第2話   ここが変だよラインハルト

 ヤン・ウェンリーの考察文が大好評でしたので、乗るしかありませんよ。このビッグウェーブに。

 さて、ヤンを書いたのでしたら、次は当然、本作主人公のラインハルトについて書いて行こうと思います。

 この人は当初から天才として描かれており、常人とは発想、行動共に破天荒として描かれています。変人なのはデフォルト仕様なので、常人との違いを指摘するわけではありません。

 天才と常人を同列に扱って正邪を問うような野暮な真似は致しません。

 


 では、どこを指摘するのか?

 今回のお題は「ラインハルトは本当に優秀な人材に興味があるのか?」です。


 はい。いきなり訳の分からんこと言い出しましたね。

 ラインハルトと言えば、平民であろうと、身分にかかわらず優秀な人材を登用し覇権を確立していく姿が描かれています。

 それだけではありません。優秀であれば、めんどくさい背景を持っていても関係ありません。

 有力貴族に睨まれたミッターマイヤーを助け出し、敵前逃亡罪で銃殺刑待ったなしのオーベルシュタインを強引に免罪し、いけ好かない貴族出身の令嬢ヒルダを秘書官に任命しました。さらには敵対していた貴族連合所属のファーレンファイトも降伏後あっさり配下にしましたよね。偏見無く、優秀であれば性格、出自は問わない採用っぷりです。

 三国志の曹操かな?

 お見事。天下を取る人間はこうでなくてはいけません。

 このように人材コレクターなラインハルトであるのに、ある人物にだけは非常に厳しい対応でした。

 

 はい。パエッタ提督に続きまして、今回の弁護対象をご紹介させていただきます。


 アントン・ヒルマー・フォン・シャフトです。


 誰? と言う、声が聞こえてくるようです。私も彼のフルネームを知ったのはwikで調べてからです。

 銀英伝キチの同志戦友諸君に置かれましては、私が何を言いたいのかを、粗方理解されたかと思いますが、まずは来歴からご紹介。


 銀河帝国軍 科学技術総監部 技術大将 因みに56歳だそうです。

 簡単に言えば、帝国軍での技術開発部門のトップを務めていた方です。

 主な発明に「指向性ゼッフル粒子」と「巨大質量体の星間ジャンプ航法」があります。


 本編では、黒い噂の絶えない、上司におもねり同僚を蹴落とす嫌な奴として描かれ、ケンプ提督のイゼルローン要塞攻略戦の失敗と同時に、収賄、横領、機密漏洩などの悪事が露見し、排斥されてしまいました。

 その後どうなったかは分かりませんが、実刑判決は免れないでしょう。

 流石に死刑は無いと思いますが、帝国の法律ですと可能性も無くはない。

 当時も今もこの人に対して私はいい感情を覚えません。

 やな感じの人物でしたし、犯罪をしていたのは確かなようなので冤罪という訳でもないでしょう。

 しかし、ただ一点においてのみ、彼を強烈に弁護いたします。


 「シャフト技術大将、超優秀」


 これは、初めて銀英伝を読んだ時から私が抱いていた感想です。

 彼を評するときに、誰が言ったか覚えていませんが、「指向性ゼッフル粒子以外に見るべき功績が無い」との趣旨の発言がありました。

 私は言いたい。


 「充分でしょ」


 指向性ゼッフル粒子ですよ。

 アムリッツァ会戦大勝利の立役者じゃないですか。

 本編をお読みの方に、今更説明するまでもありませんが、この粒子は極めて爆発しやすい不安定な粒子です。粒子の性質上当然、真空の空間では一気に拡散してしまいます。その拡散する粒子をコントロールすることに成功したのが、指向性ゼッフル粒子です。

 何気に凄い技術だと思います。現代科学では無理。基礎理論すら怪しい。


 これがどれぐらい画期的かは、ガンダムファンなら想像しやすいでしょう。

 ガンダムには電波を妨害するミノフスキー粒子が登場しますが、作中では戦場にばら撒いて、レーダーなどの探知システムを敵味方問わず、手当たり次第に妨害します。

 その結果として有視界戦闘が発生し、艦艇よりも小型、高機動のMSが活躍するという設定です。

 シャフト大将が開発に成功したのは、散布域を自在に調整できるミノフスキー粒子みたいなものです。

 敵にはジャミング。味方は平気。それ以外にも幾らでも運用可能です。

 こうなったらMSもいりませんよ。大型艦艇での長距離からの一方的なタコ殴りで話は終わり。

 ガンダムも終了。

 そんな、超兵器ですよ。指向性ゼッフル粒子。


 アムリッツァ会戦では、同盟軍後方の機雷原を指向性ゼッフル粒子の爆発により啓開。開いた空間を突破したキルヒアイス艦隊によって、それまで何とか踏みとどまっていた同盟軍は再起不能な損害を負いました。

 結局、同盟はアムリッツァ会戦の痛手から回復することなく滅亡。

 ラインハルトの銀河統一への強力な一撃と言えるでしょう。

 それを開発した人ですよ。シャフト技術大将。


 あの戦いではキルヒアイスが大活躍しましたが、ぶっちゃけ別動隊の指揮官は誰でもよかったと思います。彼ほどに鮮やかに同盟軍を蹴散らせなくても、ラインハルト旗下の将軍であれば、同盟軍に決定的な一撃を浴びせたはずです。しかし、指向性ゼッフル粒子は違います。他に代えの利かない技術です。

 それを開発した人に対して「それ以外に見るべきものがない」って、一体技術者を何だと思っているんでしょうかね。

 戦果は別にして純粋な技術体系として考えても、ノーベル賞モノの功績だと思うんですが。

 だって、粒子をコントロールする技術ですよ。民間に即座に転用可能じゃないですか。

 帝国軍は技術者に対して敬意が足りん。

 技術部門に予算と人員を付ければ、便利な道具がホイホイ出てくると思っているのであれば、軍人と言うものは本当に度し難い。


 もし、アムリッツァ会戦にシャフトさんの指向性ゼッフル粒子が存在しなかったら、機雷原の突破は、時間をかけて掃海艇で地道に機雷を除去するか、諦めるかの二択しかなかったでしょう。

 掃海艇でちまちま掃海していたら、その間に同盟軍も迎撃態勢を整えるとこは言うまでもありません。結果。同盟軍は大きな損害を被りながらも撤退に成功したでしょう。

 それを妨げ、圧倒的勝利をラインハルトにもたらしたのが、指向性ゼッフル粒子。

 なのに、開発者への評価が著しく低い。なぜなんだ。

 ここが変だよ。ラインハルト。

 功績で言うと部下第一位じゃないんですかね。シャフト大将。

 他にどなたかいらっしゃいますか。

 他の皆さんは大なり小なり同じぐらいの功績のような気がするんですが。

 優遇してあげなよ。何がダメなの?


 しかし、そんなことで挫けるシャフト大将ではありません。

 彼には次の手がありました。

 まだ、あるんや。

 指向性ゼッフル粒子なんて生涯を掛けた研究とちゃうん。

 シャフト大将からはドイツのポルシェ博士のような狂気と天才性を感じる。


 次に取り掛かったのは、目には目を、要塞には要塞をでお馴染みの、ガイエス・アタックであります。

 ガイエスブルク要塞にワープエンジンを付けて、イゼルローンに持って行こうという壮大な作戦です。

 この計画にもラインハルトは冷淡と言うか、投げやりと言うか。

 「やりたきゃ、やってみれば」見たいな反応。

 帝国の双璧のロイエンタールも

 「復古的な大艦巨砲主義」

 みたいな事を言います。

 それは一面では正しいのですが、ちょっと馬鹿にし過ぎなきがします。

 ラインハルトの精神状態が不安定だった時期だから仕方ないかもしれませんが、本来、物を動かす規模を大きくするのは並大抵のことでありません。

 500キロの衛星を打ち上げるロケットと、5トンの衛星を打ちあげるロケットとの技術格差と言うものは、途方も無いものです。

 それを要塞一個丸々動かすとは正気の沙汰ではありません。

 何考えてんのシャフト大将。

 ラインハルトもさらっと許可出すなよ。お前さんが考えているより遥かに大きなプロジェクトですよ、これは。

 過去に実績があるならともかく、実験しないと分からないって、これ完全に新規事業ですよね。

 とにかく、どでかいエンジンを多数連結して要塞を力技で星間ジャンプさせる、この試み。

 実験はあっさり成功します。

 この、途方もないプロジェクトを、いとも簡単にやってのけるシャフト大将。

 やっぱりあなた天才とちゃいますか。

 彼が天才すぎて無理難題をいとも簡単に解決してしまうので、途方もないことを実現しても、周りが理解できていないのでしょうか。

 天才は凡人から理解されないと言いますが、それなんでしょうか。 

 うーん。分かりませんね。


 私がここまでシャフト大将をよいしょすると、「彼は部下の功績を奪って自分の手柄にしただけの人物だ」みたいな反論が飛んでくるかもしれませんが、私は指向性ゼッフル粒子をシャフトさん以外の技術者が開発したとしても、実用化まで持って行ったのは彼の功績だと反論いたします。

 彼は、言わばプロジェクト・マネージャーのような立場であったと考えています。

 有名な方を一人挙げさせてもらえば、人類初の月以外の衛星からのサンプルリターンを成功させ、世界を震撼せしめた、衛星はやぶさのプロジェクト・マネージャー。川口先生です。

 川口先生は直接、衛星はやぶさを開発したわけではありませんし、運用にはそれぞれのプロフェショナル達が関わっていましたが、計画全体を統括し数々の困難を乗り越え、奇跡ともいえる往還を成功させたのは川口先生の手腕と言ってもいいでしょう。

 直接開発したかどうかと言うのは些末な問題であります。

 シャフト大将をフィーチャーしてプロジェクトXが二本作れると思います。それぐらいの実績でしょう。


 さて、ここまで、天才ぶりを披露してくれたシャフト技術大将ですが、ラインハルトの思惑によりあっさり更迭されます。

 技術部の風通しを良くするためとかなんとか。

 その発想に一定の理解はできますが、シャフト大将を更迭する必要あるのかな? 

 そりゃ、どこかの参謀みたいに非常識で反抗的で、手に負えないような人物ならともかく、この人あなたに忠実ですよ。言う事聞きますよ。

 なにより、天才的技術者ですよ。100年に1人レベルだと思います。

 少なくとも「くずが」と吐き捨てらるような人物には見えません。

 どこ辺りが屑なのでしょうか。

 確かに、こっそり悪さをしていましたけど、貴方の配下には敵前逃亡とか、国家反逆罪とか、言い訳できないレベルでやらかした連中がいますよね。

 オーベルシュタインなんて、本来なら即決裁判、即日執行で天国行のはずなんですが。

 彼らと何が違うのですか?

 あまり、公平な対応に見えないですね。本当に優秀な配下が欲しかったのか謎です。

 死刑レベルの連中が許されて、懲役レベルの人間だけが更迭される。意味わかんない。

 私が弁護士だったら頭を抱える。

 三権分立は何処へ。

 ああ、そうか、帝国にそんなものある訳なかったよね。

 聞いた私がバカでした。

 こうしてシャフトさんはただ単に、ラインハルトの個人的好き嫌いで排除されてしまいました。

 悲しい。

 ラインハルトは技術者に何か恨みでもあったのでしょうか。むかし壊れたTVを直してくれなかったとか。 

 シャフト大将は身持ちはともかく科学者としては銀英伝一の才能と実績でした。


 銀河帝国軍、科学技術総監シャフト技術大将閣下に敬礼。

 (`・ω・´)ゞ ( ' ◇ ' )ゞ



 追記


 感想欄で、読者の方とディスカッションした結果、この考察を上げた時よりもシャフト大将の評価が上がりました。

 そこで、もう一歩踏み込んで考察を。

 シャフト博士は横領、収賄、機密漏洩を行っていましたが、何のためにしていたのか。


 単純に私腹を肥やす為。豪邸建てたり高級車をかったり愛人を囲ったり、権力者に献金したりですかね。

 でも、思うんですよ。この手の人物は研究に全てを捧げています。よって流用された資金の大半は研究費に消えて言っているような気がします。

 研究者はいつも研究資金に困っています。

 何年か前、TVで再生可能医療の研究者が行っていました。

 「我々の研究はアメリカにの研究に対して、人員10分の1、資金100分の1、俺たちよく頑張っている。でも、これ以上は無理」

 一々申請して審査して発給されるまで時間のかかる国家予算より、個人の裁量で自由に動かせる資金。

 シャフト大将は使えるものなら何でも使うタイプの研究者だったのかもしれません。

 研究のために個人名義で借金してそう。

 横領された資金はきっと借金返済に流用されたのでしょう。

 フェザーンに機密情報を流していたそうですが、この手の研究者が自分の研究結果をそう簡単に渡すものでしょうか。渡すとしても核心情報ではなく周辺の地味な研究結果だったと思います。

実際に同盟側は最後まで指向性ゼッフル粒子と、巨大質量の長距離ジャンプの技術は持っていませんでした。

 横流ししたのは、基礎理論が副産物の研究成果だったのでしょう。

 それでも、天才科学者シャフト大将の研究結果だったら、そこいらの研究者を上回る内容であったことは想像に難くありませんな。

 お金になったでしょう。

 横領自体は犯罪ですので、無罪だとは弁護できませんが、情状酌量していただきたい。

 すべてはお国の為、そして何より研究のためにつぎ込んだのですから。

 「ラインハルト。減刑してあげなさい」by姉上。



                終わり

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