第303話 モーザを待ちながら。
今回の件で一番驚愕していたのはプレジウソさんだった。教会ではいつか聖者がヨグ神の呪いを浄化するだろうという言い伝えがあり、ただ実際に浄化するには教会に所属する<聖者>スキルを持つ聖人を総動員して……などと考えられていたようだ。
プレジウソさんが目を覚ました当初は、俺が「無意識のプレジウソさんがものすごい力ですべてを浄化したんですよっ!」 と誘導を試みるも失敗。何があったか必死で聞いてくるプレジウソに、内緒にしてくれることを条件にみつ子の事を話した。
それでも、メラとの話等はしなかったが、みつ子にも<聖者>スキルがあり、それとともにある日「この技でヨグ神の呪いを封じなさい」という天啓が下り、目が覚めるとヨグ神を封印するための魔法が心の中にあったと。そんな流れだ。
「みつ子さん。あなたは聖女として教会に来るべきだ」
「えっと。お気持ちはありがたいんですけど。お断りします」
「何故です??? あなたは<聖者>もお持ちの上、神から天啓まで受けているという」
「天啓と言うか……でもその魔法は一度きりの魔法のようで、今はもう無いですよ」
「それでも……」
現在教会が確認している<聖者>は5人居るという。まあ、少なくは無い気はするが、ヴァシェロニア教国に教皇を始め3人の聖者が、そしてもう1人は他国に居るらしいが、パテック王国の最高司祭も<聖者>の1人だという。
教会にとっては<聖者>というのは何よりも代えがたい貴重な人材のようだ。プレジウソはむしろ<聖者>なのに何故教会を拒絶するのか全く理解できないようだ。
「あ~。プレジウソさん」
「な、なんだ?」
「一応僕らのことは誰にも言わないと言うことでこの話を教えたんですけど。それって自由にしてくれって言うのが希望なんですよね」
「いや、だがしかし」
「僕らがこれで自由にならないのなら、あなたはボストーク達との戦いの中で、残念ながら殉職を致しました。ってなっちゃうかもしれませんよ」
「……は?」
「ほら、ここなら誰も見ていないですし」
「な……」
「国王陛下も僕らの味方をしてくれるんで」
「あ……」
「んと。龍珠を扱う僕とか、<紅蓮の花>のみつ子、竜騎士モーザ。竜のハーレー。ブルガリスの英雄……他にもサクラ商事はAランク冒険者クラスの猛者が沢山いるんですよ。これって案外自慢なんですよね」
「……」
「本気を出せば国とだってそれなりに戦えそうじゃないですか?」
「な、なんて事を!?」
ちょっと過激な方向に振ってみる。宗教家というのはそうでもしないとなかなか動かない。そういうイメージもあるからな。プレジウソは俺の過激な発言に顔色を変える。しかし、それが強ち嘘でないとも感じたのだろう。一瞬上げたボルテージもすぐ鎮め、おとなしくなる。
「ただ……今でも、僕たちはゲネブの大聖堂と仕事の契約をしているんですよ。パワーレベリングの技術を買われて。多分僕らより上手にパワーレベリングを出来る人って居ないんじゃないですか? パテック王国各地からゲネブ合宿という名目で沢山の聖職者達がやってきて、彼らのレベルを上げてきたんです。教会も僕たちのことを好意的に見てくれていると思うんですよ。僕としてはとても教会と良い関係なんだろうなって思ってます」
「……それは、知ってる」
「だから、余計なことしてこの素敵な関係を壊すのって……勿体ないと思いませんか?」
「何が言いたい?」
「ん~。僕らは楽しく自由に生きたいんですよ。何にも縛られず。わかります?」
「あ、ああ……」
「でも……プレジウソさんは大丈夫だって信じてますよ。ずっと友達ですよね?」
「あ、ああ。もちろんだ」
「うん。じゃあ、この話はお終いにしましょう」
「そ、そうだな」
ふと、振り向くとシーンとした室内で仲間たちが固まっている。俺はニコリと笑い場を和ませようとする。みつ子は苦笑いしながらパンパンと手を叩く。
「はい。じゃあお風呂作りましょ~。どうせ暇なんだからみんな動いて動いて~」
何事も? 無かったようにみつ子がみんなを促す。モーザが来るまで時間があるためせっかくだからお風呂でも作って楽しもうという話を少し前にしていたんだ。
結局お風呂の完成は次の日になる。この日はなんだかんだで俺もみつ子も疲れ果ててはいたしな。大分ぐっすり寝かさせて貰えた。
風呂の作り方などはよくわからない。水魔法で水を作るのは案外難しい。例のエレメント問題だ。だから大量の水を必要とする風呂には川の水を引っ張ってくるのが一番楽だろう。ありがたい事にスラバ教団の連中が飲水の為に、川の湧き水を引いていたのでそれを利用させてもらう。
お湯にするのは湯船の四隅を深めに彫り、熱した石をそこに投入する感じで温めることにする。一応木でそこの周りを囲って触らないようにガードする。
水漏れなどは、石をタイルのように敷いた後にゾディアックの土魔法で漏れないようにギュッと締めてもらった。試行錯誤してようやく完成した後も、今度はお湯の温度調節で苦しむ。原因はみつ子の火魔法の出力の変化だ。今までと同じ感じでやると随分火力が強くなってしまう。一発目に石が溶け始めた時は……辺り一面近寄れない状態になった。
だが半分遊びだ。「アチい」「冷てえ」も楽しみのうちだった。ほぼ「アチィ」だったけどな。
先に女性陣が入浴を楽しみ、その後に俺たちが美人の残り湯を頂く。
「ふ~。最高だなあ」
「気持ちいッスね。頑張ったかいがありますね」
なにげに大きめの風呂になったので男性陣もまとめて入る。まあ、大きめというのはみつ子が熱した石があつすぎるため、湯量を多くすることで対応したというのもある。流石に5人で入ると少し狭く感じるが、これはこれでイイ。
俺の隣でミドーが妙に嬉しそうに話しかけてくる。
「旦那。これで仕事も終わりですよね」
「ん? まあ、まだ大陸に帰るのに一ヶ月はかかるけどなあ」
「今回はボーナス頼みますよ。どーんと。これだけの仕事ですからねドバっと出るんじゃないっすか? ドバっと」
ん? あ、そうか。ミドーはそう考えているのか。まあ……そうなのかもなあ。
「んとさ、ミドー。よく考えろよ」
「え? 何をっすか?」
「依頼者のこの島の人達。二百年近く経済活動なんてしていないだろ? アンデットと戦ったり、生きていくのがやっとこの状況だ」
「ん~……まあ、そうっすね……」
「払う金がこの村にあるわけねえじゃん。俺達はお願いされて来てるだけで、別に仕事じゃねえぞ?」
「げっ……マジっすか? だって国王とかにも……」
「あれは仲介というか、紹介だ。勇者を探してるメイセスにモーザという英雄が居るよと俺たちを紹介した。それだけだぞ」
「うごっ……た、タダ働きじゃねえっすか」
愕然とするミドー。それを聞いているジンも結構驚いている。まあ、そんな驚きを眺めるのも一興ではあるんだけどね。ここはサクラ商事社長として、ちゃんと社員教育というものをやってしまおうではないか。
「おいおい、悲しいこと言うんじゃないよ。困ってる人を前にして金だ恩だと言っちゃいけねえよ。旅は道連れ世は情け。人生という長い旅路を歩いて行けば1人2人3人4人、本当に困っている人たちに出会うもんだよ。そんな時にだよ。助けを求めて伸ばされた手を決して振りほどいちゃいけねえ。分かるか?」
「へ、へえ……」
「な。こうして人助けをした後の入浴。最高だろ? 生き返るじゃないか。人間てのは生きていれば、あ~生きててよかった。そう思う瞬間がある。そのために人間っていうのは生きているんだよ。そういう事を忘れちゃいけねえよ」
「そ、そうっすね。流石っす」
「うんうん。それに無料でこんな遠くの島まで旅行ができたんだ。伝説の過去の英雄が逃れた島。神話のヨグ神の呪われた島。宝石海岸だって見事なもんだったじゃねえか。そうそう来れる機会なんてまず無いからな。はっはっは」
語ってたら俺までいい気になってきた。半分はフーテンな旅商人の気分になっちまってるがな。チラリとミドーを見れは感じ入った様ですっかり納得顔だ。
「はははは……旦那、後で一杯呑ませてくださいよ」
「良いぜ。一杯でも二杯でも。ほらサクラ商事からの固定給はお前らにはちゃんと支払われるんだから。俺の分なんて……ブルーノは出してくれなそうだなあ」
「むう。大変ですなあ。旦那も」
話を聞いていたゾディアックやプレジウソもうんうんと、晩酌にご相伴なさるもんだから。気がついたら瓶は空になってしまった。
これも渡世の義理でございます。
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