小指に絹の糸

 その日からしばらくして、結人は直太朗と久しぶりに買い物に出ていた。商店街を通り抜けた少し閑散とした通りで、線路わきの塀に寄りかかって休憩する。


「ゆいと、掛井さんと別れたって聞いたけど」


「ああ」


「喧嘩でもしたの? 掛井さんが誤魔化すからよくわかんなくて」


「喧嘩、ではないな。自然消滅とも違うけど……まあ、相性が合わなかったんだろう」


「そっかぁ。じゃあゆいとはどんな性格の女の子なら好きなの?」


 結人はため息を吐く。またその話か。


「さあ」


「さあ、って言われても……」


 困った様子の直太朗に結人は思わず苛立った。そういう話がしたいわけじゃないのだ。


「なんで俺に彼女作らせようとするんだよ? 別に俺、彼女欲しいとかナオに言ってないよな」


「そ、れは」


「最近のナオはそればっかりだ。俺に女子を紹介して、なんでそんなことするんだよ?」


「おれは……ゆいとに、幸せになってほしくて……」


「幸せに?」


 結人は意外な言葉に思わずおうむ返しに訊ねる。隣にいる直太朗の顔を覗き込めば、今にも泣きそうに顔がくしゃくしゃに歪んでいる。


「ゆいとには、世界でいちばん幸せになってほしいから、でも、おれ、どうしたらいいかわかんなくて」


「なんで、そんな」


 直太朗の瞳から、ついに涙がはらはらとこぼれだした。


「だっておれ……ゆいとのことが好きなんだ」


 結人は言葉を失う。直太朗はそれを見て手で顔を覆った。直太朗のあごをつたって、涙はどんどん落ちていく。


「でもおれなんかがゆいとを好きでも、おれはゆいとを幸せにできないから。だから」


 いつになく後ろ向きな直太朗の言葉に、結人は無性に苛立った。


「決めつけるの?」


「ゆい、と」


「俺が幸せかどうかなんて、ナオがわかることじゃねえじゃん。なのに勝手に諦めてんの?」


 直太朗の肩が震えた。違う。こんな直太朗が見たいわけじゃない。


「ゆいとの幸せっておれ、わかんないよ、わかんない、でも……」


 震える声で言いながら首を横に振る直太朗に、結人は正面から向き直った。手のひらの奥で、まだ直太朗は泣いている。


「そうやってうじうじするの、ナオらしくねえと思う。人の気持ちとか考えずに、手芸部に俺を巻き込んだナオはどこ行ったんだよ」


「そうだけど、あの時のおれは幼稚だったなと思うし……好きとかそういうのは、勝手じゃだめじゃん。相手の都合、考えないと」


 結人はまだ煮え切らない直太朗の肩をつかんだ。びくりと直太朗の肩が跳ねる。


「だから、その相手の都合もわかんないのに勝手に諦めんのがおかしいって言ってんの!」


 直太朗がようやく顔から手を離した。おそるおそる、結人の顔を見る。結人は直太朗の目を真っ直ぐに見た。


「泣くなよ。俺、嬉しかったんだよ、ナオが俺を好きって言ったの!」


「……そう、なの?」


「そうだよ。今は俺の好きとナオの好きは違うかもしれないけどさ、変わるかもしれないじゃん。俺も、何が自分の幸せか、まだわかんねえから……」


 直太朗の表情が驚いたものに変わっていく。結人はそれに比例するように恥ずかしくなってきて、顔が熱くなるのを感じた。


「じゃあ、おれがゆいとを好きでもいい……?」


 直太朗はすっかり泣き腫らした目で結人を見上げる。結人は恥ずかしさのあまり顔をそらしたくなるのをこらえて頷いた。


「何言ってんだよ、当たり前だろ」


「そうなんだ……へへ」


 直太朗は花が咲くように微笑む。その笑みに、結人は心がときめくのを感じていた。

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