第301話 ヨグ神の呪い 4


 ……


 ……


「―――君!!!」


 ん?


「省吾君!!!」


 あれ? なんでみつ子……えっと。俺、今、意識、飛んでた? ……夢落ち的な? ……ってなんの?


「あれ? みっちゃん?」

「起きた! 良かった!」


 なんか、みつ子がホッとしたような顔をしている。

 しかし何ていうか……なんだろう、この違和感。

 えっと……みつ子……だよな?


 目に映るみつ子は、神々しいというか、慈愛に満ちた目で俺を見つめてる。


「……なんで? あれ? ヨグの呪いは???」


 俺の問に、みつ子はただ黙って苦笑いのような笑みを返してくる。

 ……段々と意識がはっきりとしてくる中。俺は気づいてしまう。


「ちょっとっ。みっちゃん。もしかして?」

「うん……使っちゃった。てへっ」


 おいおいおいおい。

 ちょっと待てよ。みつ子は今の戦闘で少なくともかなりの魔力を使ってしまってる。それにレベルだって足りない。スキルの補正でなんとか魔力量が足りていたとしても、今は不味いだろう。


 ふらつく足を必死に抑えながら俺は立ち上がる。


 洞窟内では見るも驚きの光景が広がっていた。



 みつ子を中心に床に壁にと魔法陣のような文字のような物が一面に浮かび上がり、隔離された空間のように呪いの力の塊が目の前に固定されていた。ゴゴゴゴという、低い振動音が耳を打つ。呪いの塊は拘束から逃れようと必死にうごめいているように見えるが、どんどん押しつぶされて行く感じだ。

 その中でみつ子が地面からわずかに浮いたまま腕を八の字に開いて下げていた。


 ……すげえ……けど。


 みつ子の顔をよく見るとだいぶ青白い。もう魔力が殆ど残っていないのかもしれない。


「みっちゃん、ありがとう。とりあえずもう大丈夫だから。この魔法切ろう。魔力もやばいんだろ?」


 みつ子の近くに歩み寄りみつ子に声をかけるが。みつ子は困ったように笑う。


「それがね、始めちゃったら完全に自動で動いているみたいで……止まらないのよ」

「え? まじで?」

「うん……ごめん。私も魔力が……もう……」

「ちょっ! なんでそんな無茶を!」

「だって……省吾君居なくなっちゃうの……いやなんだもん……」

「だからって。こんな無茶して! ど、どうすれば?」

「わからない……魔力も殆ど使っちゃってたし……封印前に……切れちゃうかも……」

「え?」

「逃げて……省吾……君……」


 みつ子はもう喋るのもやっとな感じで、意識を失うように目を閉じる。


「ちょっと。みっちゃん? おい……みつ子!?」


 みつ子は完全に意識が飛んでいた。しかし体は浮いたまま魔法は稼働し続けている。


「おい……どうなってるんだ?」

『……封印式の稼働のために生命力を燃やしている……感じだな』


 やはりか……以前にもガルが言っていたが……。このままじゃ危険だ。


「ガル。封印が終わればみつ子は無事に?」

『厳しいな……人の生命力はそこまで強くない。じきに封印式も壊れるだろう。逃げるなら今だ』

「……は?」

『ちょっとガル!』


 逃げろ? 


「おめえ何言ってるんだ?」

『もうじき封印式が壊れると言ってるんだ。今のお前ではもう呪いには太刀打ちは出来ない』

「ふざけるな!」


 なんで俺がみつ子に命を助けてもらって1人で逃げるとか考えるんだ? くっそ。術式から無理やり外せないのか?


 俺は浮いているみつ子の体に抱きつき無理やりその場所から動かそうとする。

 だが、その体は不思議な力で固定されていてピクリとも動かない。


「オイ! みつ子。帰るぞ! 起きろよ!」

『ねえちょっと。ショーゴ。術式から無理やり剥がそうとしても危険よ』

「うるせえよっ。このままだって危ねえんだろっ!」

『そうだけど……』


 くっそ。龍珠共の相手をしている暇はない。とは言え、俺としてもそこまで魔力が戻ってるわけじゃない。<ノイズ>などで術式から切り離せるのか試みる。


「くっそ。どうなってるんだこれっ」


 魔法の一種なのだとは思えるのだが。全く俺の<ノイズ>を受け付けない。これが神という存在が仕込んだ特別な魔法ってやつなのか? 結局俺の魔力をみつ子に流し込むのが唯一効果が感じられる対処かもしれない。

 だが……魔力切れでの意識喪失からどのくらいの時間が経ってるのか分からないが、俺にだってそんな魔力が残ってるわけじゃない。


『そんななけなしの魔力じゃ意味はないぞ』

「うるせえ!」

『ショーゴ。落ち着いて。貴方まで死んでしまったら、みつ子の意志が……』

「うるせえよっ!」


 実際、俺が送り込んだ魔力もみつ子の中からすぐに封印式の方に流れとられてしまうのも感じてしまう。そんな暖簾に腕押しの状態でも……もし封印が完了すれば……。


『お前は龍神様に依頼された後見人だろっ! わしら龍珠を育てなければ人類が滅びることになるぞっ!』

「関係ない!」

『関係ないとは何事だ!』

「龍神なんて会ったこともねえよっ! 顔すら知らねえ相手に義理なんてねえよっ」

『……なに?』


 そうだ。転生時に女神に会ってる裕也やみつ子とは違って、そんな記憶俺にはない。ガルが更に俺に何かを言おうとするが、メラが止める。


『……ちょっと。龍神様に聞いてみるわ』

『お、おい。何をだ?』

『だってこのままじゃ、私達だって存在が厳しいじゃない』

『そうだが……』


 ガルとメラで何やらブツブツと話しているが、俺は必死に魔力をひねり出しみつ子に流し込んでいた。


 クラッ……


「くっそ! もう魔力切れかよっ!」


 魔力をゆっくりと、なるべく持続的にと流していたが、自分が思うより早く目の前がクラクラとし始める。くっそ。

 みつ子の顔を見る。みつ子は先程より何かが抜け始めているように顔から生気が失せていた。俺は絶望的な気分になりみつ子を抱きしめる。


「がんばれよ……おい……」


 俺の腕の中で少しずつみつ子の存在が希薄になっていくように感じる。少しづつ戻る魔力をすぐにみつ子に送り込むが……もう、効果が出るほどの魔力を送れていない。さらに、だんだんと床や壁も文字も薄くなり始め、小さくまとめられていた呪力が勢いを盛り返し始めていた。



 ……みつ子……。


 ……俺も一緒にいくから……。


 心はもう決めた。


 俺のチェリーを奪ったお前と死ぬときも一緒だぜベイベ。

 女性はお前だけで良いからな。


 

 ……。



 ……。




『どきなさい!』


「……え?」

『龍神の許可が下りたわっ。早くどいてっ』

「きょ……きょか?」

『早くっ! みつ子が保たないわっ!』

「え? なんとか出来るのか?」

『早くっ!』


 突然メラに怒鳴られ、俺はわけも分からずみつ子から離れる。

 その瞬間、俺の頭上のメラがみつ子に飛び込んだ。


「お、おいっ!」


 目の前で、真っ赤な珠がみつ子の胸の中に沈んでいく。それと同時に膨大なエネルギーがみつ子から放出され始めた。消えかけていた封印式も再びその色を濃くし、逃れようとしていた呪力を小さく押し込み始めた。


「な……なにが……」



 おれは、ただただ、呆然とヨグ神の呪いが封印されていくのを眺めていた。

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