。



♦︎♦︎♦︎



「魔法を使う時に重要なことは何か、覚えてるかい?」


 パチパチと薪が燃える暖かい暖炉の前、膝にストールを掛け、椅子に腰掛けた師匠がノクスに質問する。


「はい、魔法はまず『時』が重要です。行使する際に掛けた呪文の長さです」


 少年は師匠の前に座り、楽しそうに答える。


「よく出来ました。同じ内容の魔法でも、詠唱が長ければ、もたらされる効果も強く大きくなる。それに使用者の生きた年月とも関係してくる。同じ詠唱なら、年老いた私と若いノクスでは、効果は天と地程の差がでるよ。何せあたしゃ千年も生きてるからね」


 カラカラと笑い、笑顔になる師匠。


「では、ノクスはどうやってその差を埋めようと考える?」


 弟子の勉強の進み具合を確かめるように、赤茶色の瞳がノクスを見つめる。


「想いです! 詠唱する際、言葉に想いを乗せます。その想いが強ければ、魔法の力は飛躍的に伸びます」


 師匠の質問に、答えられることが嬉しくてたまらないノクス。キラキラと瞳を輝かせ、身を乗り出して返事を返す。


「しっかりと本を読んで覚えているようだね。そう、魔法は時の長さと想いの強さで決まるんだよ」


 師匠に褒められ、心の底から幸せを感じるノクス。


「では、想いで最も効力を発揮するのは何だと思う?」

 

 ノクスは少し考え、答えを出す。


「それは……、怒りです。怒りに任せた魔法は恐ろしく、過去に何度も、壊滅的な被害があったことが本に記されていました」


 師匠の持つ書物は、読める範囲で一通り読み終えていたノクス。


 ラートゥム森林の全焼やサルトゥス王国とラヤ共和国との戦争、最も印象的なのが、カエルムの塔の倒壊。どれも争いから始まっており、怒りによる魔法の被害が最も強大だったと記されていた。


「そうさね、世界では怒りが最も強い想いだと考えられてきた。でもねノクス、それは間違いだよ」


 目に見えて小さくなり、落胆するノクス。


「落ち込むことはないさ、みんなそう思っていたのだから。でもね、森を焼き尽くす怒りの炎と、一本の木を育てる愛の魔法は同等ではないよ。確かに目に見える効果は、破壊をもたらす怒りの方が派手さね。でも愛の想いがもたらすエネルギーは、目には見えないがとても力強い。けっして忘れてはならないよ」


 師匠はノクスの頭を撫で、優しく悟す。


 

♦︎♦︎♦︎



「はい、師匠」


 思い出の師匠へと返事を返すノクス。


 長い廊下の先から、急足で幼い少年がかけてくる。ノクスの前で立ち止まると、息を整え話だす。


「お待たせしました! 試験のお手伝いをするよう仰せつかりました、アラクリタス・ピスケスです。準備が整いましたのでご案内します、着いてきて下さい!」


 ピスケスの横に並び、歩きながら挨拶を返す。


「ヒエムス・ノクスです。よろしくお願いします」

 

 少年はチラリとノクスを見る。


「ノクスさんはとても優秀そうに見えます! 外部生の試験はとても難しいそうですが、無事合格できると良いですね!」


 ニッコリと微笑み、ノクスを勇気づけるピスケス。


「ありがとうございます。ピスケスさんは、何か良いことでもあったのですか?」


 弾むように歩くピスケスはとても楽しそうに見えた。


「ええっ! 分かってしまいますか。実はノクスさんのお手伝いをしたら、リリウム先生が手作りの焼き菓子をくれるそうです。先生の焼き菓子は、この国一番のお菓子なんですよ」


 ピスケスは味を思い出したのか、ゴクリと喉を鳴らし幸せそうな顔になる。とても可愛いらしい少年をノクスは気に入り、師匠の彼氏候補にしようと考える。


(師匠、年下は好みだろうか……)


 ノクスは小さな部屋に通される。そこには木製の机と椅子があり、三枚の問題用紙が置かれていた。


「私はこのまま監視するよう言われていますので、終わったら声をかけて下さい」


 ピスケスは、近くに置かれた椅子に腰掛ける。頑張ってと口の動きだけで伝え、右手の親指を立てる。


 筆記試験の内容は、魔法の基本的な知識や国の歴史などだった。ノクスにとっては簡単な内容で、全ての解答を埋めるのに、そう時間はかからなかった。


 ピスケスに声をかけ、答案用紙を手渡す。受け取ったピスケスは窓を開け、答案用紙に杖を向け、魔法をかける。


『答案用紙よ! 風に乗り、道草をせず、鳥に注意しながら進み、必要な場所へと飛んでゆけっ!』


 ピスケスの杖から青い光が発せられ。ヒラヒラと答案用紙が飛んでいく。少し幼いが、要領を得た良い呪文だとノクスは微笑む。


「では参りましょう! 次は第二広場にて実技試験の実施です。担当の先生は、何とあのテナークス先生です!」


 あのが分からずキョトンとするノクスに、ピスケスが付け加える。


「とっーても厳しい先生です」


 実技試験に不安要素があったノクスは、テナークス先生を想像し、溜息がこぼれる。


 

 



 

 


 

 

 

 

 

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