第276話 勇者の残したもの。
村に戻ってきた人達は皆、いい笑顔で帰宅を喜び合う。それぞれが自分の家が壊されてないかなどすぐに帰宅して確認をしていた。家のことは女性たちに任せて、男たちは早速村の門の修理なども始めていた。
その際に門の近くの広場でまっ黒焦げに燃やされた魔物たちに注目が集まる。フィービーが他の戦士たちに我が物顔で俺たちがアンデッド達を始末した話をしている。驚いた顔で俺の方に集まる視線が痛い。
「省吾君~」
「なっ何? ちょっとみっちゃん悪い笑顔してるんだけど」
「そう? そんな事無いけどさ。なんとなくこの村で省吾君の二つ名が付いたら楽しいなって」
「げ……や、やめろって。怖いなあ。ってフィービー。あいつ……有る事無い事……」
恥ずかしげに視線を受けていた俺は、みつ子の煽りでなんとも言えない不安に駆られる。急いでフィービーにあまり大げさに話さないように釘を差しに走った。
その後俺たちは警備がてら村をグルっと取り囲む外壁を巡ったりと、壊されている箇所が無いかなどチェックして回る。しかし、どうやらピンポイントで村の門を狙われて破壊されているようで、壊された外壁は見当たらなかった。
村は、空き家もそれなりにあるようだ。エルフの集落に行ったときも同じように空き家に滞在をしたのを思い出す。確かあの時は魔王との大戦で多くのエルフが亡くなり、寿命が長く世代交代が進むのが遅いエルフ達はなかなか人口が増えなかったという話があったが、この島でもアンデッドとの戦いの中で、亡くなった方が多いということなのだろうか。
俺たちはいつでも魔物の襲来に対処できるように門の比較的近い家をあてがわれる。王国の人たちとは別行動で遊撃隊的なポジションで動くんだろう。
トントン
家の中で部屋割りなどを決め、各々がのんびりしているとドアがノックされる。ジンがドアを開けるとフィービーが立っていた。
「ああ、フィービー。どうした?」
「省吾様が落ち着いたら一度来てくれないかって、ババ様が」
「あ~。例のノートまだあまり読んでないんだよなあ、あ、みつ子も一緒に行っても良いかな?」
「えっと……ちょ、ちょっと聞いてくる!」
「え? あ、ちょっ」
止める間もなくフィービーは家を飛び出す。ドアも明けたままだ。みつ子も思わず苦笑いだ。ただ、実際あのノートはみつ子の方が読んでるしな。ノートの話をするならみつ子も一緒のほうが良いかもしれない。
やがて許可をもらってきたフィービーに、村の少し隅の方に在る1軒の小さな家に案内された。村の最長老で過去の勇者の妻であるシャーロットならもっと大きな家でとイメージしていたが、1人で暮らすにはこのくらいが丁度いいらしい。
家の中にはシャーロットが1人でキッチンで何かを作っている。
「フィービーさん、ありがとうね」
俺たちを案内すると、フィービーも村の門の修理や、外壁の補強などを手伝うということですぐに出ていった。
「ごめんなさいね、ちょっと今用意しているからそこの椅子にでも座って待っていてくれる?」
フィービーが出ていった後、手持ち無沙汰に立っていた俺たちにシャーロットが話しかけてくる。流石にソファーというのはこの村には無いのかもしれない。木のベンチに布を何枚も重ねたような座布団が付いていて、そこに腰掛ける。
「それにしても皆さん、避難から戻ってきたばかりだと言うのに、混乱なく生活が始まってる感じがするんですよね」
「ここ数十年で少しづつアンデッドの感じが変わってきて、定期的に避難訓練とかしていたのよ。今回も殆どの村人が用意してあった荷物をまとめてすぐに動いたし、訓練の賜物ね」
「なるほど……でもなんとなく村より船の近くのほうが安全だったんじゃないですか? あっちに村を移設とかにはならなかったんですか?」
「そうね、そういう意見も出たけど、ここじゃないと手に入らないものがあるのよ」
「手に入らないもの?」
「水よ。この村の中心部に、島では数少ない湧き水が出る場所があるのよ」
「なるほど」
確かに、水は貴重だ。もしかしたら地下を掘れば井戸水とかも得られるかもしれないが、そういう技術もこの島にあるかと言われれば、ちょっと怪しいしな。なんかで井戸を掘るネット動画を見たことがあるが、ん~。あんま覚えてないしなあ。
実際は、島の奥地の山っぽくなっている所に湧き水などが確認されているらしいが、開拓当時としては、アンデッドの住まう島だ。すぐにでも海に逃げられる所に村を作りたいというのが心情だろうな。
「あの人が、ここの湧き水を見つけた時の喜びようといったら、ふふふ。ここで生きていける自信が出てきたって言ってね」
「それはそうでしょうね。ユタカさんなら海水の烝水の技術とかは有ったかもしれないけど」
「そうね、島についてはじめはそこから始めていたわ。でもね、ユタカはこの村に湧く、湧き水の特色もまた大いに気に入ったのよ」
「特色?」
「ふふふ、待っててね、もう少しで出来るから」
なんだ? みつ子と顔を見合わせるが、みつ子もなんだろう? と首をかしげる。
やがてシャーロットさんがコップとともに何か飲み物を入れたポットを大小2つ持ってきた。お茶……かな?
カラン。
コップの中にはそれぞれ氷が入れられていた。そこに小さなポットの中身を注いでいく。何やら黒い液体だが……作っていたのはこれか? そしてもう一つの大きいポットの中身を注いでいった。
シュワァアア~
「え? 炭酸……ですか?」
「そう。タンサンって言うのね。あの人も言っていたわ」
シャーロットさんは炭酸水を注ぐと、マドラーで混ぜていく。そして出来た液体を俺とみつ子の前に差し出してきた。黒っぽい液体からシュワシュワと泡が立ち上がる。まるで……これは……。思わずみつ子と目を合わす。
「みっちゃん、これ……もしかして」
「見た感じは……そうだけど……シャーロットさん。これは?」
「ふふふ。あの人が晩年、キヨシローさんと一緒に自分の故郷で大好きだった飲み物を再現したいって、この島の果物や薬草等を調合して何年もかけて作り上げたのよ」
「間違いない……コーラだ……」
「うん」
「え? あ。そういえば。あの人はいつか転生者がこの村に来ることがあったら、名前を言わずに飲ませてみてくれって言っていたわ。さ、どうぞ」
「えっと。そうですね。飲んでみます」
ん? もしかしたら過去の勇者はコーラじゃなく、ペプシとかいう名前で残していたりするのか? ラーメンも、何故かジローって名前で残しているしな。
俺はみつ子と頷きあうと、コップを手に持ち口に近づける。
――あれ? この匂い、コーラっぽくない? 何ていうか……杏仁豆腐的?
ゴクリ……
げ……マジか……これ……。
「ドクターペッパー???」「チェリーコーク???」
「え?」「え?」
「みっちゃん、てかなんでチェリーコーク知ってるの? あれ相当古くね?」
「え? 近所の外資系スーパーで普通に売ってたよ。なんとなくたまに飲んでたのよ。でも……うん。ドクペの方が近いか」
「ま、チェリーコークはあんま覚えてないけど……ここまで匂いは無かった気もするよ」
「そうね……でも、ドクペかあ。コーラ作ろうとして出来ちゃった感じかなあ?」
まさかの味に大盛りあがりをしていると、シャーロットさんはそれを嬉しそうに眺めている。
「ふふふ。喜んでもらえたようでよかったわ。そう。はじめは2人でコーラ? という飲み物を作ろうとしていたみたいなのよ、でもこれはこれで有りだなって、村のお祝いの時に飲む飲み物として残したの」
むう。やはり過去の勇者は半端ない。その後、あのノートを読んだみつ子が勇者と女性たちの恋愛模様などを質問し始め。俺は隅で小さくなってその話を聞いていた。
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