第283話 出発前夜

 念の為、プレジウソが俺たちの借家に泊まりに来ていた。だが、ミドー等にトランプに誘われていて……ちょっとかわいそうな感じになっている。トランプが配られるたび、神に祈るプレジウソを見ていると、ああ、勝てなそう。って感じる。

 それでもまあ、はじめは少し緊張気味だったが一緒に夢中で遊ぶことですこしでも気分が解れたのだったらありだな。


 流石に明日の出発は厳しいが、明後日の朝には出発したいとは思ってる。旅に必要そうなものを明日村で探したりする予定だ。

 まあ、主に食料だが。干物とパンがどのくらい手に入るか。そこら辺はファーブルに村人たちにお願いしてくれるように頼んであったが、この村の生産性を考えると贅沢は言えないかもしれない。

 準備の話をしていると、プレジウソが船にテントがあるかもしれなからと明日にでも船員に聞きに行くと言っていたが、タープ張って寝るだけだから荷物になるテントはお断りしておく。

 え? っと表情がひきつるクールガイを見るのが少し楽しくなってきていた。




 次の日、ファーブルの許可をもらった俺は、パンや干物を受け取りに街を彷徨っていた。移住の話もまだ聞いていない村人たちは、俺達が遺跡を封印しに行くということで干した果実など、日持ちする食べ物を分けてくれた。こういうふうに一般の人たちに無邪気に活躍を期待されるのってもしかしたら初めての経験かもしれない。ちょっとだけ勇者の気分に浸っていたのだが……。


「――これをモーザ様に」

「――モーザ様によろしくお伝えください」


 ……モーザ様のお付きの人扱いだった。横でクスクス笑っているみつ子は無視して、商人パワー全開の営業スマイルで対応だ。


 その後そのまま、村の給水場で炭酸水を瓶に詰める。シャーロットさんの所でドクペ用のシロップを貰う予定だ。一応おかえしと言う事でみつ子が使っている弓と矢を渡そうと思っている。俺の弓での狩りを見て、みつ子が自分もやりたいと欲しがったのだが、実際はほとんど練習していないんだ。よりちゃんと使えそうな人に渡すのが正解だろう。

 これは村が攻められた時の防御として、エルフであるシャーロットさんの弓があればかなりの戦力増加になるんじゃないか? と思ってみつ子に聞いたんだ。みつ子も2つ返事でシャーロットさんにプレゼントすることを了承する。

 みつ子の弓は、エリックさんに頼んだエルフの村の職人の作りの弓だ。イケメンエリックさんは、女性用という事で真っ白な本体に白銀のミスリルで飾りが付いていたりとだいぶ豪華な作りで用意してくれた。その分かなりの請求をされたのを覚えているが……。


「まあ……この印は、南の集落の物ね」

「ああ、シャーロットさんはわかりますか。そうです、ゲネブからわりと近いところの集落なので、おそらくエルフの集落としては一番南に位置してそうですね」

「妹がそこの集落に嫁に行ったのよ。私も何度か訪れたことがあるわ。懐かしいわね……でもこれかなりの業物よ? 頂いちゃって良いのかしら?」

「大丈夫ですよ。みっちゃんは魔法使うんで遠距離は特に弓じゃなくても行けるんです。それに……あまり上手じゃないですし」

「どうせ。上手じゃないですよ~」

「ふふふ」


 ドクペのシロップはかなり日持ちするらしい。ただ、炭酸水の方が気が抜けてしまうため、あまり長持ちはしなそうだが……村で使われている瓶も、200年前に持ち込んだ瓶をずっと再利用して使い続けているようだ。ガラス製品だけに時が経つにつれその数を減らしているようだ。

 余談だが、今回の船旅の時に持ち込まれた果実酒などの瓶をネライ子爵から提供されたようで、嬉しそうにしていた。


 シャーロットにも旅の無事をと見送られ、小さな家を後にする。その後は旅の荷造りと言うほどのものでもないが、食料をお互いの次元鞄に分けて準備は完了だ。



 今夜は漁師の奥様達が「モーザ様御一行様へ」と刺盛りを届けてくれた。と言ってもそんな種類があるわけでは無いが、紛れもなく過去の勇者が伝えた刺し身文化がそこにあった。思い返せばカルパッチョ的なものはあったが、この世界に来て刺し身を食べたのは初めてだ。それを魚醤で食べる。魚醤もなかなか刺し身に合うのだが。俺は嬉しくなってゲネブから持ってきた醤油も試したりしながら食す。

 予想通り、この世界で生まれ育っているモーザ達はドン引きしていたが、俺とみつ子が嬉しそうに食べているのを見て恐る恐る手を出してくる。あまり美味そうな顔はしていなかったが駄目では無さそうだ。


「みっちゃん……」

「駄目よ」

「いやだけど……今日ぐらいは。ね?」

「遺跡の封印して、全て終わったらね」

「……はい」


 酒を飲みたくなるのになあ……。





 みつ子の許可が下りずシラフのままなのだが、それはそうだ。出発前辺りにモルニア商会やアンデッド達の怪しい動きがないかという警戒は必要だったんだ。


 俺の我慢はよそに、特に何もなく出発の朝を迎える。



「それでは行ってきます。ちょっと封印する作業が時間かかるかもしれませんが、2週間もあれば戻ってきますので」

「よろしく頼む。無事に帰ってきてくれ」

「はい。ファーブルさんたちもご無事で。ハヤト。頼んだぞ」

「うん。任せてよ」


 本当はハヤトも連れて行きたかったのだが。ハヤトは特にサクラ商事の社員でもない。今はネライ子爵のサポートをしている。ファーブルと同じく転生者の息子でしかもハーフエルフというのもそれなりに関係あるのだろう。メイセスとも馬が合うようで、子爵の交渉には無くてはならない存在になっている。

 それにもう大人だしな。心配だからって過保護にも出来ない。むしろ、村の守りの要として期待するべきなのだろう。


 旅の移動では、プレジウソが付いてこれるかがやや心配だ。走るわけでなく、ハーレーの背に乗っていくのだが、揺れるためにかなりしがみつく必要もある。

 ゲネブからの道中にジンが発生させた<体力増加>のスキルを吸わせたオーブがあったのを思い出し、使ってもらった。これで少しは楽になると良いのだけど。

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